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ドラマチックにサイキック  作者: 久遠ユウ
心の在り処
12/21

戦闘開始 ただし、状況は全く不明 前編

「セッ、ラァア―――――――――――――――――――――――――ッ!!」


 空をカチ割らんばかりの気勢(きせい)を上げ、ギラつく黄金(こがね)色をした長大な得物(えもの)を操るのは、学生と思しき、十代半ば程度に見える少年だった。


 カーキ色のジャージに身を包む、小柄で童顔の、どこにでも居そうな少年で……、だからこそ、その手に握る長物(ながもの)が、あまりにも不釣り合い。


 豪奢(ごうしゃ)な装飾の施された先端からは、(ふさ)のように連なった輪が垂れている。


 大気を裂き、光の軌跡(きせき)を虚空へ焼き付けつつ一撃が繰り出される度、絢爛(けんらん)な音を響かせる。


 それは巨大な錫杖(しゃくじょう)だ。


 歴史を感じさせる法具は、その実、殴り殺す為の武具である。


 だが身の(たけ)を上回る武器は、少年には大き過ぎた。


 平安時代の僧兵だって、あんなに(いか)つい得物は持たない。太く、長く―――、アレの材質が(はがね)だとしたら、その重量は三キロを超える。慣性と遠心力で、荷重(かじゅう)はその数倍だろう。少年の細腕で振り回せる道理はない。本来ならば、現代日本の学生風情(ふぜい)に、扱いかねるデカブツだ。


 そう、本来なら。


「シャア―――――――――――――――――――――――ッラア!!」


 割れた声に裂帛(れっぱく)の気勢を乗せて、怒涛(どとう)の連撃が放たれる…!!


 ―――ブオン…、ブオゥン…ッ

          ヒュボッ!

            キャイイイィインッ!!


 少年の動きには、迷いも乱れもありはしない。


 台風の目が()ぐように。


 荷重に逆らわずその中心に()ることで、その勢いは、敵の撲殺(ぼくさつ)にのみ向けられる。


 旋風から連撃が放たれた。


 薙ぎ、突き、払い、旋回する、意思を持った鋼鉄の竹とんぼが、不可視の速度で縦横無尽(じゅうおうむじん)に荒れ狂う…!!


 そして少年が旋風なら。


 対峙する青年は、その(ことごと)くを受け流す(やなぎ)のような(たたず)まいだった。


「いい加減、殴られて、くれませんかね…ッ!!」


「――――」


 少年の罵倒(ばとう)に、彼は無言で応じつつ。


 肉を()き骨を(くだ)かんと襲い来る四方八方からの撲撃包囲(ぼくげきほうい)を、白刃(はくじん)(きらめ)かせ(さば)き切る。


 細身の長身を(おど)らせて体を(かわ)して敵の烈風が()ぜる度に、(つや)めいた短髪がわずかに波打ち、血のように紅いVネックシャツの上に羽織った濃紺(のうこん)のブルゾンジャケットが(ひるがえ)る。


 年の頃は、二十歳(はたち)過ぎ。


 怜悧(れいり)美貌(びぼう)を持った男だった。


 削岩機(さくがんき)じみた猛撃を受けながら、鋭く整った(まゆ)の根も、白磁(はくじ)のような(ほほ)も、引き結ばれた小さな唇も、少しも歪むことはない。


 切れ長の眼窩(がんか)に収まった闇色の瞳は静謐(せいひつ)()いで、敵の技撃(ぎげき)を映している。


 異様なのは、その右腕。


 ジャケットは、右の肩口から先がない。


 (あら)わになった腕は、さほど太くはないが、隆々(りゅうりゅう)とした筋肉を乗せている。


 その白い肌に―――群青(ぐんじょう)の、(うず)を巻くような紋様(もんよう)が走っていた。


 あろうことか、模様は淡く発光し、鼓動(こどう)するように明滅している。


 異形(いぎょう)の腕が駆り、向かう少年の烈風が(ごと)連打連突(れんだれんとつ)を、(から)め取り、(ねば)り付き、軌道を()らし、払い退()け続ける得物は、相手に比べれば分かりやすい。


