第15話 古きアンドロイドの恨み
瀬戸は強化ガラス越しにゆっくりと話しだした。
「ジャン、キミがこんな所で腐っている間に
俺はこの地域の財政に大きな影響力を与える存在になった。
だから、俺が一言言えば監視員を下がらせる事が出来るし
キミをここから出す事もできる」
「僕の質問に答えろ!なぜ貴様は歳をとらない! なぜ全く変わらない!!」
人は誰しも変化する。
久しぶりに再会して、たとえ昔のままだとしても
それなりに何かしらの変化はあるものだ。
だが瀬戸は、時間が止まっているように何も変化していなかった。
「痛かったなぁ、あの時……」
ほんの少しの間を空けて、瀬戸は頬を撫でて見せた。
その部分には、古くも新しくもないような小さな傷があった。
昔、ジャンの暴行を受けた際についた傷だ。
「覚えてるか? ジャン」
「何を……」
「なんだぁ、忘れたのか? 地下室でお前が俺につけた傷だよ。
お前が後ろから俺を蹴り飛ばしたんだぜ、酷かったよなぁ」
「僕がか?」
「おお、ひでぇ!! 忘れてるよコイツ! ほら、あの時だよ。
フェアリが動かなくなってさ、お前は俺に泣きついてきたろ?
で、直してやったら『今日の用は済んだ。テメェはさっさと消えろ』って
俺の背中を蹴り飛ばしたんだよ…コンクリートの柱の角にココを打ってさ。
火花が飛び散ったときは、ホンットに焦ったなぁ……。
俺、”壊れたら”どうしようって……な!」
瀬戸の目が憎しみを抱えて光る。
ジャンは看守に押さえつけられたまま、額から汗をにじませた。
「……貴様……まさか」
「まさか?」
「……瀬戸……貴様……人間じゃない!?」
「ハァ……もっとはっきり言えよ」
「貴様、アンドロイドか!」
「正解~♪ ああ、やっと気づいたか。
会社で一緒に働いている頃に気づいても良いと思っていたんだけどね……。
利口そうで、馬鹿なんだな……ジャン」
瀬戸が軽く咳払いをすると、ジャンを押さえつけている看守が引き下がった。
そして一礼すると、全ての部外者を連れて部屋から出て行った。
「どうだい、ジャン。 今の俺、偉そうに見えただろ!?」
クスクス笑う瀬戸にジャンは呆気にとられた。
奴が『財政に大きな影響力を与える存在になった』と言ったのは
あながち嘘ではなさそうだ。
いつまでも黙っていると瀬戸が勝手に話し始めた。
「ジャン、俺はね……ずーっと昔に、お前みたいな人間に造られたんだ。
ほら、フェアリを造る時に参考にした文献があったろ?
俺を造ったのはね、それを書いた奴さ」
「……ええ!?」
ジャンは瀬戸の言葉に動揺を隠せなかった。
世界中が大戦争をしていた頃、おとぎ話だと世間から馬鹿にされて葬られたという
”機械人形作成の為の設計図”。
たまたま古い書物を閲覧する機会を得たジャンが、隅々まで読み漁り
最後に本棚の一番下段の奥で埃を被っていたのを見つけたそれが
瀬戸を造った人間が書いた書物だったとは。
「瀬戸……あの本は相当古い。1世紀……いや、それ以上昔の物だ」
「ああ、そうさ。 それとも何か? 昔にそんな技術は無いと言いたいのか」
「いや、そうじゃなくて……。お前は何年その姿で動いているというんだ」
「ああ、そうか。 それなら200年くらいかなぁ」
「200年!?」
「たぶんね」
「た……たぶんって……。 なんて軽く言うんだ!?」
時間の概念がまるで無い返答をする瀬戸に
ジャンは泡を吹き吹きたたみ返した。
「ジャン、俺にとっては年数なんてどうでもいいんだよ」
「どうでもいいって……?」
「アイツが何故、俺を一人にしたのか……それだけが重要だったんだ」
瀬戸は目を細め、何かを思い出すような表情をした。
その表情は、何かを懐かしんでいるようにも、悲しんでいるようにも見える。
ただ次の瞬間にはジャンを酷く睨みつけ
全ての敵を取ろうかと言わんばかりの表情に変わるので
ジャンは切が無いと深い溜息をついた。
恐らく若い頃のジャンならば、自分がどんな状況下であろうと
瀬戸の態度に怒りが煮えたぎっていただろう。
しかしジャンは老年だ。 そんな気力は先ほど使い果たしていた。
「俺はな、ジャン。 アイツを慕っていたんだ」
「アイツとは、お前を造った人間だな」
「……フン。 アイツは、どんな時も俺を放さなかった。
俺もそれが当たり前で動いていた。
アイツは俺に様々な情報を収集させ、俺を使って膨大なデーターをまとめ、俺に蓄積した。
パソコンなんて無い時代。 ああ、全く無いというわけでは無いが
そんな機械を持っているのは、国の軍事関係だけさ」
瀬戸は再び目を細めた。
今度は口元が緩んでニヤケていた。
「世界中の様々な情報が俺を通じてアイツが得る。
だからと言って、世界の支配者になろうとか、そんな事を考える奴ではなかった。
ただただ、『いつ、何を、どうすれば』ずっと俺と一緒にいられるかだけを計算していた」
「……平和じゃないか」
「平和? アイツにとってはな」
「彼は瀬戸に何か悪いことをしたわけじゃないだろう?」
ジャンが正直に疑問を投げかけると、瀬戸は肩を震わせて笑った。
「アーハハハッ! だから、人間は勝手なんだ!! 特に……」
瀬戸は言いかけて止めた。
お互いに黙っているから静寂な時間が流れる。
ジャンがそのまま沈黙していると、また瀬戸から話し始めた。




