第18話 人間化するアンドロイドと不屈の男
永遠に共に暮らすつもりでジャンが初めて造ったアンドロイド……フェアリ。
渾身の力を込めて造ったソレは今
瀬戸に寄り添いながら無機質な目をジャンへ向ける。
ジャンはひとつ溜め息をつくと再び作業机に視線を戻した。
なぜなら、既に愛想がつきてフェアリに何の感慨も湧かない。
そんなジャンの様子を瀬戸は満足気に見ていた。
ジャンの最後のアンドロイド造りは、最新の技術を持ってしてもかなりの時間を要するものだった。 瀬戸の予測では1年なのだが、どうみても快調に進んでいるようには見えない。
「ジャン、体調が悪いのか?」
珍しく瀬戸がジャンを気遣った。
「いや……いつもと変わらんよ」
ジャンは振り向きもせず答えた。
すると突然、瀬戸の態度が急に険しいものに変わった。
どうもジャンの態度に感情を逆撫でする要素があったらしい。
ジャンが驚きと戸惑いを隠せないでいると、瀬戸は心境を抑え込むように拳を硬く握りジャンへ苦渋の一言を吐き捨てた。
「お前は老体なんだ。いつまでも若いつもりでいるなよ。
人間は面倒くさい……草花と一緒だ! 手入れをしてやらなきゃ枯れちまう」
瀬戸は、早々に医師をつけて彼の健康管理をさせた。
アンドロイドが完成するまでジャンを地下室へ閉じ込めておくつもりだったが、このままでは体調を崩して死ぬと判断したのだ。
「いいかジャン! 完璧に1年半で完成させろ!
半年も猶予を与えてやったんだ。完成できなければ、お前を殺す!」
瀬戸はジャンを唸り飛ばすとフェアリを連れて地下室から出て行った。
ともかくジャンは、警官の監視下だが、バランスの良い食事が与えられ、適度な運動ができる健康的な生活を送れる環境になった。
それはジャンの作業を早めるだけでなく寿命をある程度伸ばした。
人間は、健康的で平和な環境を得て気持ちにゆとりを持つと
見えなかったものが見え出し、新たな考えが生まれる生き物だ。
今のジャンは、まさにその状態だ。
ある日、ジャンが看護士に連れられて庭へ出る途中
キッチンの窓辺で話をしている3体を見かけた。
瀬戸、フェアリと成人女性の姿になった『元・小さかったアンドロイド』が
紅茶をゆっくりと飲みながら何かを話している。
もしかしたら、あの瀬戸がいる場所は自分だったかもしれない…
ジャンは言葉に表せない寂しさを感じる。
「さぁ、ジャン! 外へ行きますよ」
看護士が、立ち止まったままのジャンの手を無理やり引っぱった。
ジャンは庭へ連れ出され、いつもの体操をやらされた。
窓の内側には、まだ3体の姿があった。
ジャンはブラブラと両腕を振りながら
今さっき見た光景をじっくり思い浮かべていた。
満面の笑みと優しい眼差しで2体を見守る瀬戸。
『アレもアンドロイドなんだよな……』
瀬戸が、まるで人間のような表情をすることにジャンは内心驚いていた。
それに反してフェアリと小さかったアンドロイドは
なんとも機械的な笑みを浮かばせているだけだ。
プログラム通りの笑顔とでも例えようか……。
しかし、あの2体にとってはそれが命一杯なのだろう。
それ以上の表情を表現するには、もっと複雑なプログラムを要するとジャンは推測した。
「さぁ、ジャン。部屋(地下室)へ戻りますよ」
看護士は再びジャンの手を無理やり引っぱった。
キッチンの前を通りかかると瀬戸が声をかけた。
「よぉ、ジャン……順調か?」
「まあまあだね、年寄りを急かすなよ」
「ハハ、そうだな……でも急げよ」
「あ、そうだ」
ジャンは一度聞こうと思っていた事を口にした。
「なぜ、瀬戸があの子の結婚相手を造ってやらないんだ?」
「……」
瀬戸は壁に寄りかかりながら頭を掻いた。
「ジャン……お前なら分かっていると思ってたんだがなぁ」
「うん?」
「なんだ? はっきり言えとでも言いたいのか?」
「ああ」
「フン、例えばさ……古いPCと最新のPCのCPUを比較してみろよ。
処理能力が桁違いだろ? だから、そんなもんだ」
「お前は古いPCのCPUだとでも言いたいのか?」
「嫌味かそれは? 俺だって造れない事はない。だがな、ハードに力を入れる分ソフトに入れる力を削らなけりゃならない。 処理能力が……限られているからな」
瀬戸は憎憎しげにジャンをにらみつけた。
『まただ……』
ジャンは再び思った。
瀬戸の物事を理解し感情として処理する能力は明らかにアンドロイドの域を越え、人間そのものになっていた。
地下室で男型アンドロイドを作りながら
ジャンは瀬戸を作った人間の事を考えていた。
なぜ、瀬戸に感情を持たせたのか?
