戦闘開始 ただし、状況は全く不明 後編
ブックマーク、大変ありがとうございます。
とても励みになります。
【紅い神殿】に、渚との会話を追加しました。
【殺し合いとの邂逅】にて、幸助が自動ドア破壊する描写に若干の変更を加えました。
両話にはまた、増改稿があるかもしれません。なんか内海家の存在感が薄くなってる気がして……、文体も安定しなくてところどころ迷子ですし……
いや、筆が詰まるのが嫌なんでひとまずこのまま走りますかな、どうしよう。
当然、春日幸助は、殺し合う二人の事情など知らなかった。
幸助は当初、得体の知れない化け物ふたりを全く無視して素通りし、そのまま外へ出て救急と警察を呼ぶつもりだった。しかし、四車線の大通りがすぐ見えるはずの、図書館正面出入り口を出て左手側の向こうには、紅い粘着質な半透明の壁に覆われていて、大型ショッピングモールや科学博物館や、道路も電柱も街路樹も、真っ赤に歪ませていた。上を見上げれば空まで紅い。
まず幸助は、ガスの吸引による幻覚を疑った。だが、それを否定する『声』がある。
――よく見て、思い出して。幻じゃないよ。アレをなんとかできるのは、今、コウ君だけ。
無意識に、幸助は頭の中で反論した。『声』が誰のものか、もう気にはしなかった。その『声』すら幻覚である可能性を捨てきれてはいなかったが、『彼女』の質問は、解らないことしかない状況で自分の考えをまとめるのに有益だった。普段から言葉でものを考える習慣のなかった彼にとって、それは異質なことではあったが、幸助はともかく『思考』した。彼らの正体は不明であり、館内の状況との関連性もまた不明。あの紅いドームも含めて幻覚の産物であり、すぐに携帯の電波の通じるところまで離脱するのが最適解ではないかと。
返答は即座だった。
――あの紅いのが、ここの敷地ぜんぶに被さって外と『隔て』てるせいで、普通には出られないの。電波を通さないのも、中の人たちの生気を吸い取ってるのもアレ。さっきコウくんが『真ん中』を揺るがせたから、少し緩んではいるんだけど、今のあたしたちじゃすぐには解ききれない。いくつもある『起点』を探しだして一つひとつ潰すんじゃ全然間に合わないの。
彼女の言葉は一部、意味が解らなかったが、幸助は、あの壁がドーム状に図書館の敷地を覆っており、また外部との連絡を妨げており、館内の人間が昏倒する原因になっているという未知の推論を受け入れた。毒物を散布したというには、不自然な点が多かったのだ。そして、この現象をどうにかする手段が現状、ないことも理解した。『彼女』への質問は二つだ。間に合わないとどうなるのか。また、紅い壁を取り払う手段はないのか。
――間に合わないと、みんな死んじゃう。
――たぶん、だけど、あそこで戦ってる二人のどっちかが、これを起こしてるはずなの。関係ないってことは絶対ないはず。やってる本人に止めさせるしかないの。
具体的には、どうするのか。
――教える前にひとつだけ答えて。中の人たちを、助けたいと思う? コウくんひとりなら、絶対に助かるよ。『あたし』がそうする。でも自分から関わると、すごく危ないよ。
今度は幸助も、より明確に思考を言葉にして答えた。
『館内の人間は、助かるべきです。この事件は、被害者の生存基本権を著しく害している』
『自分にできるなら、助けるべきです』
『この命より、彼女らの生存を優先するのが自然と考えています。その手段があるのなら教えてください』
今度は返答に、少しだけ間があった。
――わかった。
――割り込んで、話をするしかないと思う。能力は使えるでしょ? あの二人の戦いをまず止めて、犯人がいるなら、無理やりにでも止めさせる。あたしもサポートするから。
