第四十話
事件が起こったのはそれから数日後、ちょうどテストが終わった日の深夜だった。
絢がその情報を聞いたのは翌日の昼休みだ。
「とうとう天狗で人に被害が出たらしいよ」
学食のうどんを食べている絢に沙耶が神妙な面持ちで言う。
本当はきつねうどんが食べたかったのだが何やら肩から異様な殺気が感じられたので、止めることにした。
「いつかは来ると思っていた。というか今まで無い方が不自然だったんだけどね」
「だよね」
沙耶の言う通り今まで無かったことがおかしい。いや、原因を知っている絢たちにとって見ればそれはおかしくないのかもしれない。
今回の騒動は暴魂という負の感情の集合体が、人間である宿主の負の願いを遂行するために起こしたものだ。
宿主の目的は学校の破壊。人的な被害が目的というわけじゃない。
でもそしたら何故、今になって人に危害を与える行動に出たのだろうか。
《圭に相談するしかあるまい》
《そうだね》
琥々との念話でのやり取りも自然にできるようになった。
圭君に相談しよう。だが今日から部活が始まる、絢の帰りは自動的に遅くなるんだ。
《なら私が先に奴と話を付けて来よう》
琥々は絢の肩を降りてすたすたと歩いて行った。
「ん? どこ見てんの?」
「何でもないよ」
「はぁなんだか最近のあんたおかしいよ。授業中もノート見てんのかと思ったら凄い隅っこの方見てたりしてるし。何か見えるの? 妖精とか」
「流石にそこまでメルヘンな考えしないよ」
というか言葉の一つ一つが酷い気がしてならない。確かに見えてなくもないんだけど。
「そんなんじゃ今回のインターハイ厳しいかもよ?」
「そんなって、沙耶ちゃんは絢をどういうキャラにしたいの? それに、今の数字なら県大会までは問題ないです。沙耶ちゃんもでしょ?」
昨年度の短距離の全中優勝者である沙耶も今回の大会には期待されている。
さらに、栄凌高校は長年短距離で不振が続いているらしく、沙耶はその期待を一身に背負っているとか。
凄いプレシャーなんだと思う。
「よゆーよゆー。早くインターハイ来い来いって感じかな」
全然プレッシャー感じてなかった! 流石に図太い神経していることはある。
全中の決勝でもレース前に大笑いしていたらしいし、そもそも緊張という言葉を知っているのかが怪しい。
それから午後の授業を機械的にこなし、とうとう部活の時間になった。
琥々は昼休みに出て行ったままで、まだ戻ってきていない。
琥々はまだ戻ってきていません。まるで英語の現在完了の文章だ。
自分で考えて少し笑えた。部室等まで行き、絢は直ぐに着替えを済ませた。
いくら県大会が決まっている選手だとしても、一年には雑用という仕事がある。
それは曜日で担当が分かれており、今日は絢と沙耶の番なのだ。
だがしかし、沙耶は掃除当番という役目を前面に出し、「遅くなるからやっといて」という言葉と共に教室から姿を消した。自由すぎる行動だと思う。
世渡り上手とはこのことかもしれない。
沙耶は既に三年生とも普通に接することが出来るほどに社交性が高い。そこは見習いたいところだ。
《絢》
色々な器具を用意しているところに声をかけられる。この感じはえっと。
《お帰り琥々。長かったね》
絢は思考を直ぐに念話に切り替えた。
絢の後ろにいた子狐は素早く動き、絢の目の前の棚の上で落ち着いた。
《圭君は何て?》
《そのことなんだが絢、心して聞いて欲しい》
琥々に語りかけながら作業をしていた絢は手を止めた。
琥々の話し方が何やらただ事ではないと思ったからだ。
《私は圭に会った。そこで今後の暴魂にどう対処するかを話し合った。その結果》
琥々は若干の間を置いてから言葉を続けた。
《今日で全てが終わる》
《え、どういう意味?終わるってどういうこと?》
《今夜、圭が暴魂と接触する。それで全てが終わりだ》
話について行けない絢が駄目なのだろうか。
それともまた何か別のものに問題があるのか。絢は琥々の言っていることがいまいち理解できていなかった。
あれほど難航していたバーサーカーソウルの件が突然終わりを迎える。どうしたっておかしいと感じる。
