第三十話
「ずいぶん怒らせちまったみたいだな」
圭はたった今生成した刀を肩に乗せ、化け狐――空狐に歩み寄る。
臨戦態勢とでも言うべきか、天孤は姿勢を低くして此方を威嚇している。怒気がヒシヒシと感じられる。
あまりの霊力に、空間に干渉して悲鳴を上げていた。ここまでの濃い霊力はそうお目にかかれない。
これが妖魔の中でも最高クラスの霊力を持ち、なおかつ神獣と言われる文字通り神と肩を並べる存在。
本来ならば倒せるはずがない存在である。だが、今は付け入る隙が確かにある。それが今日という日を選んだところにある。
「あんた本調子じゃないんだろ。だから霊力が高まる満月を選んだ、違うか?」
また辺りを占める霊力が上がった。図星を突かれて憤っているのだろう、これでも本調子じゃないんだから嫌になってくる。
これぐらいの霊力があれば絢の魂なんて簡単に手に入るのではないだろうか、という疑問を、圭は振り払った。
「まぁそんなわけはないよな。あいつの霊力はあんたより上なんだからよ!」
圭は壁をイメージする。天孤の体を囲む様な壁、巨大な体躯を包む壁を。そして天狐の周囲に光が生まれ、天狐と周りを遮断するように壁が形成される。
更に圭は左手を頭上に掲げる。そして再び頭の中でイメージする。先端が鋭利に尖った沢山の氷柱を。それを奴の頭上に、落とす。上空が微かに瞬いた。
直後、天狐の頭上に五つほどの巨大な氷柱が出現する。それらは現れると同時に重力に従って天狐に向かって落下を始めた。
逃げ場は無い、さぁどうする?
「ガァァァァァァ!!!!」
地響きかと思えるほどの雄叫び、世界が揺れている感覚に襲われる。
狐の妖魔独特の霊力による衝撃波、「サイコウェーブ」と呼ばれる神通力だ。
通常なら軽い物を吹き飛ばす程度の能力だが、最高の霊力を持つ天狐が使えば威力は絶大。
天狐を囲っていた壁は容易に粉砕され、氷柱は細かい粒子になって消し飛んでしまった。あまりの呆気なさに、圭は舌打ちをする。
迫り来るサイコウェーブに挟む形で、今度は五層の壁を創造する。次々と壁が破壊されていく中、ようやく最後の一枚、五層目にヒビが入ったところでサイコウェーブが収まる。
まさか保険でかけた五枚目まで到達するとはな。しかも周囲はまるで爆発が起きたかと思うほどの惨事になっている。
これほどの破壊力なら壊されるのも当然だ。それでもまだ序の口なのだ。
「こっちは結構コストかかるんだよ!」
天狐の頭上に巨大な岩を創造する。
巨大な天狐よりも更に巨大な岩、先程のサイコウェーブでも破壊されないよう強度を上げる。即席で作ったのと無理な注文が重なり頭痛が走る。
でも、まだいけるはずだ。
再度天狐を逃がさないように囲いを作る。今度は二重構造。四角に囲った外側に、さらに四十五度回転させた、より大きな四角の壁を創造する。
それにより圭と天狐は完全にお互いの姿を視覚出来なくなった。
後はタイミング、撃って来い。
「ガァァァァァァァ!!!」
咆哮、サイコウェーブが世界を揺るがす。威力が上がったのか、前方の空間が歪んで見えた。
だが圭は目的地に向かう。唯一のサイコウェーブの死角、岩の上空だ。サイコウェーブの影響が来るまで数秒もない、圭は目の前に踏み台となる壁を創造し、頭上高くに跳躍した。
間一髪でサイコウェーブの影響を受けずに岩の裏側へとたどり着く。今下にあるのは視界を覆うほどの岩。
姿は見えなくとも霊力の中心に奴がいるのは分かっている。奴も俺が岩の裏側にいることには気づいている筈だ。
俺ですら追える霊力をこいつが見逃すはずがない。岩の霊力の他に俺の霊力を感じている筈だ。
だが、それもここまでだ。
サイコウェーブの衝撃で岩にヒビが入る。最初から耐えられるとは思っていない。壊されてからの勝負だ。
岩が砕ける寸前、圭は岩の霊力を全体に分散させる。より脆くなった岩は一瞬で数多の瓦礫となり、砕け散った。
だがまだその体積は生きている、つまり圭の体が隠れるほどの岩が今空中に何個もばら撒かれている。
圭はその一つを盾にして天孤に近づく。無数に存在する岩の破片が圭の霊力を上手く誤魔化している。
木の葉を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。
天孤の意識が、圭のいる位置から一瞬逸れた。直後、全ての岩が消滅する。
目の前には天孤の金色に輝く巨大な背中が見えた。刀を力強く握りしめる。
再度天孤がサイコウェーブを放つより早く、圭の一閃は天狐の体を切り裂いた。
雄叫びが響き渡る。
相手は霊体のため血は出ない、しかしそれに代わって傷口からは天狐の霊力があふれ出てきた。
大量の霊力が漏れ出し、天狐は体をふら付かせる。
しかし力尽きたのか、地震かと思える衝撃を生みだしてその場に倒れ込んだ。




