第十一話
何にぶつかったのか、そういえばぶつかった時に何か聞こえた様な。
人の声だ、そう思った瞬間、絢はぶつかったであろう人影を探した。
いた、5mくらい離れたところに尻もちを付いている人影がある。
人だ、人がいた。
体の痛みを忘れ、一心不乱にその人に駆け寄った。
猫の真似でもするように四つ足でその人の傍に来た。
「あ、あの!!」
助けて下さい、変な人に追われてるんです。
そう言えば良いのだ。
その人は頭を押さえながら体を起こした。
男の人だ、そう認識すると同時にその人の服装に目を見張った
栄凌高校の制服を着ている、赤いライン。
嘘、同級生?
「おいあんた」
今の状況同級生だろうと人であってくれるなら何でもいいはずである。
だが絢の思考は同級生の男の子と言うことで頭の中が混乱していた。
そしてその人は頭から手を離した。
「えっ」
「人にぶつかっといてなんもなしか?」
「……あ、」
「あ?」
「ありがとうございました!!」
おそらくその時絢は時を止める術を使った。
そうでなければ説明がつかない。
現に絢の目の前の男―紀来圭はまるで石になったかのように口をぱっくり開けて茫然としている。
だがこの術難点が1つ、発動者自身の時も止めてしまうようだ。
金縛りとは違う意味で体が動かない。
「……」
絢は大きく目を開け、女座りをして両手でガッツポーズを作って硬直している。
一体どういう状況なのか、それは時を止めてしまっているから分からない。
いや―絢の脳内で単に状況を理解したくなかった事もある。
「ひぎゃ!!」
そんな自分の世界爆走中の絢に対して鉄槌が下された。
圭のチョップが額に振り下ろされた。
それも最も恐ろしい母親と全く同じチョップ。
時を止める術にかかってなお動けるとは。
威力も申し分ない、角度も言うとこなし。
絢はあまりの痛みでその場に転げ回りそうだ。
「どこの当たり屋だお前は!!」
突然の怒声、あまりの大きさに身を縮めてしまう。
「人にぶつかっといてありがとうってどんな神経してんだ。頭おかしいんじゃねぇか?どういう思考回路してんだよ。それともお前の地元はそんな風習でもあんのか。新手のあいさつかコラァ!!」
散々な暴言だった。まさか時を止める術がここまでの暴言に発展するとは。
いやもう時を止める術なんて言い方は自己中心的な解釈だってことは分かっていた。
絢の思考は特徴的(若しくは独創的と言って貰いたい)であり、しばしば相手を巻き込んで時を止めることがある。
絢自身は話の流れ、俗に言う空気を読んで話しているのだが、その言葉は論点がずれていることが多々ある。
親戚など昔からの知り合いには「不思議ちゃん」という位置づけだった。
酷過ぎるのだがそれが真実。
今では沙耶の言う妄想癖と言う言葉で表現されている。
自分の言動は時折おかしい、それは分かっている。
それでもチョップは無いのではないか、それにそこまで罵らなくても。
額の痛みで涙が出ている時にそんな追い討ちをされては立ち直れない。
絢は実の兄を追い出して笑っていられるほど図太い精神は持ち合わせていない。
沙耶の情報欄にあとで口も悪いって載せてもらいたい。
だが確かにこの状況、すみませんやごめんなさいなどと言って謝ることが先に来るはずである。
絢も最初から「ありがとうございます」など言うつもりはなかった。
謝るのではないが「助けて下さい」と言おうとした。
しかし絢の思考はその対象が圭であることで急に方向転換をしてしまった。




