第十五話
高層マンションと言うのはそれだけで様々な問題を引き起こす要因になる。
景観権や日照権など法律にまで発展している。
地元住民の反対運動まで起こったりする時もあったりする。
そもそも地上から何十mも高い建物を何故建てるのか私には分からなかった。
高層、とりわけ高級と名のつくマンションはお金を持っている人しか住まない。
お金持ちは高いところが好きなのか。
分からない。
もちろんマンション内にある部屋は家族用のものであり、大学生の1人暮らし用と言うわけではない。
大学生は7畳もあれば贅沢なほうだ。そんな、何部屋も必要ない。
もちろん家賃も相当高い、手が出る筈もない。
下手したら1か月の家賃で私の家賃が数十年分払えるかもしれない所まであるのだ。
そう、例えば今私の目の前にあるマンション―ユートピアとか。
確かアメリカにはセレブ達が家を構える通りがあったと思う。
お金持ちしか住んでいない場所と言うことだ。
言うなればその日本版にしてマンション版がこの高層マンション住宅、ユートピアである。
高さ200m、階数54。
それはまさに巨大な壁であった。
私が初めてユートピアの存在を知ったのはよくテレビなどで放送されている、高級マンションのお値段はいくらか、といったテーマの番組だった。
そのときすでに1人暮らしが決まっていた私は、済むことになる土地の話題と言うことで見ることにした。
都会にはこんなに大きな建物があるのか、田舎というわけではないが高い建物などちらほらしかない土地で育った私にとってみれば、完全に他人事として見ていた。
最後の目玉としてユートピアは映し出された。
そして衝撃の家賃、私は思わずかじっていた煎餅を吹きかけた。
た、宝くじの1等賞がかすんで見える。
都会の人は金銭感覚がくるっているのかと疑いたくなる金額。
とても住む世界が違うと思った。
さて、そのユートピアに足を踏み入れたわけだが、最初から私は驚かされた。
入口を通るとまるでホテルのフロントロビーの様な空間が広がっていた。
いやそれは紛れもなく本物のホテルだと思った。
何故チェックインなどをする様なフロントが、しかも従業員みたいな恰好の人がいるし。
マンションとは名ばかりで、本当にホテルかもしれない。
「おや紀来様、御帰りなさいませ」
2人の従業員は私の前を歩く彼―紀来圭の顔を見るやにこやかに挨拶をした。
1人は40半ばぐらいだろうか、ダンディと称するに相応しい渋めの顔の持ち主で、綺麗に整えられた顎鬚が特徴的だった。
その隣に立っているのはすっきりした顔の若い男の人だった。
此方は20代位に見える。
「お連れ様ですか?」
ダンディな方が私に目線を移してきた。
「あぁ」
軽く手を振って答えると彼はいそいそとエレベーターに進んでしまう。
一般常識的に考えて、自分が住んでいる家に帰ってくる時にするはずがない会話がなされているのに私は気づいた。
まるで主と使用人がするような会話である。
そもそも私がここにいるのがおかしいのか、一般庶民の感覚を持ってこの高級マンションに参り込むのが間違っていたのかもしれない。
茫然と立ち尽くしているとカウンターの従業員と目があった。
見事に笑顔を返された、多分彼らは何かを勘違いしている。
そういうところは沙耶ちゃんと同じだ。
体が熱くなりそうだがそれよりも冷えた体を何とかしたい。
エレベーターが1階へと到着し、私たちはそれに乗り込んだ。
彼が押した回数は21階、ちょうど中ほどの階層だ。
高層マンションは階が高くなるほど家賃が上がる。
テレビで見た階は最上階であったが、この20階でも十分宝くじがかすむだろう。
狭い空間の中で沈黙が続いた。
彼がこの場所に行くと言うことはこのユートピアの21階に彼の家があるとみて間違いは無いだろう。
信じがたいが、従業員らしき人とも面識がある事がそれを裏付けている。
彼がこのユートピアの中でも有名か、それとも従業員が住民すべてを記憶しているのかは分からない。
心の中にもやもやは残るが、それがどんな質問で解消されるのかは分からなかったため聞くことは出来なかった。
それにとうとう寒さで体が震え始めた。
やっとのことでエレベーターが21階に着いた。
途中、誰も乗ってこなかったので安堵した。
エレベーターのドアが開くと同時に視界も開ける。
世界的に有名な建築家と、凄腕のデザイナーの手により作られたユートピアはホテルかと見間違うほどだ。
内部は四角いドーナッツのようになっており、空いた中央のスペースには憩いの場とでも言うべきか、噴水と巨大な木が植われていた。
クリスマスにはとてもきれいなイルミネーションが飾られるのは想像に容易い。
さすがセレブ、やることが違う。
「クシュ!!ってうわぁ!!」
「何してやがる」
手すりから身を乗り出していた私はくしゃみで危うく落っこちてしまいそうになる。
間一髪彼が襟を掴んでくれたため大事には至らなかったのだが、
「うえっ……もっと方法なかったんですか?」
喉が締まってしまい、むせてしまった。
「髪の毛でも引っ張れってか?」
「女の子の髪に簡単に触らないでください」
「じゃあどこ掴めばよかったんだ?」
「どこって……えっと……いえ……襟で結構です」
まじまじと観察した結果、襟が一番安全だった。
うなじを触られなかっただけでもましか。
「くしゃみで落下なんて笑えないぞ」
そう言ってるその顔は十分笑ってますよ。
何となく負けた気がして悔しくなった。