なぜ、瀬戸のロボット三原則を外さなかったのか?
なぜ、瀬戸が200年経っても壊れないような作りにしたのか?
「僕なら……自分が死ぬと同時に機能停止させるけどなぁ」
ポツリとぼやいた。
「瀬戸がいなければ、フェアリと2人で過ごしていただろうし……」
男型アンドロイドの指の動きを確認する。
「そのうち子供が欲しいって事になってあの子を作って3人で暮らしたろうし……」
男型アンドロイドの各関節の動きを確認する。
「気づいたら年寄りになってましたぁ~、だなんて
フザケタ人生送らないで済んだだろうし……」
男型アンドロイドの首から上の動きを確認する。
「まったく、瀬戸さえいなければ……
本当にアイツはとんでもないアンドロイドを作ってくれたもんだ!」
怒りの感情が込み上げて、思わず握りこぶしで作業台を叩く。
その音はまるでジャンが床へ倒れて頭を打ち付けたような音にも聞こえたらしく、慌てた見張りの警官が医師と共に地下室へ転がり込んできた。
「……どうかしましたか?」
ジャンは何事も無かったようにシレッと答えた。
警官と医師は何も変わらない様子に口ごもったが
特に異常は無いな?と声をかけて出て行った。
ジャンは2人の様子がおかしくてクスクス笑った。
何十年ぶりだろうか……
確か最後に笑ったのは小さかったアンドロイドが小さい姿の頃だ。
人間の脳は笑う事で活発化する。
ジャンの脳は早速、エンドルフィンという神経伝達物質を放出し
彼の心臓の痛みを一時忘れさせた。
凝固まった筋肉をリラックスさせ、さらにストレスホルモン値を下げた。
ほんの少しの笑いだったが、枯れ果てた今の脳には十分過ぎる栄養で
例えて言うならば、砂漠で生きる植物が少量の雨をきっかけに
一気に成長し花をさかせるようなものだ。
もともとジャンは、くじけない気質を持っていた。
落ち込む時は地の底まで落ち込むが
立ち上がる時はタダでは起き上がりたくないところがあった。
「……瀬戸がいなければフェアリの起動は失敗したままだったろうし
奴がいたからこそ、あの子を作ろうと考え付いたわけだし
僕の人生は奴に散々邪魔されてきたけど……
こうして新たなアンドロイドを作るに至ったわけだ」
笑いの栄養がくまなく行き渡ったジャンの脳は
彼を前向きな考えへ導き、活動力を授け、何かを閃かせた。
「さぁ、とびっきりの美男子にしてやろうか」
先が繊細な機具を持ち、肩をいからせてアンドロイドの顔作りを始める。
老いて垂れ下がった瞼の奥では、瞳がギラギラ光っている。




