第14話 機械人形に復讐される男
ジャンは暗い牢屋の中にいた。
疲れ果て過ぎて逃げる気力などないのに
手足には頑丈な鎖がつながっていた。
昼も夜もわからない場所で、今日も隣室からのいびきを聞く。
目の前にある鉄の扉には横に細長い窓がある。
普段は閉ざされているが
たまに開いては何かが乗っているお盆が出入りした。
ジャンがぼんやりと前を眺めていると
やがてお盆は無言でさげられるが
何回か同じことを繰り返していると
大勢が鉄の扉を開けて入ってきてジャンを台へ縛りつけ
溶液が入った袋と繋がっている長い管の先に付いた太い針を
腕に刺してそのまま放置する。
それでもやはり、ジャンはぼんやりと前(今は天井)を眺めていた。
ジャンの脳は、いつまでも同じ光景を見せていた。
小さなアンドロイドが手からすり抜け
瀬戸とフェアリの腕の中へ自ら飛び込んでいく光景。
何度も何度もジャンは叫んだ。
「僕のところへ戻って来い!」
虚しさだけがジャンに寄り添った。
あの日、フェアリを奪われたジャンは
成長するアンドロイドを造り出した。
ジャンが自分を破壊するだろうと察した脳が
彼に新しい考え方を授けたのだ。
大切に育てることで成長する小さなアンドロイドは
ジャンの失われた幸せを少しずつ少しずつ取り戻していった。
どうしてなぜ、誰がこの日々を失うと予想できるのか?
小さなアンドロイドとの日々は、あの日で止まり
それは幻影としてジャンの目の前に映し出していた。
「ジャン、面会だ」
看守が鉄の扉を開け、2人掛かりでジャンを連れ出した。
気力を失っているため身体を動かせない。
車椅子へ乗せられ面会室へ運ばれる。
透明な強化ガラスの向こうに若い娘が待っていた。
「パパ!」
「お……おお……」
ジャンは自分の目を疑う。
あの小さなアンドロイドが目の前にいた。
そしてジャンの記憶の中にある声でパパと呼んだ。
「おお……」
ジャンは言葉にならない。
小さなアンドロイドと再開できた喜びが、大きな違和感を麻痺させていた。
「パパ、お願いがあるの」
「良いよ、何だい?」
愛娘の愛おしさに目を細めて応える。
すると”ジャンの小さなアンドロイド”は言った。
「私に結婚相手を造ってほしいの」
「……結婚……相手?」
ジャンの中の小さなアンドロイドに似つかわしくない言葉は
目の前に見える小さなアンドロイドには相応の言葉で
ずっと麻痺している違和感の原因がそこにあった。
「よぉ、ジャン」
小さなアンドロイドの後ろから奴が現れた。
「せ……瀬戸ぉ!!」
ジャンは椅子を倒して立ち上がり
殴りかかろうとして看守に押さえつけられた。
もっとも、透明な強化ガラスによって瀬戸を殴るのは不可能だが。
「貴様!」
「ははは……、落ち着けよジャン。血圧に悪いぜ!?」
「許さない!絶対に、貴様は!」
「まあまあ、落ち着いて話しを聞け、ジャン。
20数年ぶりの再開だろ?
どうだい、この子は。 ……良い娘に育ったろう?」
瀬戸が誇らしげにジャンの小さなアンドロイドを見る。
「あれから……20年……?」
膝の力が抜けて床へ崩れ落ちるジャンを
看守が両側から抱え込んだ。
ジャンの脳が麻痺させていた違和感。
それは、小さかったはずのアンドロイドが
成人した女性の姿となってジャンの目の前に立っていること。
「瀬戸……よくも僕の子を……」
ジャンは、瀬戸が手を加えて勝手に大人の姿にしたと思い込んでいた。
ところが意外にも、その思い込みを否定したのは
小さかったアンドロイド本人だった。
「パパの資料を見て……自分で大きくしたの……」
「え?」
どうやら、ジャンが書き残した資料を見ながら独学で学んだようだ。
自らを大人に育てた経緯と手順とを必死に説明する。
今まではジャンが手を加えて赤ん坊から徐々に
6歳ほどの女児へと成長させていた ”あの子”が
自らの力で成長していった様を垣間見て
ジャンは胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
「パパ……私、結婚相手が欲しいの」
「……ああ、そうだね……そうだね」
美しく頼もしく育ったアンドロイドに感動したジャンは
全てを投げ出しても願いを叶えてやりたい気持ちで満ち溢れた。
すぐ隣には瀬戸がいたのだが
この時点では、奴の存在はどうでもよくなっていた。
奴がジャンの心境に、満足そうな笑みを浮かべて頷いていてもだ。
ジャンの脳が最大の違和感を麻痺させたまま
様々な手続きの話が進んでいった。
受刑中のジャンの仮釈放やら、その間の規則についてだとか……。
小さかったアンドロイドの願いを叶えたいジャンは
気持ちがふわふわしていて、自分がどのような内容の書類に
サインをしているのか理解していない。
やがて、ジャンの顔色に疲れが見え始めたころ瀬戸は言った。
「さて、とりあえず終わりにして帰ろう行か。
ジャンはもう老体だ。
これ以上俺達が長く居たら、彼が疲れるだろう?」
「……待て!」
「ん?」
「待てと言ってるんだ、瀬戸!」
「何か用か?」
「瀬戸、キサマは……あれから20数年経ったと言ったよな。
なら、なぜ歳をとらない!!なせ姿が全く変わらない!!」
ジャンは眉間にシワを寄せ、額に青筋を浮かばせる。
両側から看守に押さえつけられながらも
ジャンは激しく強化ガラスを叩き叫んだ。
「僕が老体のワケがないだろう!
20年以上も経っているワケがないだろう!
僕をこんな所へ閉じ込めて、時間の感覚を麻痺させたつもりか!
騙そうとしても無駄だぞ! 馬鹿にするんじゃねぇ!」
急にジャンは激しい激痛に胸を押さえた。
看守が医師と看護師を呼ぶ。
瀬戸はジャンが処置を受けて落ち着いた頃を見計らい
持参した手鏡を強化ガラス越しにジャンへ向けた。
「おい、鏡を見てみろよジャン……。本当に20年以上経っているんだぜ。
どうだ?こんな角度で見えるか?」
「……いや、どこかの爺さんを映してるぜ。向きを変えろ」
「ははは、どこかの爺さんか……。じゃあ、ちゃんとに映ってるよ」
「え……」
そう驚いたジャンは
鏡の中の老人が同時に驚いた表情をするのを見た。
恐る恐る顔に手をやる。
すると、鏡の中の老人が同時に顔へ手をやった。
「どういうことだ……」
ジャンは何となく感じていた違和感の原因に気づいた。
「僕が歳をとっている……本当に20数年経ったのか!
……なら、なぜ貴様は何も変わらない。
答えろ、瀬戸ぉ!!!」
再び看守がジャンを押さえつける。
ジャンの脳は未だ最大の違和感を麻痺させたままだ。




