第十八話
温かい烏龍茶が私の体に沁み渡っていく。市販のものではなくちゃんと葉から出している味わい深い香りが何とも言えない。
彼はいつも食後にはこれを飲むらしい、良い趣味だと思った。
「それで、落ち着いたところで本題に戻ろうか」
まったりとしている私の正面に彼は腰を下ろした。手にはおかわりした烏龍茶が入ったカップが握られている。
「本題?」
はて、何か忘れていることでも?
「自分がここに来た経緯を思い出してみろ」
茫然としている風に見えたのか、彼は若干頭を抱えながら言う。経緯、経緯……。
「あっ!!ってあっつい!!」
思い出した私は思わず手で机を叩こうとする。すると持っているコップが邪魔をし、その影響で熱々の烏龍茶が私の両手にかかった。
私は直ぐ様台所の水道で手を冷やした。
「簡単に言えば、ここ2週間くらいストーカー被害にあってると?」
私は頷いた。冷やしたタオルで両手をぐるぐる巻きにしている恰好だが、私は彼にこれまでの経緯を離した。
「そして今日、ついさっきもそのストーカーの被害にあった。でも今日はいつもと違う所があった……人がいつの間にかに消えていた」
「はい……」
そこにいた筈の存在が消えた。普通ではありえないことを自分が語っている自覚はあった、頭がおかしいと思われそうなことを言っていることも分かっていた。
しかしこれは体験した私にとっては真実、疑いようのないものなのである。
「それだけか?」
「え?」
「情報となるのはそれだけかって聞いてるんだ」
「は、はい。それだけです」
他に何か引っかかる所でもあるのか、彼はうーんと首と傾げてしまった。
「あの、何か気になる所でも?」
「いや。あん……神楽坂が気にしてないなら良い」
またあんたって言おうとしましたよこの人。
「ともかく、当面の対処方法としては今までで通り1人でいないことだな」
「はぁ」
「彼氏は?」
「うぇ?」
思わず裏声になってしまった。
「いるわけないか。いたとしたらとっくに解決している筈だしな」
反論したいが正論だった。
「でなきゃ一緒に家まで帰ってくれる友達は?出来れば男」
「男?」
「ストーカーに餌ばら撒いてどうすんだよ。男が一緒に下校すれば付き合ってると思ってあきらめる。若しくは強硬手段として何か行動を起こすかもしれない。そこを叩く」
女の子を餌って言い方は語弊があると思ったが言っていることに変なところは無い。確かに男手があればなんとかなりそうなのだが。
私は首を横に振った。
友達と言える男子がいないわけじゃない。だが家まで送ってもらうことを頼む程に親しいというわけではない。そもそもどう頼めばいいかすら分からない。
「いないってことは俺にお鉢が回ってくるのか」
烏龍茶をすすりながら彼は言う。
「お願い……出来るんですか?」
「乗りかかった船だ。幸い俺は帰宅部、放課後なら暇だからな。頼まれればやってやれないこともない。だが本当に頼んでいいのか?」
彼は持っていたカップをコースターの上に乗せた。頼んでいいのかと言うと?
「放課後に俺がお前を迎えに行くということは周囲の人間から見れば俺たちが付き合っている風に見えるってことだ」
それ真顔で言うセリフじゃないですよ!
確かにそんな光景見たら誰だってそう思うよ。
私とこの人が付き合ってるなんて、そんな、まだ会って1日目なのに。
待って、その前にこれを聞かないと。
「あ、あなたは良いんですか?」
「俺と神楽坂は付き合ってるのか?」
「いいえ全く」
というか知り合ったのが今朝ですが。
「なら何の問題もないだろう。付き合ってるのがばれたくないなら隠すのは分からなくもないが、付き合ってるわけでもないのに周囲の状況を気にする様な性格じゃないんでな。まぁあくまで俺の意見だ。神楽坂が嫌だと言えばこの件は破棄だ。はーい、さよなら、また明日ってな」
ようは真実ではないからどれだけ騒がれようとも気にしないということだと理解した。
分からなくもないけど、噂されるのはやっぱり嫌だった。只でさえ沙耶ちゃんに色々言われているのに。
でもそうするとまた別の案を出さなければならない。
それは私だけでなく彼にも更なる負担を背負わせることになる。
「……分かりました」
悩んだ挙句そう答えた。背に腹はとはよく言ったもので、その案が一番効率がいい事に間違いは無い。
そもそもこれは彼に彼氏役をやってもらうということでストーカーを誘う案だ。
噂が流れればそれだけ効果があるはず。
「……」
彼は無言であり無表情だった。
2つの目でじっと私を見つめている。
私は目を反らしてしまう。
何故彼が無言なのか分からない。
私は彼の問いにイエスと取れる答えを返した。
だが彼からはそのあとに続く言葉がない。
「1つ聞いていいか?」
彼が口を開いた。
私は頷いてから彼の次の言葉を待つ。
これ以上何を質問されるのか分からないが、これまでの会話を思い出してみると彼は至極真面目な質問しかしていない。
「俺を信用していいのか?」
私の頭は真っ白になった。




