第四十五話
激昂の後、沙耶は立ち上がった。
辺りを震わせる叫びをしたにもかかわらず、その仕草は非常にゆっくりとしたものだった。
歩みを妨げる机、それに向かい沙耶は右手を振り上げた。
そして右手がぶれる。視覚出来る速度を超えた右腕は進路を妨げた机を派手に吹き飛ばした。
衝撃は空気を振動させ、触れてもいない机や椅子も吹き飛ばした。
轟音を響かせて跳ぶ机は黒板へと突き刺さった。
「でもね、今のあたしはこんなに強いよ。あたしは自由になれる力を手に入れた」
沙耶の顔に笑顔が戻った。しかしその笑顔は絢が待ち望んだものとは似ても似つかない。あざけ笑うかのような表情。
酷く歪んだどす黒い印象を受ける。
バーサーカーソウルではなかった。
沙耶の異変はバーサーカーソウルのせいだと心の中では思っていた。
だからこそ絢は沙耶と話が出来ればどうにかなると思っていた。
でも、それが甘かった。
バーサーカーソウルは負の感情に反応する。
負の感情がなければバーサーカーソウルは現れない。
異常なのはバーサーカーソウルではない、それを呼び寄せた沙耶自身なのだ。
「何で、何で相談してくれなかったの?」
何が沙耶の抱いた負の感情、それが一体何なのか。それを解決すればどうにかなるのではないか。淡い期待が浮かんだ。
「私たち親友でしょ。なんで相談して――」
「じゃあ絢はあたしに相談した?」
息が詰まった。
絢の言葉を遮る様な沙耶の言葉、その内容に絢は声を出す為の思考を奪われた。
「あなたはあたしに相談した?」
歪んだ瞳で見つめられ、絢は目を反らしてしまう。
「ほら、あなただってそうじゃない。あたしは知っていた、あなたが酷く苦しんでいたことを。だけどね、あたしはあなたに何も言わなかったわ。だってそうじゃない。あなたこそあたしに相談しなかった! 信用しなかった!」
歯をむき出し、沙耶は言い詰めてきた。
「違う! 私が話さなかったのは!」
沙耶に迷惑をかけたくなかった。そう言葉を続けようと思ったがそれは中断された。
弁解の言葉よりも湧き上がる感情があった。
それはまるで沸騰直前の液体の底から少しずつ泡が出て行くように、徐々に表面に顔を出して来る。
「私が苦しんでたこと……知ってたの?」
押し寄せる感情が、はち切れんばかりに絢の中で暴れ回る。
ダメだ、と理性がそう告げていた。コレでは先ほどと同じだ。
暴魂が無差別に放つ気に中てられて、感情が暴走しているだけだ。
流されてはいけない、流されてはダメだ。
「…………知ってて、黙ってたの?」
だが、言葉が閉ざした口から飛び出した。
荒れ狂う感情は嵐の様に激しく轟いた。
「そうよ。滑稽だったわ。最高に笑えたわよ」
高らかな笑い声を交え、沙耶は答えた。それがスイッチになった。
蠢く感情は一気に沸点を迎え、抑えていた理性が吹き飛ぶ。
ダムは決壊、思いは全てはじき出された。
ダメだダメだと理性が叫ぶ。
警告を鳴らしているのを脳裏に感じながら。
――絢の感情は爆発した。
そして轟音が響いた。周囲に散らばっていた机や椅子が絢を中心に放射状に吹き飛ぶ。
盛大にガラスを叩き割り、机などは室内から姿を消した。
イメージは拒絶。私以外を教室から排除する。
部屋は吹き飛びはしないまでも、室内で可動なものは一つを残して全て無くなった。
「……やるじゃないの」
残された一つは至近距離でサイコウェーブを受けたにもかかわらず、壁際に寄っただけの軽い被害に留まっていた。
両手を顔の前に置いて防御の構えを取っている。
流石に琥々のものを耐えただけに絢の力では押すに押せない。
「沙耶ちゃんの言う強さってこれのこと?」
絢は黒板に掌を向けた。
イメージは圧迫。
黒板に放射状の亀裂が走ると同時にその中心が陥没した。
「こんな、壊すことしかできない力が強さなの?」
瓦礫と化した黒板は崩れ、床に落下していく。
「そうよ。これこそが強さよ。あなたが持っているそれも。絢の力も。絢の力は絢だけのつよ―ッ!」
絢は一気に沙耶との距離を詰める。
ハイキック、絢は渾身の蹴りを沙耶に向けて放った。
余裕ぶっていた沙耶の顔が瞬時に切り替わる。
そして絢の蹴りを的確に捉えて防ぎきった。
「こんなことが強さって言うんなら……私は力ずくでその考えを訂正してもらうよ」
「やってみなさいよ」
腕を振り回すようにして沙耶は絢を弾き飛ばした。
絢も頭を切り替える。
言葉で言っても伝わらないことがある。
時にはぶつかり合わなくちゃいけないこともある。
分かり合えない時がある。
それが今だ。




