第二十話
私はバックから携帯を取り出した。時刻は午後8時半。友達数人から別れを告げた後、私はそこから少しだけ離れたところにある自動販売機を目指した。
もうあたりは暗くなっていたが街灯の明かりなどもあり、視界が悪いということもなかった。
前もって1人になるタイミングは分かっていたし、時間はアバウトながらも伝えていた。
彼はそこにいた。待ち合わせの自動販売機で買ったと思われる缶の飲み物を手にしながら塀にもたれかかっていた。
栄凌高校のブレザーにワイシャツの第一ボタンを外してネクタイを若干緩めに掛けている。男女の制服の違いはネクタイかリボンかという所だけ。
このリボンがかわいくて入学する女子生徒もいるらしい。それも分かる気がする。セーラー服の高校もないわけではないのでリボンが珍しいわけではない。只ブレザーにリボンが珍しい組み合わせなので有名なのだ。
彼はまだ私に気が付いていない。私は声をかけようとしたが一旦戸惑ってしまった。昨日の彼の言葉を思い出したからだ。
「俺を信用してもいいのか?」
まさかの質問に私の思考は停止した。今更すぎる質問。否、普通するはずがない質問だ。
わざわざ自分が怪しいものですよと公言している様なものである。
「どういう……ことですか?」
「もしここで俺があんたを利用しようとしている男だったらどうする?」
最早あんたという部分には突っ込む余裕は無かった。私を利用?どういうこと?
「女子高生を買う輩なんてこの世にはごまんといるってことだ」
表情を崩さず、彼は平然と言った。内容は全然穏やかではない。女子高生、私を売る?あなたが?
「冗談ですよね?」
「冗談だと思うか?」
彼はカップを片手にほほ笑んだ。先程まで憎らしいと思っていたその笑みが今では恐怖を覚える。
逃げたい感情に襲われた。リビングに重たい空気が充満する。時計の針が動く音すら聞こえてきそうな静寂。
「……冗談だ」
彼はまるで子供の様に笑った。
「いや悪い。神楽坂がどうも俺を信用し過ぎているみたいだから、ちょっとからかっただけだ」
まだ状況が読み込めていない私に彼は笑いながら語りかける。その笑顔が更に私の思考を困惑させる。
「へ?」
やっとのことで出した声がこれだ、恥ずかしい。
彼は随分笑っていた。
子供の様に無邪気に笑っている彼は何か新鮮だった。
「考えてもみろ。同級生、学生と言えど相手は何をしているかも分からない男。普通そんなのにのこのこ付いてくる奴があるか?」
「はぁ」
よく分からないが何となく頷く。
「お前には警戒心てものがない」
よく分かった、これはきっと、いや絶対馬鹿にされている。
「結論、お前は後先考えずに行動する紛れもない猪突猛進なやつだ」
はいキレました。
机を叩き(今度は烏龍茶には気を付けた)、自分が出来る最大の怒りを露にする。
「さっきから黙ってれば何ですか言いたい放題言って!こっちもね、言いますよ!」
テーブルに身を乗り出す。
「か弱い女子高生を家へと連れ込む極悪非道な男って明日から言いふらします!どうですか!嫌でしょう!?」
「本当に俺が極悪非道ならあんたは今頃売りに出されている」
「未遂でも私に与えた精神的ダメージは測り知れません。慰謝料を請求します」
「何円欲しい?」
「え?えーっと……1千万!」
慰謝料なんて知っている言葉を口にしただけで実際どんなものなのか知らなかった。取り合えずクイズ番組の賞金を言ってみたりする。
「なら玄関にある壺でも持って帰るか?」
彼は玄関を指出す。
確かに記憶では高そうな壺、花瓶扱いのものがあった。
「確か千五百万だ。五百万ぐらいくれてやる」
この人がお金持ちだってこと忘れてた!
と言うかこんな超高級マンションに住んでるんだもの。1千万なんてぽんと出せるよ。
「いるのか?」
とぼけた顔をして聞いてくる。
「……いらないです」
なんだか負けた気がした。
なんか負け続けてるな、私。




