第四十二話
形勢は不利、圭は瞬時にそう理解した。まんまとしてやられた。
暴魂は自身の霊力を絢に当て、絢の精神を揺さぶった。
そして絢が感情的に生み出した負の感情を、その身に吸収した。
だからこそ、奴はその巨大な力を使って無理やり夜を作り出したのだ。
自分が最も活動しやすい時間帯へと時間を動かしたのだ。
世界の根底を覆す能力であるが、人の負の感情の根本が闇だとすれば、やってやれないこともないのだろう。
そういう力を圭は知らないわけではなかった。それに、暴魂はまだ余力が残っているようにも見えた。
それもこれも、可能としているのは絢の莫大な力。嫌味の一つでも言いたい気分だった。
――こうなるんだったら本当のこと言った方がよかったな。
しかしそれはそれでまたあいつが自暴自棄になりそうで嫌なんだが。圭は自分の失態を思い知った。
「どうしたもんか」
今圭たちがいるのは体育倉庫、つまり室内である。収納されているのは大量の備品。
そしてその唯一の出口の前には暴魂が仁王立ちしている。文字通り、逃げ場がない。
「死ネ……」
無情に放たれた言葉と同時に暴魂の足元に黒い物が蠢いた。
圭の背中に冷やりとするものがあった。それは圭の本能が感じた危険予知であった。
同時に暴魂の足元から鞭の様なものが飛び出す。
それも一つではない、軽く十は超えている。
そしてその鞭は一転、先を鋭利に尖らせて圭たちに向かって行った。
突然の軌道変更、それも体育倉庫全体を巻き込む様な範囲の攻撃。
圭の判断は一瞬遅れる。直ぐ様壁を形成するが、既に2本ほど圭を通り越して後ろの絢に向かって行ってしまった。
舌打ち交じりに圭は反転、絢の方を振り向く。絢に届く前に消滅させるためだ。
その時、圭は巨大な霊力を感じ取った。
まるで津波の様に押し寄せるそれは、過ぎ去った二本の鋭利な鞭を一瞬で消し去った。
「私もいることを忘れるな」
絢を守るように琥々が立ちふさがっていた。本家本元のサイコウェーブ。
さらに神獣である琥々の最大の力を絢の莫大な力で扱った代物。
倉庫を破壊しないように出力を抑えていても、威力はケタ違いである。
「邪魔ヲ……スルナ」
沙耶が右腕を後ろに引いた。
応じて右足を引き、半身の体勢になる。
でかいのが、来る。
「逃げろ!」
その声に対応できたのは琥々だけだった。
絢は未だ茫然と沙耶を見つめていた。
自分だけ逃げても意味がない、琥々は無茶を承知で絢の力を強引に引き出し、巨大化する。体育倉庫を突き破るほどの大きさだ。
「「ガアァァァ!!!」」
琥々と沙耶の咆哮が重なる。そして琥々が絢の襟を銜えるのと時を同じく、沙耶は振りかぶった右腕を体ごと回転させた。人体の構造を完全に無視した体の使い方だ。
その体全体を回すほどの行為は巨大な黒い刃を生みだした。
溜めた行動からの一撃は、先程の比ではない。
大海を縦横無尽に泳ぐ殺戮者であるサメの尾ひれの様に、それは圭に襲いかかる。
衝撃波凄まじく、体育倉庫を跡かたもなく吹き飛ばした。
「圭君!!」
絢たちは間一髪離脱が間に合い、体育倉庫跡の上空にいた。
琥々の背中に移動した絢は体育倉庫跡を見下ろす。
爆発でも起きたかのように粉砕された体育倉庫。
それを引き起こした黒い刃の通った跡には、何かを引きずったような巨大な溝が出来ていた。
天狗の仕業と噂されていたものと全く同じだ。
体育倉庫跡は様々な器具が散乱していて、圭の姿は確認できそうにない。
絢はその残骸の前に立ち尽くしている沙耶と目が合った。
赤く光る瞳、しかし絢はそれに琥々のものに感じた目を奪われる感覚は抱かなかった。
見るだけで体がこわばる様な恐怖、その眼光から感じられるものは憎しみだった。
その時、瓦礫と化した体育倉庫跡の一部が動いた。
圭君だ、そう確信した絢は身を乗り出した。
「消エサレ」
眼前に赤い光が二つ、瞬時に現れた。今まではるか下にいたはずの沙耶は何の前兆も無く、絢に襲いかかった。
両手を大きく広げる沙耶。手のひらに黒い何かが蠢いている。
「くっ!」
琥々はたまらず上昇して絢の座標をずらした。そのため絢に被害はなかった。
しかし、琥々は沙耶の両手から出現した黒い刃をまともに受けてしまう。
「小癪な!!!」
琥々の反撃、発したサイコウェーブは沙耶を大きく吹き飛ばした。
そのまま沙耶は校舎の壁を突き破り、学校の中に入って行った。
「琥々!!」
琥々の傷口から大量の霊力が漏れ出す。絢はこれに見覚えがある。
琥々が消えちゃう、だが絢は何をした方が良いのか分からなかった。
「このぐらい、大丈夫だ」
「でも、これじゃいくらなんでも!」
「絢、よく聞くんだ」
琥々の方が冷静だった。絢に対して琥々は全く慌てるそぶりを見せない。
「使い魔の能力は使い手の精神に依存する。お前が慌てては勝てるものも勝てない。まずは落ち着くことから始めろ!」
「だけど!」
「確かに以前の私ではこのダメージは耐えられなかっただろう。しかし、今の私は絢の力を媒体としている。これぐらいの傷、じきに治る。それよりも、絢。あれを見るんだ」
絢をたしなめるように言い、琥々は高度を下げて行った。琥々の目線の先、それは沙耶が衝突したことで開いた穴だった。
コンクリートの壁が完全に崩壊し、鉄骨まで見えている。
その被害の大きさが、衝突の激しさを物語っている。
とても人間が耐えられる次元を超えている。
そして穴の奥、暗闇から沙耶がゆっくりと姿を現した。
絢は思わず絶句した。沙耶は何も変わっていなかった。
衣服がボロボロになっているだけで、沙耶本人には何も変化がなかった。
コンクリートが破壊される程の衝撃を受けたにもかかわらず、沙耶の体は綺麗過ぎたのだ。