《何が分かったの? 順を追って説明してよ》
《分かった、始めから話そう》
琥々は一旦息を吐いた。
それが、とても話しにくそうに思えたのは気のせいだろうか。
《まず昨夜の天狗騒動。あれは圭と暴魂が対峙した結果だ。絢は知らないだろうが、圭は毎晩正午過ぎにここら一帯を警戒して回っている》
《毎晩?》
《メシアとはそういう役目を背負っている。自分の管轄地域のことだ、それぐらいはしなければならない》
知らなかった。圭が毎晩町をパトロールしていることなんて。
思えば絢は圭が寝ているところを見た事がない。
いつも絢が先に寝て、圭が絢より先に起きていた。
只の睡眠時間を削っているだけではなかったのだ。
絢が寝ている間に圭は自分だけで暴魂の跡を追っていたのだ。
《そして昨夜、圭は暴魂と接触した。当然戦闘になった。そこで圭は奴に深手を負わせたようだ》
「それで……どうなったの?」
絢は思わず念話ではなく、声を出してしまった。
幸いまだ部活動を始めている生徒はいなく、聞いている人はいない。
《現在の奴の破壊対象が学校の破壊から、圭の抹殺へと切り替わりつつある。だから今夜、奴は圭に接触して来る筈だ》
そこを叩く、そこから先は聞かなくても理解できた。
なんだろうか、心の中がぽっかり空いてしまった気がする。
琥々が言うのだ、本当に今夜全てが終わるのだろう。
不安要素が突然無くなって緊張が解けたのか、絢はそれが素直に喜べない気がしてならなかった。
自分が知らない間に話が進んでいたことにも、多分少なからずショックを受けているんだと思う。
《毎晩の事は絢にも話していなかった。絢は圭の霊力を感じていただけだ。決して絢を信用してないわけじゃない》
察してくれたのか、それともまた念話で言ってしまったのか分からないが、琥々が慰めてくれた。
今絢は信用されてないと感じていたのか、よく自分では分からなかった。
ただ心に隙間があいてしまったような感覚だったから。
《そう言えば、宿主は一体誰だったの?》
接触したとは、顔を見たのではないか。頭を切り替えようとした絢は浮かんだ疑問をぶつけてみた。
何か話さなければこのまま沈んでいってしまいそうだった。
《そのことなんだが、今夜絢には家で待機していてもらいたい》
《それって、私に宿主の顔を見せたくないってこと?》
《そうだ》
《なんで!?》
琥々に言いよる。だが琥々は表情を崩さずに絢を見つめていた。いや、睨みつけている。
《分かってくれ絢。これは絢に被害が行かないようにする処置でもあるんだ。まだ力の扱いに慣れていない絢に実践は早すぎる》
《宿主の顔を見せないって言うことは否定しないんだね》
《私からは何も言えなっ!》
絢はその一瞬で琥々を締め付けるイメージを思い描いた。途端に琥々の体が硬直する。
《絢! 止めるんだ!》
金縛りの状態に陥っても念話は出来るんだ。勉強になったよ。
絢はサイコウェーブの応用で琥々に擬似的な金縛りをかけていた。
炎がイメージで出来るなら、サイコウェーブも例外ではないという絢の予想は当たっていた。
《琥々は私の使い魔なんだよね。だったら私の言うことを聞いて》
《くっ、ここまでの力とはっ!》
琥々は金縛りを解こうとするが絢はそれを許さなかった。
能力は琥々のものでも源は絢の力、絢の方が上位なのだ。更に締め付けるイメージを強くする。
《止めるんだ……絢。ここで……力を使ったら》
「ごめん絢。遅くっ!」
絢は突然掛けられたその声に、その勢いのまま振り向く。
そう、サイコウェーブを発動させたまま。
「はっ……ぐぁ……」
絢は振り向いた先にいた沙耶をそのまま厳重に縛りつける。沙耶の体を不可視の何かが締め付けて行く。
「止めろ!!!」
続いて響いた声の先にも絢はサイコウェーブを放つ。声の主は圭君、沙耶の後ろにいる。
圭は絢の力を跳ね返しているのか、影響を受けていない。
力を感じて駆け付けたのだろう、だけどもう遅いよ。
あなたは私を信用しなかった。
あなたは私を拒絶した。
だから、
「私はあなたを拒絶する」




