第10話 幸せなフリをする機械
ジャンが目覚めると、自分のベッドの上だった。
上司との面談中、窓から飛び降りようとするジャンを瀬戸が殴って気絶させた。
その後、どうやって自宅に着いたのか余り覚えていないが
同僚達が、心配そうに見守っていた事だけは覚えていた。
「情けない……!」
ジャンは舌打ちした。
ズキンと後頭部に痛みが走ったが、反って頭がすっきりした。
下のキッチンから話し声が聞こえた。
そっと覗きに行ったら、アンドロイドと瀬戸が仲良く並び
楽しそうに話しをしながら野菜を刻んでいた。
テーブルには3人分の皿とカップ、ナイフとフォーク、1人分の箸が並べてあった。
箸は瀬戸用だ。
必ず箸を使うのは瀬戸のこだわりだった。
「あ、フェアリ! 目玉焼き焦げる!」
瀬戸が慌てる。
「この程度は大丈夫ですよぉ♪」
屈託のない笑みで応える。
ジャンの見た事のない……プログラムしていない”顔の筋肉”の動かし方だった。
瀬戸が勝手に動作を追加したのか?
と勘ぐったが、フェアリの魅力的な笑顔がそれを掻き消した。
「あ、ジャン! おはよう。 具合はどう?」
瀬戸には見せていないであろう最上級の笑みでフェアリが走り寄った。
「ああ、大丈夫だ」
無心を装ってジャンは言ったが、口元はニヤケていた。
ジャンは今日も、2人と1体で食事をする。
以前は瀬戸が同席すると嫌悪感に襲われたが、今は違う。
穏やかな笑顔で自分とフェアリを見守る瀬戸に安心感を抱いていた。
薬の効きが良い為かも知れないが……。
瀬戸とフェアリが楽しげに話していても苛立ちは無かった。
いつの間にか2人と1体の生活が当然になり、穏やかに仲良く暮らす日が続いていた。
ある日、フェアリが新しい服が欲しいと言い出した。
ジャンは自分好みに仕上げようと、様々な店を連れ回しては色々と試着させた。
対して瀬戸は、好みの服を選ばせたいとフェアリの心ゆくまで様々な店に付き合った。
あまりに好きにさせると際限が無いので、ほどほど口を出したが。
結局、閉店間際まで買い物が続き、家に着いても元気だったのはフェアリだけだった。
疲れ果てて倒れこむ2人をよそに、彼らの前で早速着替えて披露した。
ジャンは至極満足した。
なぜなら瀬戸が買った服には目をくれず、ジャンが選んだ服だけを着て
楽しげに様々なポーズをとっては感想を求めるから。
今まで味わったことのない幸福感だ。
くるくると踊るフェアリを前から抱きしめ深いキスをする。
言葉にこそ出さないが、勝ち誇った視線を瀬戸へ投げつけた。
その後ジャンは瀬戸を自室へ戻らせ、自分も部屋へ戻り死んだように寝た。
しかしジャンは知らない。
一人きりになったフェアリがジャンの選んだ服を床へ乱雑に脱ぎ捨て
瀬戸を付き合わせて買った服に着替えると
翌朝ジャンが起きるその時まで、嬉しそうにしていた事を。




