第十話
だが顔をあげた絢は現実に驚愕した。
「嘘……」
絢は本当にその場に崩れ落ちそうになった。今まで確かに絢の前には数人の人がいた。
しかし今改めて確認してみると絢の視界には誰も、人っ子ひとりいなかった。見間違える筈がない、本当に今の今までここには人がいたのだ。
散歩中の老人、若いカップル、仕事帰りの男の人。
全員がその場から姿を消した。
曲る様な路地もない、隠れる様な場所もない只の一本道であるにもかかわらず、人が忽然と姿を消したのだ。
危ない、そう思った瞬間、絢は背筋がゾクリと、うなる感覚に襲われた。
気付いたとき、絢は既に走り出していた。
防衛本能とでも言うべきものが働いてくれたのか、絢は部活で疲れた体に鞭を打って走り続けた。
今までこんなことは無かった、人ごみに紛れて難を逃れていたのだが今日は違う。
とにかく逃げなければ、人がいる場所に逃げ込めば安心感は得られる。
家から離れても大きな通りに行くことが先決だった。
種目は違えど陸上部、足にはそれなりに自信がある。
運動をしていない人になら後れを取ったりはしないはずだ、そう願いたかった。
だが絢の願いはむなしく散って行ってしまう。
気配はどんな速さで走ったとしてもどこまでも付いてきた。
それにあちらも走っているのだろう、はっきりと足音が聞こえる。
それも耳に残る音だ。
頬を何かが伝った、涙だ。
いつの間にかに絢の眼は涙でいっぱいになっていた。
視界が歪み方向感覚がおかしくなってしまう。
混乱のしすぎで今自分が呼吸出来てるいのかすら意識できない。
怖い、怖い、しかしそれでも逃げなければ意味がない。
何故今この空間には誰の姿も見えないのか。
何故今、このタイミング。全てを呪った。
歯に渾身の力を込めて涙を抑えようとした。
声は出せない、そんな余裕はなかった。
呼吸をするだけで精いっぱいだった。
足音はだんだんと近づいてきている、少しでも気を抜いたら追いつかれそうだ。
大通り、人が確実にいそうな所まではあと少しの距離だ。
その時だ、私は何かにぶつかった。
走っていた勢いのまま突然何かに当たった時の衝撃は今まで感じた事がない威力だった。
体が吹き飛ぶとはこのことだったのか、いままで跳ぶことには慣れていたが飛んだのは初めてかもしれない。
「きゃ!!」
「のわっ!」
2、3回転がったのち、私は地面に横たわった。
痛い、本当に痛い。
頭を打ったのか、頭痛がする。
突然のことに受身が取れなかった。
母親に頭を叩かれた―実際絢が体験したことがある最も痛い事である―程痛い。




