夢の中での目覚め
白い夢にて、目覚めた。
天井も、壁も、ベッドのシーツも、床まで一面真っ白で、虚無に取り残されて漂うようだ。
体のあちこちから、様々な線が延びている。
それは栄養を経口摂取したり酸素を注入するための管だったり、脳波や心拍を測定するパッドだったり、単に点滴だったりした。
体中から伸びるスパゲティじみたチューブやコードを、クモの巣を払うように引き千切る。ゴムもビニルも、合成樹脂も、水飴みたいに伸びては切れる。
ガタガタと、風が吹いている訳でもないのに窓が震えている。地震でもないのに、ベッドもゆさゆさ揺れている。なんだか急かすようだ。
起き上がろうとして、バランスを崩す。床に手をつこうとして、ベッドから転げ落ちた。這いずり、点滴が杖になりそうだと思い手を伸ばすが、右腕は上がらない。左手を伸ばすが、なんだか上手く掴めない。数度、空を掻いた手がようやく握った金属棒は、しかし握ったそばからグンニャリ曲がって折れてしまった。
いかなくては、と思う。
どこに、なんのためにいくのかわからないけれどとにかく、いかなくては。
けたたましく鳴る電子音。外から近づいてくる大勢の足音。ベッドの周りで、色んな機械がショートして火花を散らす。電灯が激しく明滅する。
部屋に入ってきた医者や看護師は、突如として巻き起こったポルターガイストに面食らい、しかし懸命に幸助をベッドに戻そうとする。注射器で安定剤を打とうとすると、針が曲がってとぐろを巻いた。
鬱陶しい。でたらめに手を振るうと電光が散り、皆が吹き飛ぶ。
いかなくては、いかなくては。
立ち上がろうとして何度も転ぶ。構わない。立てないのなら這いずるだけだ。部屋を出る。廊下を這う。這う。這う。這いつくばって這いずり回る。いかなくては。いかなくては。
電灯がひとりでに割れてゆく。警報が鳴る。悲鳴が上がる。知るものか。いかなければならない。とめるな、じゃまをするな。
看護師を薙ぎ払い、破壊の跡を床に壁に焼き付けながら、這う、這う。
ぱさり…、と軽い音が聞こえた。そちらを向く。
「お兄ちゃん……?」
学校の帰りなのか。
クリーム色を基調にして、オレンジのラインの入ったブレザーにプリーツスカート姿。学校の制服のようだ。中学生と思しきその少女は、ひとり呆然と立ち尽くしている。
足元には落ちて散らばった花束。見舞いのための献花だろう。
手の入っていない眉を吊り上げ、化粧気のない頬を引きつらせ、長いまつ毛に縁取られた、垂れがちの大きな瞳を丸く見開き潤ませて、こちらを凝視している。
幸助は構わず進む。這う。そこをどけ。誰であろうと、邪魔をするなら薙ぎ払う。
『ダメだよ。
―――――大事な人でしょ?』
アタマに直接届く声。
ひどく優しい、懐かしい響きに押し上げられて、意識が浮上してゆく――――――