妖精の少年と不思議な森
暗く深い森の中で、男の子は気がついた。
「ここ、どこだろう……」
どこを見るにも、木、木、木ばかりで覆われていて、どこに行こうと、外へと続く道はなかった。いわゆる迷いの森といったところだろう……
こんな状況なのに、不思議と怖いとかっていう、不安や恐怖心が湧いてこない……
森の奥の方から、暖かい空気が流れ込んでいるのに、気がつきました。
「なんだろう? この心地の良い風は……」
吸い寄せられるように、暗い森の奥へと歩いていく。奥へと行けば行くほど、どんどんと暗くなっていき、やがて……眩しい光が満ちてきた。
暗い森から出て驚いた。目の前には不思議な光景が広がっていたのだ。
大きく切り開かれた広場の中央には、大きな湖がある。しかし、驚いていたのは、そんなことではない! 湖の上に浮かぶ、暖かな光を放つ大きな木だ。
「……!」
なんだ、この木は! そう言おうとしましたが、一切口にすることができませんでした。ですが、その大きな木に魅了され、近づこうと思い、足を動かしました。ですが、前へと進むことができません。それは、足が金縛りにあったように、全く動かないのです。
男の子の意識が、だんだんと遠くなるのを感じ、辺りを見回すと、あの大きな木の下に、小さな女の子の姿を見つけた。その時、男の子の意識は、ブツンっというように、真っ黒になってしまいました。
次に目が覚めたのは、見慣れた天井の下でした。その時、男の子がさっきまでいた森は、夢だったのだと気がつきました。
「なんで同じ夢ばかり見るのかな……でも、前に見たのとは少し違うような……」
この夢を見たのは、今回が初めてではなかった。しかし、毎回同じというわけではなく、ほんの少しだけ違っている。
でも、そんなことは気にしてはいない。夢の終わり際に見た、小さな女の子のことが気になって仕方ない。
男の子はお母さんに、話してみることにしました。
話を聞いた男の子のお母さんは、少し驚きました。その話に見覚えが、あったから……
男の子のお母さんは、男の子をおいて奥の部屋に、入っていきました。
数分たった頃、一冊の本を持って、奥の部屋から出てきて、男の子にその本を渡しました。
その本はとても古く、大きな絵本でした。表紙に題名が書いてあり、
『森を守る妖精の少女と狩人の少年』
と、記されていました。
男の子は自分の部屋に戻り、夢中でその本を読みました。そこに書いてあるのは、森の奥にある湖で、森の様子や生き物たちと対話する、妖精の少女のことが書いてあり、その妖精の少女と狩人の少年が出会うという、話が書いてありました。その本を読んでいる男の子の頬を、一筋の水滴がこぼれました。その話は、狩人の少年は妖精の少女をとても愛していて、毎日会いにいくほどでした。その妖精の少女は、人を好きになってはいけなかったのです。妖精の少女の心が揺れれば、森の木々は枯れてしまう……だから、狩人の少年を愛することができなかった。愛してしまえば、少年を求めてしまえば、森も自分すらも消えてなくなってしまうのが、わかっているから……
男の子は、この本に出てくる暗く深い森に、見覚えがありました。それは、男の子が見た夢そのものでした。この本に出てくる、狩人の少年の見た光景や感情が、まるで一致している。そのことに、男の子は驚きました。
本を読み終えた頃、既に外は日が落ちていました。涙を拭き、お母さんのいる居間に行きました。
「どうしたの? 眠れないのね……」
男の子に優しく話しかけ、笑いかけてくる。
「うん……」
男の子がそう言うと、お母さんは台所に向かい、何かを始めました。
ようやく戻ってきて、男の子にコップを差し出します。中には白い液体が入っていて、湯気を出していました。
「ホットミルクよ……落ち着くの。お母さんも、眠れないときよく飲んだわ……」
「ありがとう……いただきます」
そう言って、飲もうと口にしました。
「っ!」
「あ、熱すぎたかしら……ちょっとかして……」
お母さんはふぅふぅと、息を吹きかけて冷ましてくれました。
次に口にしたときは、温度はちょうどよく、飲みやすかった。温かいミルクの中には、ほんのり甘みがあって、気持ちが落ち着いて、だんだんと眠くなってきました。
「あ! 寝る前に、歯磨くのよ!」
お母さんに忠告され、洗面所で歯を磨いてから、ベッドの中に潜り込みました。
次の朝、男の子は随分と早い時間に、起きました。窓から差し込む光は、少し暗さが混じっていて、日が上り始めた頃なのが、分かりました。
