第十四話
「ちょっと待っ―きゃ!!」
勢いをつけて体を上げようとしたら力が入らず、そのままステンと後ろに倒れてしまった。
「い、痛い……」
思い切りお尻を打ってしまった。
足を折ったまま仰向けに倒れ、何とも情けない姿だ。なんだが太ももが涼しい。
「おいあんた」
何とか引きとめることには成功したらしい。見上げた先に紀来圭の顔があった。なんとも言えず、ただただ苦笑いをする。
「何でも良いが、ストレッチをするには時間と場所。それに」
誰も好きでこんな格好をしているわけじゃないです。確かに両足の太ももは伸びてストレッチにはなっているけど。と言うか「それに」の後は?
「服装を気にしろ」
「キャーーーーー!!!見ないで!!!あっち行って!!!」
絶叫だった。道理で太ももが寒いわけだ。ものの見事にスカートはめくれ、何とは言わないがその、見事に下着が露になっている。見られた、いやこんな状態で見えないわけがない。
「馬鹿野郎ちょっと黙れ!!」
彼は左手で私の口を押さえて叫び声を消しにかかる。
(なんでよ、早く離れて!!!)
「もががむが!!!ふごっ!!」
「落ち着いて話を聞け」
4回目のチョップは痛かった。今度は額も痛いがコンクリートに挟まれて後頭部も痛い。
(ひょっとして襲われてる?)
でも抵抗しようにも……。
その時、太ももに何かが乗っかった。覆いかぶさったと言った方がいい。一瞬体がビクッとなったが、何が起こったのかは理解した。彼が自分の制服を私の太ももの部分に掛けてくれたのだ。若干の生温かさを太ももに与えてくる。
「俺の話を聞くつもりがあるなら首を縦に振れ」
2回動かした所で、ようやく口が解放された。
「単刀直入に言う。腰が抜けて立てないんだな?」
若干の沈黙の後に首を縦に振る。めんどくせぇと言いながら彼は手を差し伸べてくれた。
やさ……いや当然であろう。少女のあられもない姿をその目に収めておきながら手を差し伸べないなんて考えられない。
「ありがとう……ございます」
でも感謝はする、これも当然だと思う。助けを借り、やっとのことで体を起こしてから一息つく。自分の衣服の乱れを確認する。下はコンクリート、制服はクシャクシャで汚れてしまった。ため息をつきたいがそれどころではない。
それ以上にダメージを負った部分がある。
「どう責任とってくれるんですか?」
「どうって何をだ?」
だめだこの人、真顔で返してきた。全然反省していない証拠だ、見るものを見ておきながら何たる態度。警察に行きますか?
「見たじゃないですか」
「訂正しろ。視界に入っただけだ。更に言うと状況から言ってお前が見せた可能性も高い」
「ちょ!!何ですかそれ!また言い逃れをするつもりですか!?」
見せた可能性って何ですか!
「おい」
「それに今の。その、私のこと……」
「ちょっと待て」
「はっ!!まさか」
数歩後ずさる。
「あなたがストーカーとか」
「あんたやっぱり俺の話聞く気ないだろ」
「分かりました、話を聞きますからその物騒な手を下げてください」
彼はまるで剣でも構えるかのように右手をピンッと伸ばして私に向けてきた。
5発目は嫌だ。
もう額は痛いのかどうか分からない、感覚麻痺が起こっている。
「暴力に訴えるなんて卑怯です」
ガンディーよろしく私は平和主義なのだ。
姉弟間でも困った時はじゃんけんで勝負を決する程の平和主義だ。
「あんたも訴えられないよう努力をしろ。ってそれはさておき」
彼は制服を2,3回バサバサと振るとそのまま袖を通した。あれが今まで私の太ももに乗っかっていたことを考えると顔が熱くなった。まぁ逆に着ないとなるとそれはそれで不潔にされたようで良い気はしないのだが。
「あんた」
「私はあんたじゃありません。神楽坂絢って言う名前があります」
何だろう、彼の前だと何故か意地っ張りになっている様な気がする。
「……じゃあ神楽坂、話を戻すぞ」
『じゃあ』に少しイラッとしたが突っ込むほど意地っ張りにはなっていないが。
「クシュッ!」
くしゃみをしてしまった。何故だろう、まだそんなに寒い気温なわけでもないし制服もしっかりと着ている。だが、体が異様に冷たい。と言うか服が恐ろしいほど冷たい。皮膚に当たる度にひんやりとした感触が体を襲う。
「汗で冷えたのか。このままだったら風邪引くぞ」
「それは……いやです」
県大会直前で風邪を引くなんてあってはならに。体調管理もスポーツ選手としての仕事のひとつだ。先程まで死に物狂いで走っていたので大量の汗をかいていた。それが今気化熱によって恐ろしい冷たさになっている。たしか理科でそう習った(数少ない理系の知識である)。
「あん……神楽坂。お前家は?」
「歩いて20分くらい」
またあんたって言おうとしたな。
「俺の方が近い。一旦俺の家に来い」
「え?」
一体何を仰いますやら。
俺の家に来いってその展開はまさか!
「お前がどんな奴だかやっと分かった……そういうことは思っても口に出すな」
思わず両手で口を閉じてしまった。




