第二十六話
圭はそこにもいなかった。今日は登校してきてないと、一組の陸上部の友達が教えてくれた。
それから午後の授業はよく覚えていなかった。淡々と時間は過ぎて行ったはずなのに、それがあっという間に感じた。
気づけばもう部活の時間になっていた。部室等に向かう人やそのまま校門を通って帰宅する人などが学園内を埋め尽くしていた。
だが、何処にも圭の姿はない。登校していないのだから当然なのだが、絢の気分はどんどん沈んでいった。
こんな状態で部活に参加してもいいのか? しかし、いつもの練習で跳んでいる高さすら今の絢には跳ぶことが出来ないのは分かっている。
ここは素直に沙耶ちゃんに相談してみたほうがいいのではないか?
それが頭をよぎった。若干口を開きかけて、慌ててその行為が悪手であることを悟った。
絢が家を破壊したあの黒い焦げ跡。もしここで沙耶を頼っては、次にあの被害を受けるのは沙耶だ。それでは本末転倒だ、事態はすでに悪化してるんだ。そうなるとやはり絢が出来ることは一つだけだった。
圭に会うしかない。だが、圭に会う手段を今の絢は持っていない。連絡用のメールアドレスも電話も一向に反応はない。
唯一の希望はあの自販機だった。昨日と同じ時間にあの自販機に行ってみる。可能性でいえばそこが一番会えるかもしれない場所だった。
でもそれですら期待はあまりしていなかった。圭は朝早くいなくなり、学校にすら行ってない。そんな圭が律儀に絢との約束だけを守るのだろうか。
本当に期待はしていなかった。
放課後、絢は自販機の横に座り込んだ。買ったホットのコーンスープに口をつける。
圭の姿はなかった。予想通りのはずだ、こうなることは分かっていた。でも、絢がすがることが出来る唯一の希望がここだった。絢がここに着いた時間は昨日より若干早かった。その時、圭はいなかった。
だから待った。
『悪い、待たせたな』
そう言って圭が姿を現すのを身を縮めてじっと待っていた。時々目の前を通過する人が絢をいぶかしむ目で見ていた。静寂の中で隣の自動販売機の小さな重低音が響いている。約束の時間はとっくの昔に過ぎていた。
絢は埋めていた顔を少し上げた。何で私はこんなに馬鹿正直に圭を待っているのだろうか。気づいていたはずだ、圭が来るはずがないことを。分かっていたはずだ、絢はもう誰も頼ることが出来ないことを。
でもすがりたかった、すがるしか絢にはできなかった。たとえ圭がここに現れたとしても、それが良いことかどうか分からない。圭になんて声をかけたらいいのか分からない。
その問いに答えは出なかった。それでも圭にそばにいてほしかった。圭がいれば、様々な事態に変化が起きると思った。
その時、視界に誰かの足が見えた。直ぐに過ぎ去るだろうと思ったが、その足は一向に去る気配を見せない。
絢は顔を上げた、若干の期待と共に。
はたして、圭は目の前にいた。腹立たしいことに涼しい顔をして絢のことを見え下ろしていた。
今の絢の感情を表現するのは一言では難しい。圭が来てくれたことが嬉しい様な、それでいて遅れた事により憤りを感じているのか。二律背反の感情が絢の中で渦巻いている。
そう言えば、何故か視界がかすんでいる。
「っ……」
何かを言おうとしたが、言葉を発することが出来なかった。まだ言葉を探している最中だった。圭は黙っている絢を見て、すっと手を差し伸べてきた。立ち上がれということなのだろうか。
絢はかすむ視界を何とかしようと腕で目と拭った。そして顔を上げて圭の手を取った。温もりを感じながら絢は立ち上がった。
この時も圭は無言であり、無表情だった。憎まれ口や圭ならば素直に謝るのかと思ったがそのどちらでもなかった。
ただじっと絢を見ている。どう対処すればいいのか分からないのが本音。
圭は今何を考えているのだろうか。
「来い」
短く一言、圭はそのまま踵を返して歩いて行ってしまった。
え、ちょっと待って下さい。
ついて来いという意味なのは理解できる。絢は急いで圭の後について行った。置いて行かれたくない、もう一人は嫌だっ た。
黙々と歩き続ける圭に絢は声をかけることが出来なかった。
どこに向かっているのか?
そこで何をするのか?
一体昨日の出来事は何なのか?
ぶつけたい質問を絢は抑えた。多分ついていけばその答えが返ってくるだろうと思ったからだ。圭は悪い人ではないし、しっかりとした考えの持ち主だと短い時間であったが感じることが出来た。
その圭が何の説明もしないことがあるとは思えない。遅れたのだって、きっと絢が理解しやすい様に事態をまとめていただけなのかもしれない。
やがて圭は足を止めた。そこは古い神社だった。石でできた鳥居、その先にある小さなお社。周囲は木で囲まれていて、閑散とした雰囲気だった。
神主や巫女さんなどが常にいる様な神社ではなく、ただ鳥居と賽銭箱があるだけ。遅い時間も相まって、みすぼらしく見えた。
そして周りを支配する静寂、あの時の神社跡に似ている。
圭は鳥居をくぐり、境内に入って行った。後に絢も続く。圭は社の前で立ち止まった。その後方三メートルほどの所に絢は立っている。絢は圭の言葉を待った。
「ここで全てが終わる」
「え?」
うまく聞きとれずに絢は聞き返した。すると急に視界が明るくなった。今まで薄暗かった境内が鮮明に映し出される。辺りを明るくしたのは……。
「火の……球?」
絢は空中に浮く数多くの火の球を目で追った。景色が揺らいだかと思うと、突然その空間が発火し、火の球が生まれていた。
まるで大晦日のお炊き上げの様に絢の頬をひりひりと熱してくる。
嘘でしょ、これ本物の炎……?