急いで着替え済ませた男の子は、自分の部屋を出ました。男の子は、昨日お母さんに聞けなかったことを、聞きたくて仕方がなかったのです。
「お母さん! 昨日、聞き忘れたんだけど、この本に書いてあることって、ぼくの夢と一緒だよね? なんでぼくは、この夢を見たの?」
「うーん……多分それは、この本の妖精さんが、あなたに会いたがっているのよ」
聞かれたお母さんは、少し困り顔になりましたが、男の子にそう言って聞かせました。
すっかり信じ込んでしまった男の子は、少女の妖精に会いたくなり、いてもたってもいられなくなりました。そして、外に出ようとしていた男の子を、お母さんは引き止めました。
「外に出るのなら、温かい格好していきなさい!」
男の子はそう言われ、渋々といった感じで、厚着をして外に出ました。その時には、お母さんがなぜ言っていたのか、わかりませんでした。
外に出た男の子は、扉を開けて驚いたのです。そう、家の周りは白色の雪で覆い尽くされていたのです。まだ、葉の落ちきっていない木の上に、覆いかぶさるように乗った雪や、木でできた小屋の上にも雪が、積もっている。これが、いわゆる冬の訪れというものだろう……
「いつの間に降ったんだろう……」
雪を見るのはこれが初めてで、男の子は雪を見た犬のようにはしゃいでいる。それもそのはず、この地域は滅多に雪が降ることはない。
手の平いっぱいに雪を乗せた。でも、雪はあっという間に、水になってしまいました。
「うわぁー! 雪って、本当に冷たい!」
雪を見て興奮する男の子は、何をしようとしていたのかを忘れて、雪で遊んでしまいました。雪で遊ぶのに夢中で、家を遠くまで離れてしまいました。しかし、足跡がなくなってしまい、来た道を戻ることもできません。
「ここ、どこだろう……?」
空が少しずつ暗くなる中、見覚えのない森だった。
「なんか、こんなことが前にもあったような……」
男の子には、こんな事に見覚えがあった。夢の中と似ていると、そう思ったのです。でも、少し違っていました。それは、雪が降っているということ……気のせいだと思って、森から出ようと歩き始めました。
長い時間歩きました。ですが、まだ森を抜けることすらできずに、暗い森の中をさまよい続けました。そして、大きく切り開かれた広場に、やっとの思いで出ることが、できました。
既に空は暗く、星たちが綺麗に輝いていました。男の子は、前からこの場所を知っている、そんな感覚がありましたが、それでも少し違っていました。それもそのはず、湖も大きな木も、ここにはないのですから……
「どうしよう……帰り道わからないし、もう暗いから森にも入れないよ……」
辺りを見渡しながら、広場の真ん中まで近づこうとする男の子の姿が、ふっと消えてしまいました。男の子は雪に埋まった湖の中に、落ちてしまったのです。
「たす……け……」
男の子はもがき、湖の中から出ようとしました。ですが、高く積もった雪に邪魔され、上がることすらできません。
「…………」
体の自由が効かず、湖の底へと沈んでいく中、男の子は不思議な光が、集まっていくのを見ました。そして、次の瞬間……眩い光が沈んでいく男の子を包みました。
「……」
なにかが呼ぶ声が聞こえる……
「ねぇ……お…きて!」
だんだん近づいてくるのを感じる。
「ねぇ、起きてってば!」
今はっきりした。女の子の声が、近くで叫んでいる。
男の子はやっと目を覚ました。近くにいた女の子が、それを見て喜ぶ。
「やっと、起きた!」
「え? あ、ありがと……ぼく、どうして……確か、雪の中、湖に……」
「ええ、あなたは湖の中に落ちたわ! それを助けたのが、私!」
「うん……それはなんとなくわかる……」
辺りを見渡せば、さっきまでとは違って、雪は降ってすらいなかった。でも、見覚えがある風景……それは、あの本や夢で見た、そんな世界と同じだった。
暖かな光……頭上にはあのとき見た、大きな木があった。それで、予想がついた。
「ぼく、死んじゃったのかな……」
「ううん……さっき私が助けたって言ったじゃない!」
「そ、そうだったね……」
少女を見ると、顔は小さく身体は細い、髪は茶色っぽくて肩くらいだった。そして、少しおかしな点があるとすれば、背中に四本の薄い羽が生えているだけだった。
男の子は、それだけで察しがついた。目の前にいるのは、あの本にも出てきた妖精の少女なんだと……
