第三話
絢はそのお兄さんが紗耶ちゃんに追い出されて出て行く様子を見ていた。大学に進学したという話であったが引っ越しと同時に持っていったのは自分の衣服位で、その他の電化製品などは全て置いていってしまった(置いていかざるを得なかった)
引っ越し業者へ払う金が無駄だと紗耶に迫られ、兄はまた一から生活用品を揃えなくてはならなくなった。
何とも涙を誘う話だと思う。
それが不憫で仕方がなかったので、絢はお近づきの印と言って差し出した石鹸やらシャンプーやらを涙ながらに受け取った兄にはさすがに心が痛んだ。
お兄さん、元気で暮らしているのかな?もしかしてお金のやりくりが大変で、変な所からお金を借りていないかな?それの取り立てとかで夜逃げとかしていないかな。
「……ねぇ絢?」
「ふえ!?な、何」
「いまさらあんたの思考回路がどんなに暴走しようが文句を言うつもりはないよ」
紗耶は何やら神妙な面持ちをしながら私の両肩に手を置いた。思考回路が暴走、聞いていてとてもほめ言葉とは思えない言葉だが否定は……出来なかった。絢は幼いころからこれといった物事に集中しだしたら周りが見えなくなる性格で、しかもいつも思いがけない方向に考えが行きついてしまう。
それは自覚している、というか自分がそういう人間だと周りから言われ続ければ嫌でも認めざるを得ない。紗耶の言葉を借りるなら「妄想癖」とのこと。
全く持って酷い言葉だ、といくら絢は腹を立てている。
「私何も言ってないよ?」
考えていたことは否定できませんが。
「いや、しっかり口に出してた」
若干両肩をつかんでいる紗耶の力が強くなった。
「え?何かしゃべってた?」
「うちの兄貴が闇金に手を出してるとか夜逃げしてるんじゃないかってねえ!!」
「痛い痛い痛いよ!!!」
最大の握力を込めた沙耶の手から、両肩に今まで味わったことのない激痛が生み出された。思わず体をくねらせて何とかしようと試みるが沙耶の手はなかなか離れない。
実の兄を追いだすほどの大胆な性格の紗耶の握力は失礼ながら女の子の範疇で考えて良いものではない(あれ、若干手の力が強くなった気が)
表現するならば今両肩にはミシミシという擬音が重なっても不思議ではないのではないか。恐ろしさでいえば金縛りに次ぐものがあるのではないか。
「まぁうちの兄貴を心配してくれてるってことでこれぐらいで勘弁してあげる」
「う~痛いよ紗耶ちゃん」
解放されてもなお両肩はジンジン痛ん だ。後を引くという点では金縛りより厄介じゃないのかなぁ。本当に恐ろしい限り。
「そんなんじゃ天狗に連れ去られちゃうぞ」
まるで威嚇するように沙耶は大きく手を広げる。多分翼を広げているイメージ。
沙耶が言った天狗とはここ最近になって学園近辺で噂になっている奇怪な現象につけられた呼び名だった。
現象の代表例としては学園から1キロ程離れた道路についていた巨大な傷跡が有名だろう。まるで巨大な刃物でも引きずったかのようにコンクリートが抉られ、道路を切り裂いたかのような跡が残っていた。
その亀裂により数日間その道路が封鎖されたほどだ。他にも切断された電線、落ち倒された木々など小さなものを数えたらきりがない。
絢にとって天狗と言えば赤い顔で鼻が高く、黒い羽根を持ち修行僧の服装で空を飛ぶ妖怪だった。




