帰らぬ日
俺を育んだ全ての物語に、この作品を捧げます。
彼女はいつの間にかそばに居た。
きっかけはよく覚えていない。そんなものはなかったのかも知れない。とにかくずっとそばに居た。
砂場で城塞を築けばその天守閣に泥団子を乗っけて喰わせたがったし、縄跳びで二重跳びを習得すればその隣で三重跳びを披露してプライドを砕いてくれたし、レゴブロックで巨大ロボを組み上げれば自前のリカちゃん人形にこれを破壊させた。リカちゃんはヤバい強かった。
公園のベンチ。彼女と並んで腰かけている。
「ねーねーコウくんっ」
名を呼んで、肩をポンポンと叩きながら声を掛けてくる。
「あそぼーよーっ」
と、ぐいぐいと四方八方に揺すってくる。目が回る。ぐわんぐわんする。
「…ぼくはいい」
なんとかひと言、絞り出すと、彼女はいったん手を止めて、どうしてよー、と拗ねた。
「ぼくといると、オバケがうつるよ」
どうしてか、自分が居ると、ヘンなことがいっぱい起こる。
ハンカチ落としをすると、ハンカチがチョウチョみたいにパタパタ飛んで、追いかけてきた。
園長先生のお話を聞きにみんなでホールへ行ったら、辺りが急に暗くなって、自分の周りだけ明るかった。デンキはちゃんと点いていたのに、光がこっちに流れてくるみたいだった。
そのくらいならみんな面白がってくれたけれど。
先生が読んで聞かせてくれる紙芝居は、一生懸命見ていると急に燃え出してしまった。
給食の時間に、自分のスプーンがグンニャリと曲がったと思ったら、教室中のそれがミミズみたいにのたうち始めた。ピアノが勝手にじゃんじゃん鳴ったし、窓ガラスはひとりでにバアンと割れた。
アイツにはオバケがついてる。みんなそう言って自分を避けた。
キミのせいじゃないからね。そう言って、ギュウと抱きしめてくれた優しい女の先生は、直後にビクンと痙攣して、押し倒すように倒れ込んできた。おもい、いたいと言って顔を見ると、白目を剥いて、舌をでろんと出していた。救急車で運ばれたその先生は、その後先生を辞めてしまった。
センセーをかえせ、でていけと石を投げつけてきた男の子は、宙で弾き返ってきた石に打たれて逃げていった。園に来なくなった。
それから自分も行かなくなった。みんなに迷惑がかかってしまう。
園を辞めてからはひとり、公園で遊んでいた。自分が来るようになってから、この公園には人が来なくなった。
――――彼女を除いて。
「だからユキちゃんは、ぼくといっしょにいたらダメ」
ずっと一緒で、ずっと大好きだった彼女は、自分が園を辞めてから、隙を見つけては園も家も抜け出して、ここに遊びに来るようになった。そんなのダメだ。一番傷つけたくない女の子なのに。
「やだよー」
けれど、彼女は答えた。
「オバケだってさみしいんだよ、きっと。だからあたしがあそんであげるの」
そう言って、笑んだ。