 日本刀だ。


 その技は鬼神のそれ。


 刀は本来、(もろ)い武器である。


 突き刺し斬り裂く鋭さと引き換えに、頑強(がんきょう)さを失った。


 いかな名工が刃筋(はすじ)沿()って異なる金属を溶け合わせ、しなりのある鋼へ(きた)えようとも、そもそもが薄いのだ。側面からの荷重には滅法(めっぽう)弱く、あっけなく(ゆが)み、たわみ、折れてしまう。対する少年の駆る、重く頑丈(がんじょう)な錫杖との相性はおよそ最悪といえた。


 だがそれも、まともに打ち合えばの話。


 刃がしなる。


 叩き付ける衝撃が、鋼が触れ合う刹那(せつな)の間に(やわ)く受け流され、退(しりぞ)けられる。


 月輪(げつりん)のように流麗(りゅうれい)な弧を描く剣筋(けんすじ)は、敵の技撃をひとつとして余さず絡め取り、(つか)い手の全身に伝え…、返す筋肉のバネにより、倍加した力で払い飛ばす。

 

 ―――シャッ! 

    シュインッ!

       シュラアァ………ッ!!


 剣戟(けんげき)(かな)でる音色が、鋭く()ぎ澄まされていく。


 ()を描く剣線(けんせん)(まわ)り、その軌跡が円から螺旋(らせん)に転じてゆく。


 それは少年の技が見切られ、防御に要する挙動(きょどう)が小さく小さく(おさ)えられつつあることを意味していた。


 だが少年に、止まる気はない。

 

 敵は機をうかがっている。こちらの体勢を(くず)し、己の防御を()ぎ落とし…、刹那を積み重ねて、必殺に足る瞬間を(かせ)ごうとしている。


 (ゆえ)に止まれば、討たれる。


 身に(まと)う旋風は、敵を攻めると同時に、最後の守りを(にな)っていた。


 ならば回し続けるしかない。


 青年の刀が払う度、少年の錫杖はその力をむしろ取り込み、勢いを増してゆく。


 際限のない倍々ゲーム。


 少年が(おの)が得物を(ぎょ)し切れなくなるのが先か。


 青年が敵の得物を(さば)き切れなくなるのが先か。


 だが少年には確信があった。


 いかに速度が上がろうと、己が心身と一体になった、この手の内の得物の扱いを(たが)えることなど、あり得ないと。


 それは自身の技量だけではなく、法具への信頼だった。


 彼の超人的な動きを支えるのはそれだ。


 歴史を積み重ねた道具には神秘が宿る。


 得物には、これまで扱ってきた豪傑(ごうけつ)たちの技が、経験が、堆積(たいせき)している。


 高度な術と、連綿(れんめん)と続けられた手入れに風化を(まぬが)れたこの錫杖の歴史、実に一千年あまり。


 少年はそれらを引き出し、己が五体で再現していた。


 無論、誰にでも出来ることではない。


 相応(そうおう)霊能(れいのう)を備えた上に、相応の|修練を積まなければ、道具はただの道具でしかなく、その記憶を読み解くことも、聞こえざる声に応じることも、叶わない。


 (きた)え抜かれた心身でなければ、自ら繰り出す技に()え得ず、()え得ない。


 だからこれは、少年の実力。


 錫杖は少年に応え、少年もまた錫杖に応える。


「アァア…! シャア―――――――――――――――ララララアッ!!」


 修験(しゅうげん)の道を(おさ)めた小さな僧兵が、暴風となって吹き荒れる…!!


 ―――ビュイィイ……インッ……インッ!!

       ヒュオォオオオオオオオオオオオオオゥウッ!!


 風が閃光へと化けた。


 絶え間なく回転する得物(えもの)がさらに速度を上げて光の円盤(えんばん)と化す。


 少年の、これまでで最大、最速の猛攻(もうこう)に、相手は初めて…、明確な回避のために後退した。


 その(すき)を逃さず踏み込む。


 少年は己が得物を(つか)の先で片手に持ち替え大きく間合いを伸ばし、足先からの回転を体幹(たいかん)で増幅しつつ自ら旋回し、テコと慣性と遠心力にものを言わせて、敵の頭蓋(ずがい)を砕きにかかる…!!


()った!!)