「妖精……」
「っ! な、なんでそれを!」
「ふふ、バレバレだよ……その羽、隠せないの?」
「は、羽は妖精の象徴だよ! 隠したら、妖精じゃないって、認めるのと同じ!」
妖精の少女は、いきなりふふっと笑い出した。何が、楽しいのかわからない……
「私はアルラウネ、森の妖精よ!」
「そこ、すぐバラしちゃうの!?」
自己紹介する妖精の少女、アルラウネを男の子は驚く。
「でも、あなたは始めから、知ってたみたいね。私に何かようがあったんじゃないの?」
「あ、うん。夢の中と本で……それにようがあったわけじゃなくて、会いたかった……それだけかな……」
「ほんとにそれだけ……?」
アルラウネは男の子を疑って、聞き返す。
「……うん。会って話がしたかった……こんなふうに」
男の子はにっこり笑う、アルラウネはそんな男の子をみて、アルラウネもまた微笑む。
「じゃあ……もう願い事が叶っちゃったんだ……」
暗い夜空を大きな木は強く暖かく、照らしている。それを、寝転んだまま見上げる。
「ねぇ……」
「うん?」
「ちょっと聞いていい?」
「いいよ……」
「アルラウネは、この本に出てきている、森の妖精の少女なの?」
そう言って、見せたのは湖に落ちた時に、ずぶぬれになってしまった本だった。
「ううん……それは、私じゃないよ」
少し悲しそうに言う、アルラウネをただ静かに見つめる男の子……
「でも、どうして……?」
「それは、この本に出てくる妖精の少女とアルラウネは、ちょっと違う気がして……」
アルラウネの顔が少し暗くなった。でも、男の子は気づくことはなかった。
「鋭いね……その本に出てきたのは、多分お母さんのほう……」
その時、大きな木の後ろから、人が現れた。男の子は、すぐに誰かわかった。だって、自分のお母さんだったから……
「お、お母さん! なんで、戻ってきたの!?」
先に声を上げたのは、アルラウネの方だった。男の子は耳を疑った。自分のお母さんをアルラウネが、『お母さん』って呼んだから……
「あ、アルラウネ……? ど、どういうこと!? なんで、ぼくのお母さんのことを『お母さん』って呼んでいるの?」
お母さんもアルラウネもうつむいている。男の子は、立ち上がってお母さんのもとに、駆け寄って問いただす。でも、お母さんはうつむいたまま、そっぽを向いた。
「あ、あのね……お母さんの名前はシルフで、その本に出てくる森の妖精よ……」
口を開いたのは、アルラウネだった。振り向いた男の子の顔には、驚きの表情が広がっていた。
「でも、森の妖精は人間と恋に落ちると、消えてしまうんじゃなかったの?」
男の子の問いはただしい……それは本の話の中だけ。でも……
「あのね、その本に書いてあることは、本当の話よ……でも、私は消えていないわ……」
ほら、このとおり……と、見せるようにお母さんは、一回転する。でも、羽は一切見えなかった。
「でも、羽は……」
「羽……羽ね。もちろんあるわよ」
お母さんがそう言うと、羽が現れた。でも、そうなると男の子自身が、おかしな存在になる。
「じゃ、じゃあ……ぼくはどうなるの……?」
「あなたも、私たちと同じ妖精よ……でも、未発達で羽も生えていないの」
男の子は今までの、世界が崩れるかのような、気分だった。でも、心の底からワクワクしていた。
「じゃあ、ぼくにも羽は生えるの?」
「ええ、もとろんよ」
男の子は羽が生えるのが、待ち遠しく思いました。そして、疲れたのかそのまま眠ってしまいました。
「わぁっと! あっぶなーい」
男の子を支えたのは、アルラウネでした。
「ふふ……可愛いですね……」
「ええ、私の子供だもの」
アルラウネもお母さんまで、男の子の顔を見て微笑みました。アルラウネの腕の中で眠る、男の子の頭を撫でて……
「可愛い我が子……湖の精ウンディーネ……」
不思議な森の奥深くにある湖には、三人の妖精が住んでいて、いつも楽しく飛び回っています……そんな不思議な森に続く道は、あなたのすぐ近くにあるかもしれません。
こんばんは、愛山 夕雨です。
いつもは恋愛ばかり書いているのですが、今回は童話にチャレンジしてみました! 思っていた以上に難しくて、苦労してしまいました。今後は少しずつでも、いろいろなジャンルを書いていきたいと、思っています。
次回の短編小説は、バレンタインあたりになると思います……やっぱり、恋愛が書きやすいですね……
それでは、また今度お会いしましょう。