――いい? 今のコウくんじゃ上手く距離を測れないと思うから、タイミングはあたしが教えるよ。どっちが悪者かわからないうちは、どっちかが有利になるような割り込み方をしたらダメ。ふたりは本気で殺し合ってるし、実力も、刀の人が少しだけ強そうだけど、そこまで違わない。バランスが崩れたら、簡単に殺すし、殺されちゃう。いい? これから刀の人が有利になるよ。ジャージの、小さい人が態勢を崩して、刀の人がとどめに入る一瞬の隙に、刀の人を全力で撃つの。片膝ついて、しっかり狙って。ほら、位置はあたしが教えるから……
幸助と『彼女』の会話は、実際には数秒に満たなかった。知覚は奇妙に引き延ばされていて、景色はゆっくりと流れている。
幸助は指示に従い、出入り口から一歩前に出たその位置で、杖に左手をかけたまま片膝をつき、右腕を掲げて中指と人差し指を揃えて伸ばし、その谷間を、左目を閉じて右目だけで覗いた。ちょうど、拳銃の照門にそうするように、だ。『彼女』がイメージを伝えてくる通りの場所を狙うと、そこに飛び込んできた刀の男が、ほんの一瞬動きを止めて刀を収め、居合いの構えに入った。
そして、撃った。
そして、当たった。
そして、幸助が必要なことを言った後、こちらに突進してくるのは、刀の青年だった。
突き出した右手、指の谷間で引き続き狙いを定める。
敵が距離を詰めてくる。地を滑空する足捌き。人間業ではなかった。
刀を振り上げた男の体が、幸助の眼には膨らむように見えた。
幸助には、距離もタイミングも計れない。だから、ロックした瞬間に、
――撃って。
撃ち抜くだけ。
頭なんて狙っても当たらない。刀だけを弾き飛ばすなど論外だ。体の中心、鳩尾のあたりに照準を合わせる。
撃ち抜く。
指先を基点に放たれた不可視の衝撃波が一直線に敵へ向かい、斬られた。
斬られたのだ。
目に見えぬ衝撃は、あろうことか一刀の下に斬り伏せられた。
次の瞬間には、もう眼前。
敵は残した距離を一歩で詰めて、返す二の太刀で幸助の首を刎ねにくる。
時間が澱んでいる。
全てが停滞して感じられる。
暗い。
目の前で敵のジャケットが翻って西日を遮っている。
膝立ちの幸助に、下方向から斬り上げられる死。もう、躱せそうにない。
ならば念じるしかない。
これだけ近ければ距離もクソもない。指を向ける必要もない。何しろ相手は視界いっぱいを覆っている。
直接睨み上げる。
吹き飛ぶよう、念じた。
敵は確かに吹き飛んだ。錐揉むように回転して後方に。だが浅い。今のは真芯を捉えていない。柄で受け止められたのだ。見えない衝撃がいつどこにくるのか、どういうわけか読まれている。けれど間合いは突き放したはず。次の一撃までわずかに猶予が――――、ない。
敵は回転を殺さず着地。地に着く動きが踏み込む動き。刀を片手に持ち替えながら、大きく間合いを伸ばして振り抜く。ジャケットが翻る。劇画みたいな回転斬り。
死ねない。
幸助は次弾を放つべく集中を開始。撃ち放つにはあと一瞬。だが敵の刃が届くに足る一瞬。絶望的なまでに後手。連射の効く技ではない。この攻防は手詰まりだ。
――死ねない。
道理が通らない。中で倒れた大勢の人たち。彼らはいつも通りの日常を過ごしていただけだ。あんな目に遭う理由はない。
――――死ねない。
限界を超えて能力を引き絞る。
全身を震えが駆け巡る。
思考の裏で、なにか、得体の知れないモノが荒れ狂っている。
―――――ここで、死ぬ訳にはいかない。
白刃が首元に迫り、今まさに届こうという、刹那。
全身を衝撃が走り。
幸助の体から、ヒトのカタチをしたナニカが飛び出して、迫る刃を、受け止めた。
バチバチと。
なにかが弾けて光っている。
刃は止まっている。
幸助の頸動脈から実にあと五センチのところで、白刃は受け止められている。
『トーマスの――――』
高く澄む、鈴を転がすような声。
にしても綺麗すぎる音だ。アタマに直接響くよう。
『灼熱剣ッ!!』
ヴィバヂイッ!! と、一閃。
刃を受け止めていたモノが振るわれた。
瞬間、炸裂する電光に目が眩む。
キン、キン、と、金属質な音が聞こえる。そう、ちょうど、刀を地面に落したような。
幸助の視界が戻ると―――――――、もう、終わっていた。
