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ドラマチックにサイキック  作者: 久遠ユウ
グランドオープニング
2/21

思い出

 バカな話をするようだけど。


 わたしの兄は、ヒーローだったのだ。


 兄はヘンな子供で、学校でもみんなとサッカーしたり、チャンバラしたりしないで、校庭のすみっこの方でぼうっと空を見上げていたし、買い物に出かけても、流行(はや)りのカードゲームや携帯ゲーム機や、他のどんなものも欲しがったりしなかったし、家でテレビを見るのも、特撮やアニメじゃなくて、遠い国の戦争を扱ったワールドニュースを、どこか(さみ)しそうな目で……。


 でも、ヘンな人だけど、わたしには優しかったから、好きだったの。


 わたしは(ひど)く内気で、そのくせ、癇癪(かんしゃく)持ちの子供で、胸の中の奥のほうに、どこか不気味で、得体の知れない空っぽに繋がった穴が空いていて、わたしが感じるどんな嬉しさも、悲しみも、全部ぜんぶ、飲み込まれていってしまって、それで時々、その穴からはまるで全然、わたしのモノじゃない気持ちが()き出してくる、そんな感じで、脈絡(みゃくらく)なく叫び出したり、暴れ出したりすることが多くて、爪が()がれるまで壁を引っかいたり、穴が空くほど壁に頭を打ちつけたりするのだけれど、そんなときは、だいたい兄が一瞬で駆けつけてきて、ギュウ、と抱きしめてくれて、ゆっくりと髪の毛に指を差し入れてすくみたいに頭をなでながら、背中を、とん…、とん…、としてくれて、そうされるとわたしはもう、なんていうのか、広い宇宙がすう、と、閉じていって自分の体のカタチへと収まるような、そんな風に、安心するのだ。


 お母さんは、わたしを産むために死んだ。


 そう、遠回しな表現で父に教わったのは、小学の、ほとんど通っていなかったけれど、二年のとき。それからわたしは少しだけ泣いて、頭の真ん中からみぞおち辺りまで、刃物で貫かれたみたいな痛みと共に、落ち着いて、子供心に、ああ、しっかりしなくちゃと思って、少なくともパニックを起こすことはなくなって、学校も行くようになって、けれどやっぱり外は怖いから、登下校はいつも兄と一緒。


 兄が――もしかしたらわたしもだけど――ヘンな人なのだと知ったのはその頃だ。


 兄に関するウワサは色々あった。


 図書室の本を全て読破したらしく、貸し出しカードに奴の名前がない本はないとか。


 算数の鶴亀(つるかめ)算で、連立方程式を持ち出して先生を困らせたとか。


 校庭の端っこから反対側のサッカーゴールにシュートを決められるとか。


 キレるとマジでヤバいあり得ない強い人だとか。


 いつもスタンガンを隠し持っていて、それで高校生の不良グループを焼いてしまったとか。


 閉鎖されて入れないハズの屋上でフヨフヨ宙に浮いていたとか。


 コックリさんに失敗してヤバいモノを呼んでしまった女の子たちを助けたとか。


 美少女の守護霊が()いていて、彼女を怒らせると学校中がポルターガイストを起こすとか。


 まあとにかく、ヤバくて強くてあり得ない人だと。


 給食を食べながら教室の窓から外を見ると、兄はだいたい、校庭のすみっこにある、タイヤを積み重ねただけの、あんまり人気のない遊具に腰かけてぼうっと空を見上げている。たまに持ち出してきた()げパンや肉まんをハグハグ食べてる。わたしは自分が食べ残したり、ジャンケンで勝ち取った余りモノのパンとかマンとかを抱えて兄のもとへ。


 その日は空がキレイで、わたしは兄の好物の――本人がそう言った訳じゃないけど、いつも食べているから――揚げパンを、自分の分と、クラスメイトで給食帝王を自称する立野君から勝ち取った分と、ふたつ、抱えて持っていった。


 兄は目を丸くして、


「なんだ、今日は大量だな」


 と、パンをふたつ受け取ると、その日に限って、


「たまには、お前もちゃんと食え」


 と、片方をわたしによこそうとする。


「んーん、食べて」


 わたしは首を横に振った。食べて欲しかった。わたしはその頃、色々な感覚が鈍い子供で、食べ物の味もわりかしどうでもよく、だから自分で食べるよりかは、兄に美味しそうに食べて欲しかったのだ。兄は少し考えてから、


「じゃあ、これだけ。おれだと食べ切れない」


 片方の、半分を、割ってくれた。


 ふたりで並んでタイヤに腰かけ、もふもふ食べる。


「ねえ、お兄ちゃん」


「んふ?」


「みんながいってるユーレイって、ユキちゃんのこと?」


「んぐ…、ん、ん…」


 兄はパンを飲み込んでから、


「誰に聞いた? アイツの名前」


「ユキちゃんだよ」


「もう死んでる」


「だから、ユーレイなんでしょ」


「話したのか……、いや、話せたのか?」


「こわい夢見て、眠れないとき、よくお話してくれた」


 空が、きっとあんまりキレイだったから、その日はじめて、兄と彼女の話をした。


 髪が短い、小さな女の子だった。夜、わたしがうなされていると、やってきてくれる。


 透けていて、浮いていて、ぼんやり光っていて、けれど綺麗(きれい)で可愛かったし、優しかったから、幽霊だけど怖くはなかった。それで、だいじょうぶ、ユキがついてるよ、コウくんが守ってくれるよ、と、そんなことを言って、安心させてくれた。


「そうか。最後に話したの、いつだ……」


「お父さんに、お母さんの話、聞く前。でも……」


 兄がパンを食べ終えた。わたしのはまだ少し残っていた。


「…でも?」


「もう見えないし、聞こえないの。居なくなっちゃったの?」


 兄はその質問には答えなくて。


「もう、話さなくていいんだ。見なくても、聞かなくても……」


 そんなことを、言った。


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