第三十三話
「かわいいぃぃぃーーーーー!」
絢は目の前の何ともかわいらしい生き物を両腕でしっかりと抱き、頬を擦り寄せた。モフモフの毛が頬を優しく包み、とても暖かくて気持ちいい。
「止めろ! すりすりするな、毛が抜ける!!」
それは絢の手から逃げようと短い手足を動かしてジタバタし始めた。しかしその力は子猫ほどしかないため、絢の手から逃げられないでいる。逆にその素っ気なさが可愛過ぎた。もう愛らしい。
「圭!! ちょっとは助けろ!」
そのモフモフした生き物はテーブルを挟んで向かい側にいる圭に助けを求めた。圭は食後の温かいウーロン茶を口にしていた。その圭に、「渡すものか」と絢は睨みつけた。
「駄目だ、飼い主がご立腹だ。使い魔なんだからそれぐらい我慢しろよ」
圭は折れた。敵はいなくなった、絢は可愛くてモフモフした生き物、元は神獣クラスというかなり強力な妖魔である天狐、琥々を更に可愛がった。小さくなって本当に可愛い。
「それで琥々、聞きたいことが……って、お前大丈夫か?」
圭はすっかりクシャクシャにされた狐々を少々憐みながら見た。人間ならば大の字といった形でテーブルの上でのびていた。
そして狐々の背中の乱れた毛を、楽しそうに手櫛で梳かしている絢は完全に圭の存在をなど忘れて毛の手入れに没頭している。
そんなに楽しいのかと圭は半ば呆れていたが、声に出すのは意図的に避けた。
「俺としてはお前とゆっくり話せていいんだが、お前使い魔になったこと後悔してないか?」
「考えないように努力している」
どう見てもお人形扱いされている神獣はやけくそといった感じに答えた。努力が必要なほどなのかよ。
「まぁ話ならこの状態でも大丈夫だが」
圭は毛繕いを受けている子狐相手に話すのも何か変な感じがするものの、やっぱり文句は言えなかった。
「止むをえまい、話せ。絢の予想が正しければ暴魂のことだろ?」
「ばーさーかー……そうる?」
今まで話に関わる素振りを見せなかった絢が会話に加わった。圭としては加わってくれない方が説明の手間が省けてよかったのだが、反応したならば仕方がない。本音ではずっと毛繕いしていて欲しかった。
「バーサーカーソウル。我を忘れ、鬼神のごとく荒れ狂い、目的のために全ての物を破壊しつくすと言われている妖魔のことだ」
「それが今、この都心を根城にしている。お前だって聞いたことあるだろ、例の天狗騒ぎ」
「当り前じゃないですか。学校じゃその話で持ちきり……ってそう言えば私の家の事も天狗の仕業にされてるらしいんですけど」
絢はふと思い出したのか、毛づくろいをしている手を止めた。絢の家は琥々によって昨夜破壊されている。コンクリートの壁が吹き飛ぶほどの出来事であり、沙耶曰く信憑性がない噂として広まっているのだ。
「すまない絢」
やっと解放された琥々はテーブルの上に座り直し、深々と頭を下げた。事情が変わった今となってはそうせざるを得ないのだろう。
「そんな、良いよ。もう済んだことだし。それに事後処理は圭君がやってくれたみたいだし」
圭は気を失った絢を自宅まで運んだだけでなく、大家と連絡を取り被害を示談で成立させていた。でもお金が動いたのは間違いないと絢は察していた。
「まぁ俺にも責任はあるからな。まさか住人に化けて侵入するとは思わなかったからな。あそこで無理やり叩くことも出来たのを取り逃がしたのは俺のミスだったし」
「そうなれば結界が張られていない場所でやり合うことになっただろう。結果的に私に非があることに変わりない」
全ての責任を背負うつもりなのか、琥々が念を押した。
「私も驚きましたよ。だっていきなり部屋に入ってくるなりベッドに放り投げられて頭抑えられるなんて。あれ、そう言えばオートロックどうしたんですか?」
「二階ぐらいだったら能力を使えば問題ない」
言うと、圭は袖をまくり始めた。そして、テーブルの上をスッとあおいだ。まるで手品のように動かされた手。そして絢の正面を通過した時、圭の手が通過した場所に消しゴムほどの長方形の石が姿を現した。
「えぇ!!」
絢は思わず目を丸くし、身を乗り出してその石をまじまじと見る。ごつごつとした表面、触って見ると確かな硬さが伝わる。本物の石だ。
「ど、ど、どうやったんですか。手品?マジック?」
今の圭は腕をまくっていて袖に隠すことはまず不可能。
「どっちでもない、これが俺のオラクルとしての能力『メイカー』だ」
「めいかー?」
絢は呆けたように復唱した。
「自分が思い描いた物を出現させることが出来る能力。分かりやすく言えば俺は超能力者ってことだ」
再度圭が手を仰ぐ。先程現れた石の両側に全く同じものが現れる。何もなかった場所から出てくる。絢はこの現象に覚えがあった。
「これってあの刀とか出したやつ?」
「呑み込みが早いな。刀だけじゃない、やろうとすれば何だって出すことが出来る。今何か欲しい物はあるか?」
「……ブラシ」
「絢、ちょっと待て。どういう判断だそれ? それを使ってどうする気だ!」
不穏な気配を感じたのか、琥々が素早く起き上った。
「ブラシは梳かすものだよ。知らないの」
「そういうことを聞いてるんじゃない!!」
「よし待ってろ」
「良いのか! ほんとにお前それでいいのか!!」
しれっとした顔で言う絢、それを心よく了承する圭に必死に琥々は訴える。毛が逆立って、完全に威嚇の体勢に入っている。しかし、それも所詮は子狐のもの。ひょいっと絢に首を抓まれ、宙吊りにされる。
「デザインに御好みは?」
「出来れば黄色が良いな」
「了解」
石をどかし、圭はテーブルの上に両方の手のひらを向かい合わせるように置いた。続いて圭が目を瞑る。それと同時に、圭の両手に微かな光が生じる。すると両手のちょうど中間に位置する場所が突然フラッシュする。
絢は反射的に目を瞑りそうになったが、なんとかこらえた。フラッシュの跡に残ったのは一本のブラシだった。普通に見たら何の変哲のないブラシであるが、今の絢にとってはそれの変哲のない物が驚きだった。突然現れたのは驚きだが、それ以上に注文通りの黄色いデザイン。
「パス」
圭はそのブラシを絢に向かって放り投げた。危うく落としそうになるも、絢は櫛を何とかキャッチした。絢は様々な角度からそのブラシを見回した。柄の部分はプラスチック、肝心のブラシの部分も一本一本が真っ直ぐ伸びていてしなやかだ。
「うおっ!」
絢は宙吊りになっている琥々をテーブルに置き、おもむろに琥々の毛を梳かす。何の予兆もなかったため、琥々はまるで電気でも走ったかのように体をのけぞらせた。
「確かに本物だ」
「待て、判断基準はそこか? もっと他に疑問に持つことが色々と、止めろ! それ以上そいつをこっちに向けないでくれ!」
懇願だった。絢は残念そうに顔をしかめ、ブラシを名残惜しくテーブルに置いた。そして圭に向き直す。