刀の男は十メートルほど後ろに退いている。その異形の右腕は、肘から先がない。切断面には血も肉もなく、白い、蒸気のようなものが吹き出て、天に還るように立ち昇っている。
切り落とされた腕は刀の柄を握ったまま、幸助から意外と近いところに転がっていた。血は、やはり出ていない。肌に刻まれた不可思議な紋様が、断末魔のように明滅し、切断面から白霧を吹き出し、端から空に溶けて、消えていった。刀だけが残る。
幸助の眼前には、敵の腕を裂いた武器がある。
白く弾ける、棒状の閃光。
雷が剣のカタチをとったら、きっとこんなモノになる。
幸助は視線で光を辿る。剣である以上、振るった遣い手が居るはずだ。
それを握る手は意外に小さく、綺麗だった。
何故なら透けている。
透明なものというのは、とかく、幻想的なものだ。幸助は以前に読んだ小説の一節を想起した。けれども状況が掴めない。その小さな後ろ姿は、透けている上、宙に浮いていた。
「違う―――――」
これまで無言を貫いてきた、隻腕となった男が、そんなことを口にした。
片腕を切り落とされたというのに、その表情に変化はない。
平坦なその声を聞くと、何故か、幸助の心臓が、微弱な、一瞬の不整脈を起こした。
「お前たちは、違う」
男は残った左腕を伸ばし、「蒼月」言うと、刀がその手に飛び込むように吸い寄せられる。
ぱしりと掴み取った。
だが戦意はなさそうだ。片腕で器用に鞘に収めると、その姿が、透けてゆく。
存在が薄れるよう。
もう男の姿は鞘に収まった刀をだけを残して、消えていた。虚空に浮かぶ群青色の鞘も、月を模した鍔も、宵闇色の錦地の柄も、空に溶けて―――
幸助はその姿を追おうと前にのめり、倒れてしまう。
地を掻き、手を伸ばす。
完全に、消えた。
幸助はひどく緩慢な動きで体を起こす。
どうして、戦ったのだったか。
外に、助けを。
なんとかして外に、助けを呼んで―――
『だいじょうぶだよ。
―――――やっと逢えたね』
意識に直接、声が割り込んで。
透明な背中が、振り向いていた。
その手に携えた雷剣がパシン、と弾けて消える。
少女だ。見た目の歳は、十代の半ばほどか。
宙から覗き込んでくる。
身を包む、一切の装飾のないワンピースも、丸みを帯びた頬も、跳ねまわった短めの髪も、大きな眼窩に収まった、奇蹟を散らしたかのように煌めく瞳も、暁を透かして輝いていた。
透明な微笑み。
『なんか結界? みたいなの。中の人たちの命を吸ってたモノは、今さっき崩れたみたい。ほらさっきまで、周りがヘンに赤みがかってたけど、今はフツーの夕焼けでしょ? キレイだね』
ね? と、小首を傾げて訊いてくる。
「貴女は―――、なんですか」
『あ、ひどーい。せめて誰? でお願いしますよセニョール』
腕を組み、プップのプ、と片頬を左右交互に膨らませて…、拗ねている、のだろうか?
「これは、夢ですか」
思えば、紅い世界とか、魔方陣とか、刀男とか、なにもかもおかしかった。
きっと目を覚ませば、自室でいつも通りの朝を迎えるはずだ。
そも、幸助という人間には、現実の実感というものが欠如している。
『ホントひどいなぁ。やっと、やっと逢えたのに。夢扱い? …じゃあさ』
スイ、と重力を感じさせない滑らかさで顔を近づけて。
『いいよね、夢だし』
唇を、重ねてきた。
電撃的な衝撃が走る。
というか、バヂイッ! と。
本当に電気が走る衝撃と共に、幸助の意識が遠のいた。
『…あ、やば』
なにがやばいのか。
尋ねることも叶わず、思考は闇に沈んでゆく。
寝てたら夢で『D.C.Ⅱ』の『小鳥遊まひる』ちゃんに会いました。
幽霊の話を書いてたからかな。
そういえば筆者は『アスラクライン』の『操』ちゃんも好きでした。
幽霊という設定からくる神秘性、不可侵性と、明るい性格とがギャップとなって合わさり最強になる。かわいい。
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