第二話
私立栄凌学園、県内有数のスポーツ校として名高い高校である。毎年インターハイに出場する生徒を輩出し、校舎には常に出場を祝う弾幕が貼られている。その影響は他県にまでおよび、わざわざ1人暮らしの越境入学をしてまで通う生徒も多数在籍している。
神楽坂絢もそんな中の1人で、4月から1人暮らしをしている。自炊の方は何とかなっている、本当に何とかなっているといったくらいだ。ご飯ぐらいは炊ける。家は学園からは少し遠い場所にあるがコインランドリー完備で近所にはコンビニとスーパーがあり立地条件は申し分ない。
だから少しくらい家事に手を抜くことが出来た。
さてそれでこの栄凌学園、スポーツ校と言えどそれだけで人が集まるわけではない。学力に関しても誇れるところがあり、毎年コンスタントに東大合格者を輩出している。まさに文武両道の鏡である。その中で絢の学力は中の中ほどなのでいくらかマシだった。
1学年320人、全校生徒960人を収容している学園は内部に食堂やコンビニ、部活後のためのシャワールームなどもあり、非常に配慮が行き届いた場所である。下手すれば住めるのではないかと思うほど。
実際に人が住んでいるという話もある。でも事実確認は取れていないらしい。あくまでも噂の域。泊まってみたいかと聞かれると多少の好奇心がくすぐられなくもないが、流石に1人では怖くて泊まれるはずもないし、かといって誰かと泊まったとしても絢には金縛りの事があった。
あれは誰にも知られたくない。誰も自分が金縛りにあっている所を見られたいと思うはずは無い。もし思っている人がいるならばある意味尊敬したい。だが今まで学校行事で泊まらざるを得なくなった時はどうしていたのか。
その時は単に寝ることをしなかった。寝なければ金縛りは起こらない。それは分かっていたのだ。
もちろん全く寝なかったわけではない、そんなことしたら身が持たない。極力寝ないように努めたのだ。これはそう難しいほどではなかった。周りも皆女の子、夜に話す話題は尽きないわけで、修学旅行の夜に大人しくしているわけがない。日頃の他愛のない話や恋の話などなど、話していればいつの間にかに明け方であったりした。
そうやって何とか対策は取っていたわけであるが、出来る限りそういった状況になって欲しくは無いというのが本心である。
そういったことでも絢は金縛りに別の意味で縛られているのである。精神的に、と言う事だ。
昨夜の金縛りの事があり、余り寝付けなかった絢は起きてすぐに簡単に身支度を済ませて早々に学校へと登校した。
栄凌学園は朝早くでも校庭や外周には朝練に汗を流している生徒が多い。有名スポーツ校に来る生徒なのだ、朝練なんて逆に喜んで来る人が多い。それでも今日の登校時間は学内1位だと思っていた。公務員さんと鉢合わせするほどだ。
しかし、その公務員さんも度肝を抜く先客がいた。
校門をくぐったところのロータリーで、準備体操をしている女子生徒と目があう。ショートヘアの少女は陸上部のジャージに身を包んでいた。
「おっはよう絢!」
「おはよう紗耶ちゃん」
元気よく朝の挨拶を述べたのは絢の親友で絢と同じ陸上部所属の結城紗耶。紗耶とは中学時代の総合体育大会、いわゆる総体の全国大会で初めて顔を合わせた。
陸上の種目は違えど、紗耶も同様に優勝を期待されていた選手の1人であったため、話す機会が何度かあり自然と仲良くなった。
栄凌高校にも2人とも学校側から入学の話があったことが分かっていたので、同じ学校に通えることがとてもよかった。
「本当に紗耶ちゃんは朝早いね」
公務員が門を開けたのはつい先ほどであり、沙耶の行動は明らかな不法侵入なのだが、それを咎めることはしない。
最早公務員ですら笑って流す出来事になっている。いかにも男勝り、という言葉が似合う友人は大きく胸を張った。
「あったり前じゃん、高校の目の前に住んでるんだから私より早いやつはいない!」
紗耶の住んでいる家は栄凌高校の目の前の小さなアパートである。一番高校に近いという事で新入生の競争率が最も高い事で有名な場所だった。紗耶はその高い倍率をはねのけて入居した、というわけではない。
3つ歳の離れた兄がおり、去年までそのアパートに住んでいたのだ。
スポーツ推薦という事で早い時期に合格が決まっていたため、兄がまだ契約中にもかかわらずアパートに入居し、そのまま住み続けてしまっている。なんともお兄様万歳、といった話なのだが当の紗耶が兄にこれっぽっちも感謝していない。
いや―感謝はしているのだろうが兄がちっとも報われていないのだ。




