第三十二話
辺りがやけに静かだ。夜中独特のシーンとした耳鳴りの様な音だけが耳に入ってくる。そんな静寂とは完全に不釣り合いなものが今圭の目の前に現れた。
先程までの弱りが嘘のようにそれは力強く、そして神々しく感じる。戦っていた時とは大きさに変わりはない。だが迫力が段違いだった。
稲荷神社の狐の銅像のように背筋を伸ばして座り、まだ襲ってくる素振りは見せていない。だが、このいるだけで気圧されるほどの空気は異常だった。
これが完全に力を取り戻した妖魔の中でも最高の神獣クラス、天狐だ。
「人間」
声の主、天狐は俺を見下ろした。
「私が瀕死の中、随分と偉そうな口を叩いたものだな」
「俺は現実を言ったまでだ」
「ほう。この状態でも臆さず私に立ち向かう気があるのか、契約を破棄出来たりと面白い人間だ」
「臆してたらやってられない立場なんでな」
天狐は完全に力を取り戻している。それが今ここで暴れでもしたら、都心は完全に壊滅する。とても周囲に張っておいた結界では耐えられるはずがない。
「そう慌てるな人間。絢がここに出てきたのはお前と二人だけで話がしたかったからだ」
「俺と?」
戦う意思がないということか。だがそれでも圭は警戒を解こうとはしなかった。
「絢は消えていない。まだ私の中にいる。いや、逆か。私があの子の中にいるといった方が正しいな」
「お前があいつの中に?」
「絢は私に力を与えようとした。しかしお前も気付いている様に、この力は神獣と言われる私ですら扱える代物ではない。考えてもみろ。巨大なダムと言っても、海の水全てを受け入れられるはずがない。今のこの子の行動はそれと同じだ。すでに私はあの子に取り込まれ始めている」
「じゃあ今のお前は、あいつの力をもらってここにいるってことか? それってつまり」
「絢は絢に使役される使い魔となったということだ」
神獣クラスが使役される。さっきまで妖魔が何なのか知らずに、自分の力の事も知らなかったあいつが、能力者の中でも数えるほどしかいない神獣使いになる。なんでも話が急過ぎるのではないか。
そう思った圭は、しかし考え直した。
絢は莫大な力をその身に秘めている。理由はそれだけで十分だ。厄介事が集まってくるのはむしろ必然だ。
「じゃあ、あんたはこれからどうするんだ? 使役されるってことはこいつの力を思い通りに仕えるんだろ?」
「ただ目的が変わっただけで私が絢を守ることには変わりはない。最小限の力で具現化していくつもりだ。それに、もう私にはこの子の力を利用しようとする意思はない。瀕死の状態をいくら力を持つとはいえ、自分の命を投げ出す覚悟で助けようとした絢を、これ以上苦しませることはできない」
優しい言葉だった。最小限と言うのは多分姿だけの存在ということだろう。妖魔としての大半の能力を持たず、ただいるだけ。俗にいう守護霊という位置だ。
すると天狐の体が薄くなっていった。巨大な肉体を維持には負担がかかる。まだ力を使い慣れていないあいつには負荷が大きすぎる。
「最後に頼みたいことがある」
「頼み?」
消えかかっている天狐はそこでにやりと笑った。
「しばらく絢の面倒を見てやってくれ。私が家を壊してしまったから、絢は帰るところがない。どうせ乗りかかった船だ、断るとは言わせん」
爆弾発言を投下して天狐は消え去った。