 少年は確信した。


 絢爛な装飾の施された、錫杖の先端。


 その速度、時速にすれば二百超。


 瞬間的な破壊力は、トンの単位に及ぶだろう。


 コレを喰らえば人間のアタマなど、スイカみたいにハジけて散るに決まって――――


 キン…ッ、と。


 これまでの戦いの苛烈(かれつ)さに比して、その音色はむしろ涼やかに響いた。


 必殺の一撃を放った金色の錫杖。その穂先(ほさき)が切り落とされ、空を飛んでいた。


 (はる)か上方を回転しながら、装飾の連環(れんかん)がシャラン―――シャラン――――、と(みやび)やかに鳴る。


 青年は振り抜いたはずの刀をいつの間に(さや)へ収めたのか、腰を低くして。


 居合いの構えを、とっていた―――――――


(あ…、死んだ)


 少年の方が。今度こそ。


 少年は、重心が後方に崩れた体勢でどうにか構え直そうと試みる。けれど、遅い。よしんば間に合ったとしても、ただの棒きれと化した錫杖からは以前ほどの威圧(いあつ)感が失われている。黄金に輝いていた身が(くす)んでいる。次の一撃は、防げない。


 青年の、得物の柄に手をかける腕の紋様が、深く淡く、発光していた。空気が歪んで、目に見えぬ得体の知れない力が収束し、渦となって循環(じゅんかん)する。


 今までの戦いが速すぎたのか、透明な殺気の密度に、時間まで(よど)んだのか。


 少年には全てが、停滞して感じられた。


 だってさっき切り飛ばされた杖の先が、まだ空で鳴っている。


 シャラン――――――


(これは、死んだな…)


 青年の手がこちらに(はし)る。柄と手が(ふく)らんだように見える。刃は…まだ見えない。そういう角度で抜いて抜刀を気取らせない技術なのだ。刃は、少年の視点と、青年の柄、握刀(あくとう)する手のちょうど対角線上にある。超人的な速度に加え、その繊細(せんさい)さに少年は呆れる。なるほど、これなら、抜刀を知る時、(すなわ)ち、死ぬ時だ。常人であれば知る間もなく首が跳ぶだろうが。


 シャラン―――――――――――――


 鞘と柄の間からついに、ずるり、と白刃が覗く。西日を照り返して冗談みたいに紅く輝いている。よく撮れた写真みたいだ。


(死ぬのか―――)


 灼光(しゃっこう)さえ切り裂きながら刃が伸びる。抜く動きは斬る動き。居合いというのはそういうもの。けれど、少年は今際(いまわ)(きわ)見惚(みと)れてしまう。()()れするほど流麗な動作だ。ブレのない体幹の(ひね)りが足先からの力を廻し、総身(そうみ)を伝って刃を生き物のようにしならせる。いわゆる()めの動作はない。流転(るてん)する水のように(なめ)らかに雅やかに、嗚呼(ああ)、本当に流れるように、討ちにくる。


シャラン――――――――――――――――


 刃が(ひるがえ)る。


 月をなぞるように綺麗(きれい)軌跡(きせき)を描いて、()(さき)が迫ってくる。


 本当に、あとコンマ一秒で死ぬ。


 首が飛ぶのはどんな感触だろうと考える。これだけ思考が速く、永く、はっきりしていれば、首が飛んでも宙に舞う刹那の間はまだ意識が残っているかも知れない。


(中の人たち、助かるといいな…)


 そんなことを思う。


(姉さん―――――)


 最後に、死に分かれた肉親の顔を思い浮かべて。


 どん、という軽い衝撃音と共に。


 対峙する青年が刀の狙いを外し、その身体が側方へ吹き飛ばされた。


 シャ――――キンッ キンッ キキキッ……チャラ…ン、と。


 錫杖の穂先がようやく地に落ちて、石畳(いしだたみ)を転がった。


(なん、で――――)


 生きているのか。


 敵が突然吹き飛んだのだ。だが、何故。 


 少年は側方へ首を回す。


 敵はすぐに体勢を立て直してこちらに斬りかかってくるはずだ。だが少年が目をやったのは、得体の知れない威圧を感じた反対側、図書館のある方角。


(今、一瞬、妙な霊圧が…!)


 見た。


 開いた自動ドアの向こう。


 杖に体を(あず)けた、片膝(かたひざ)立ちの奇妙な姿勢でこちらに手の平を向ける、青年。


(あいつ…、なんで動ける?!)


 少年の驚きを他所に、杖の男は口を開き――――――、


「建物の中で大勢、人が倒れています。

 ――救急へ連絡をお取りしたいのですが、ご協力願えませんか」


 そんな台詞を、吐いた。


 少年が呆然とするのも(つか)の間、刀の男が颶風(ぐふう)と化して走り、杖の男に突進した。





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