第二十三話
神社跡に着いた。鳥居をくぐった先には広い空き地が広がっている。神社跡と言われなければ只の不自然な空間だった。
「うわっ!」
懐中電で辺りを照らしていると何かが空中に映し出された。突然の悲鳴に絢たちは一か所に縮こまった。
狐の石像だ。稲荷神社だったのか、左右には狐の像が残っており、辺りの暗さと相まって今にも動き出しそうな雰囲気だった。絢には、狐が絢たちを見つめているように見えて仕方がなかった。
「ねぇ本当に行くの?」
絢の後ろにしがみ付いている女の子が言った。元々内気な彼女は進んでこんな探検をする子ではないのは分かっていた。それでもここにいるのは来なければ仲間外れになるかもしれないという考えがあったのだと思う。
「まだだ。俺たちは洞窟を見に来たんだ。それが終わるまで帰れない」
だが彼は意気揚々と懐中電灯を片手に進みだした。この場に充満していた消極的な空気が一掃された感じがした。それも彼が成せる技なのか、絢たちは止めていた足を一歩ずつ前へと動かしていった。
やがて絢たちの目の前にそれは現れた。ここにいる誰もが知っていて、それでいて誰もが知らなかった洞窟がそこにはあった。入口を柵で覆われ、細いしめ縄で塞がれていた。目的のものを見ることが出来た、洞窟は本当にあったのだ。
真実を知ることが出来た絢たちだったが、あまり素直に喜べるという心境ではなかった。それは子供心を擽るには小さすぎるものだった。
人の思考にまで刷り込まれたほどの邪悪な扱いを受けている洞窟にしてはあまりにも危機感を感じることが出来ない、それは洞窟ではない、只の穴にしか見えなかった。
「これがあの洞窟か? ……行ってみようぜ」
「だめだよ!」
先導しようとする彼の言葉に、絢は直ぐに反応した。他の子も絢の言葉に頷いている。洞窟の小ささに警戒心が薄れているとはいえ、真っ暗な洞窟に入るというのには勇気がいる。
心の奥底に根付いている掟も相まって、誰もが進むことを拒否した。
だがそれを言葉にできるのは絢しかいなかった。
「洞窟を確かめるだけって言ったはずだよ」
ここは引くわけにはいかなかった。この洞窟に近づいている今ですら見つかったらどうなるか分からないのにその洞窟に入るなんて。
「ねぇもう帰ろう」
絢は彼に説得を試みた。そうでなければまた彼の言うことを誰もが聞いてしまう。
全ての否定を知らず知らずに肯定へと変えてしまう摩訶不思議な雰囲気。彼にはそういった力があるように思えて仕方がなかった。
そして自分の思うように事が運ばせることが出来る彼が頼りになると同時に、絢は子供ながら怖いと感じていた。
「お願い」
絢しかこの空気を変えることはできない。一種の使命感を感じた絢は真剣に彼の瞳を見詰めた。
彼は絢をじっと見ていた。反対されると思っていなかったのだろう。当然だ、絢たちはいつも彼についてきた。多分これからだってその関係は簡単に関わらないだろう。
そうであるはずの関係を絢は崩そうとしている。しかし絢には彼を否定しているという気は全く無かった。絢はこの先に進みたくなかった、掟とかを無きにしても絢はこれ以上この洞窟と関わりを持ちたくないと感じていた。
嫌な予感がする、本当にこの洞窟には妖怪が住んでいて絢の魂を吸い取ってしまうような予感が。
「……分かったよ」
彼は折れた。無謀かと思っていた、もしかしたら自分だけここに取り残されることになるかもしれないと思っていただけに安堵した。残念そうな顔を見せ、軽く頭をかいた。
「確かにこれ以上は危ないじゃ済まないかもな」
帰るぞ、そう言って彼は洞窟に背を向けて歩きだした。先頭に立ち、絢たちは彼の後を付いて行った。こういう時も彼は他の子とは違っていた。
振り返って洞窟を見ている子がいる中でも、彼は一度も後ろを振り返ることは無かった。一度諦めたものを振りからないという点でも、彼はやはり他の子とはどこか大人びていた。
来た道を戻る途中、絢は初めて後ろを振り返った。恐怖心を煽る静寂の先に小さい洞窟が更に小さく見えた。
だがどうしてだろう、絢にはその洞窟の存在が先程よりも大きく感じた。まるで吸い込まれる様な感覚が絢を襲った。洞窟から目が離せなかった、絢は無心で洞窟を見つめていた。
「絢! 置いてくぞ」
彼の声で我に返る。振り返ると、すでに彼らは少し遠くにいた。絢はどれくらい我を忘れていたのか。
「待って!!」
一人でいる寂しさが襲い、絢は走ってそこから去ろうとする。
「ん?」
だが、何かが聞こえ、速度を若干落とした。
気のせいか?
立ち止まろうとしたが彼らはどんどん先に進んでしまう。
絢は速度を上げて走り抜けた。
《待っているぞ、絢》




