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ドラマチックにサイキック  作者: 久遠ユウ
グランドオープニング
7/21

起床 雪 屋上にて

 窓が(くも)っている。


 暖房の効いた病室では、外との温度差で結露(けつろ)がひどい。


 ベッドの(かたわ)ら。


 パイプ椅子(いす)に腰かけて、備え付けのテレビが流す天気予報をぼんやり眺めている。


 今冬の低気圧の勢いは弱く、首都圏では雪を見ないまま、新年を迎えることとなりました。明日の天気です……。


 チャンネルを変える。


 追悼(ついとう)特集。あの災害はなんだったのか。


 映像提供、気象衛星センター。


 ノイズのひどい衛星写真がコマ送りになる。インド洋の片隅に現れた右巻きの小さな渦が、大きく発達しながら世界中の海洋を不規則に動き回り、西太平洋を(おお)い尽くした後、それこそ冬の白い呼気みたいに、あっけなく消えてしまう。


 映像切り替わる。提供、USNO。


 夜天を駆ける幾条もの光。


 星が雪崩(なだ)れ降り注ぐ。


 映像切り替わる。提供、海上保安庁。


 船の上から撮ったのか、揺れ動く水平の果てを、(にご)った白色が覆い尽くしている。


 衝撃。上空から飛来した光条が白霧(はくむ)を打ち払ってゆく。


 彼方(かなた)で明滅する光。炎、稲妻、得体の知れないエネルギー。


 霧が晴れる。


 海は凪ぎ、空は遠く、(きらめ)く粒子が降り注ぐ。


 雪だ。


 映像切り替わる。どこかの研究室。白髪のおじさんが大写しに。肩書きがテロップで流れる前にわたしはチャンネルを変えた。


 ヒットチャート。冬に聞きたいなつかし邦楽ランキング。


 ZONE、『白い花』。


 ここのテレビは昼でも夜でも点けっ放しにするよう主治医に言われている。刺激があった方が回復の可能性を高める、とかなんとか。だったらニュースや天気予報よりはいいだろうと、チャンネルはこれで固定。


 一年と、少し前。


 大きな大きな台風が、数日に渡って海をデタラメに動き回り、船や飛行機や衛星を巻き込み、沿岸の都市を破壊して暴れ回った後、空から降ってきた星に消し飛ばされた。


 星が降る頃にはみんながみんな、もう世界も人類も終わりだと半ば諦めて、最後の時をどう過ごそうかと必死になって生きていた。


 さてその頃わたしはというと、もう世界終わっちゃうの、みんな死んじゃうの、と電話口でわんわん(わめ)く友達をなだめたり、クラスの男子から怒涛(どとう)のように押し寄せる『実はずっと好きでした』メールをサバいたり、世界終わったら食べらんないし、ということで秘蔵のハーゲンダッツを一気食いしたりしていた。


 結局終わらなかったけど、世界。


 友達との友情を深め、クラスの男子たちとの仲を気まずくし、わたしのお腹を下させたこの一連の異常気象、その名をテラタイフーン。台風は世界のどこで発生したかで呼び方が変わるそうだけど、アレはもう世界中どこでもテラタイフーンで通じるらしい。グローバルな大災害。


 海に星が落っこちた後も地球は結局、ディープインパクトもデイアフタートゥモローもなく、今日も今日とて穏やかに回っている。で、世界を滅亡から救ったと云われる百数個に及ぶ謎の隕石の群れ、その名もイレヴンズインパクト。


 意味深なネーミングだけど、なんのことはない、落っこちたのが昨年――もう一昨年になるけど――2011年の、11月11日だったってだけ。


「お兄ちゃんがやったんでしょ? あれ……」


 どういう訳か東京湾を浮かんで漂っていた少年が海上保安庁に保護されたのはその翌日。


 所持品、捜索願いから、その少年がわたしの兄だと判明したのがその二月あと。


 わざわざDNA鑑定までしてもらったから間違いない。


 それから一年。


 兄の意識は、戻っていない。


 その顔を、眺める。


 髪の毛はたまにわたしが切っているので、短い。ひげは伸びない。ただ(ほほ)がげっそりこけてしまっている。


 目は閉じている。


 正確には、意識がないのではなく、自分でモノを考えられない状態なのだと医者には言われたけれど、 正直違いはよくわからない。


「お兄ちゃんが、守ってくれたんでしょ…」


 立ち上がり、窓際へ。


 ガラスを手で(こす)る。


 コキュ、といい音がした。冷たくなった手の平に、はあ、と息を吐きかける。


 高みから、街の明かりが見渡せた。


 たいていひとりで動けなかったり、死にかけだったりする長期入院患者の病棟は、院の高いところにある。たぶん、景色ぐらい、いいものを見せてあげようという計らいだろう。


 兄が目覚めて、初めて目にするだろう眺めとしては、悪くない。


 街の明かり。


 人の明かり。


 尾を引いて動き、明滅し、新年の夜を思い思いに過ごす、それは命の光かもしれなかった。


 ふと、窓ガラスに白い誰かが映った気がして、振り向く。


 誰も居ない。


 気のせいだ。髪の短い、いやに可愛い女の子が、一瞬、見えたと思ったのだけど。


 ベッドの方に向き直ると、兄が体を起こしていた。


「――――お兄ちゃんッ!?」


 返事はない。


 兄はただ、窓に向かって、手を伸ばして、虚空(こくう)()いて、なにか、


「………ぅ、…………っ……」


 なにか言っている。わたしはナースコールを連打しながらその口元に耳を寄せた。


「なに、どうしたの…、苦しいの…?!」


「……ゆ、き…………、ゆき………」


「雪…、雪が見たいの…っ?」


 やってきた看護師に、兄が起きたんです、喋ったんです、車イスを貸して下さい、外に、屋上に出して下さい、お願いしますと、しどろもどろになりながらわたしが訴えると、すぐに車イスが来た。兄にわたしのダッフルコートを羽織らせて車イスに乗せる。屋上に出るには階段を上る必要があった。数人に手伝ってもらって、持ち上げて、一段一段、上がっていく。


 出た。


 暗い。


 夜気に震えながら、車イスを押した。寒さは目に染みるくらい。


 涙が滲む。


 声を、かける。


「降るよ…、すぐ降るよ…、絶対降るよ…」


 近くで看護師が息を呑むのがわかった。


 兄の前に、光の粒子が散っている。


 それはすぐ渦巻いて、人のカタチをとった。


 少女だった。


 夜を透かして、白く輝く少女が宙に浮かんで、淡く微笑(ほほえ)んでいる。


 わたしは不思議と驚かなかった。思い出した。知っている。


 彼女はずっと、そばに居たのだろう。


 少女は兄に、そっと口づけてから、わたしの方を向いて手を振った。


 あとはお願いね。


 そんなことを、言われた気がした。


 一瞬の幻みたい。


 彼女はそれから、空へ(かえ)るように、虚空へ消えた。


「おれ、は……、あ、あ…」


 言葉にならない声を上げて、兄は長かったなにかの終わりを感じているようだった。


 それがなんなのか、わたしにだってわからない。


 けれど、兄が目を覚ましたら、言いたかったことがあるのだ。


「お兄ちゃん」


 後ろからそっと抱きしめて、


「だいじょうぶ、もう、放さない…」


 空を仰いだ。


「ほら、降ったでしょ…」


 白い光が散っている。


 街の明かりに照らされて、揺らめきながら降りてきて、けれど降り積もることはない。


 もう一度、わたしたちは出会えたのだ。


著作権が怖いんで、末尾だけ変えました。


ZONEは名曲ぞろいですね。

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