第八話
長い一日が終わり、午後9時にようやく絢は学校を出た。
下校時刻ぎりぎりまでの部活は正直疲れてしまうのが本音だった。
スポーツ校だからこそ、部活にはかなりの力が入っている。
しかし、栄凌学園にも帰宅部と言うのは存在する。
一般受験の生徒は学業に専念する傾向があり、半々とまでは行かないものの、それなりの人数が帰宅部になっている。
ここで帰宅部がうらやましくないと言ったら嘘になる。
勉強から解放されて友達と楽しく話しながら寄り道したりするのは、ものすごく憧れる。
しかし部活をやり、しかも1人暮らしの身としてはそれをやっている時間はないに等しい。
もちろん沙耶たち部活の皆と帰ったりはするのだが、部活の後に寄り道をする元気とお金、時間がない。(沙耶の家は学校の目の前だが)
家に帰ってたまっている洗濯物などを片さなければならない。
しかしそれでも今の自分は充実した生活をしていると思えたりはしている。
走高跳の調子もよく、コンディションは上向きになっている。
今回の県大会はもしかしたらいけるかもしれない、数字だけ見たら予選の突破は確実なのだ。
絢が高飛びを始めたきっかけは小学校6年生の時の陸上競技大会。その地区の小学校が集まって行われた小さなものだ。
走高跳にした理由は今でもはっきりと覚えている。短距離などと比べて疲れないと思ったから。
当時の絢は家のこともあり、体力的には長距離を走ることに対して何の問題も無かった。と言うかそれに関しては小学生のそれを遥かに超えていた。これは絢の自慢ではなく、そういう家に生まれてしまったのだ。
とはいえ内気な文学少女としてクラスでも目立たない存在の少女(男子の認識がそうだったらしいが絢自身に否定は出来ない)が、そんな汗だくになって脚光を浴びることを望んでするはずもない。
走って跳ぶだけでいいのだ、何て楽な競技だ。
今となってはその選択に感謝しているものの、こんな呆れた理由で選んだ自分がものすごく恥ずかしい。真面目に走高跳に取り組んでいる人には言えないことだ。
そしてそのふざけた考えを持った人間が中学3年の総体、見事に優勝を飾ってしまったのだから本当に申し訳ない。猛省しています。神様許してください。
部活に関しては今のところ何の問題もない。
問題は学生の本業、学業の方だ。
勉強の方はあまり自信が無いが、それでもまだ絢は自分は良い方だと思っている。
文学少女と言われた(そんなに本読んでないのだが)絢は国語には強い。
加えて社会科の科目も覚えるのが楽しいと思っている。
しかし、しかし天敵は数学だった。あれは無理に等しい。何とか他の部分でカバーできているものの、目立って低いのが痛い。
成績の数値を視覚化している五角形の一角だけが明らかにへこんでいて見事なパックマンみたいになっている始末だ。
絢は絵に描いた様な文系だった。
母親は真逆の完全理系タイプ、果たして血が繋がっているのか疑問が残る。
でも取り合えずは沙耶より上だから安心している現状だ。
「そう言えば、あの人は頭良いんだっけ」
ぼけーと思考を巡らせていると、今朝の男子生徒のことを思い出した。正直言うともう顔をよく思い出せていないのだが。
紀来圭、話を聞く分には悪い人ではなさそうだ。
そもそも悪い人であるならば今朝の時点で絢たちに何かしらのアプローチをしているはずである。
でも紀来圭はそれすらしない、というか声をかけてきた割にはなにやら面倒くさそうな素振りを見せていた。
一体紀来圭とは何者なのか。
もし本当に倒れそうになった自分を助けようとしてくれたものすごく親切な人だったとしたら……。




