第五話
身体は動かなかった。
嘘……この感じ。
必死に脳からの電気信号を送っているのだが当の体は微動だにしない。いやな考えが頭をよぎる。
眠ってもいないのに起こるわけがない。そうでなければ今まで自分がやってきた抵抗は結局無駄なものになってしまう。
それにこんな短い時間で発生したことは一度もなかった。
金縛……り?
頭の中でそう呟いた瞬間、硬直が急に解けて身体から一気に力が抜けた。
膝から崩れ落ちるように倒れる。
「絢!!」
隣にいた紗耶が咄嗟に身体を支えてくれ、地面に倒れることはなかった。
「あんたどうしたの!?」
「えっ。あ、うん。その、寝不足で。ぼーっとしちゃった」
ハハハと笑いながらなんとか誤魔化しの言葉を言う。
悟られちゃだめだ、踏ん切りをつけたばかりなのに。迷惑はかけられない。
なんとか平静を保とうと絢は笑顔を作る。
「ったく、危なっかしいんだから。しっかりしなさいよ」
ごめん、と呟き自分の足でなんとか直立する。今度はちゃんと体は動いた。
初めての体験だ。
今まで動いていて突然、それもこんな朝方に突然金縛りにあうことなどなかった。
それにいつもの様な独特の耳を刺激する音も聞こえなかった。金縛りには前兆があるはずである。
しかし、ほんの1秒足らずの時間であったが確かにあれは金縛りであった。間違える筈がない感覚。もはや慣れ親しんだと言ってもいい感覚。
「大丈夫か?」
背後からの声に振り向く。
そこには栄凌高校の制服を着た1人の男子生徒の姿があった。
この時間に登校するということは同じ朝練組なのか。制服の赤いラインから絢と同じ1年生であることが分かる。
男子生徒は少々目つきが鋭い、というか悪い。
制服をちゃんと着こなしているが、醸し出す雰囲気が何やら棘のある感じがする。
絢はそんな印象をもった。
「急に倒れこんだのが見えたんだが大丈夫なのか?」
どうやら見られてしまったようだ。
話したことのない人にまで心配をかけてしまったことに恥ずかしさを感じながらも、絢は大丈夫ですと告げた。
「そうか、ならいい。目の前で倒れられでもしたら面倒だからな」
男子生徒は数秒間絢の顔を見つめ、そう言ってまるで何事もなかったようにサクサクと昇降口へと向かって歩いて行ってしまった。




