第九話
「……ダメダメ!!」
頭を左右に振って全力で否定する。気にならないかと聞かれればこれまた嘘になる。
だが好意を持っているかはまた別だ。
そうだ、お礼を言わなければならない。今朝は突然だったからつい茫然としてしまったが、形はどうであれ彼は私を心配してくれた。
お礼くらいは言うべきだろう。うん、今度会った時にちゃんとお礼を言おう。
絢は心にそう誓った。
こういったことは直ぐに忘れてしまうため、念のために携帯にでもメモしようかと思い立ち止まってポケットに手を入れる。
その時だ、絢の耳に微かな音が入ってきた。
確かに聞こえた、偶然というわけではない。
砂利を削るような音。
ここ最近よくあることだ。
絢は真っ先に心を落ち着かせようと深く深呼吸をする。
しかし、それに反して胸の鼓動は高まるばかりでとても冷静と言える状況ではない。
足はすくみ、金縛りとは違った束縛感を感じる。
そうでありながら両足は見て分かるように震えている。
足だけでない、体全体がカタカタと震えだした。
怖い、怖い、怖い。
押し寄せた恐怖は初めて金縛りにあった時ぐらいのものがあるかもしれない。
いや、物心ついた今の方がそれよりも何倍も怖い。
幸いなことに今歩いている通りには人がいる。
道を歩くときは常に人がいるか確認して歩くことにしていたのが役に立った。
とても1人の時には会いたくない……このストーカーには。
直接的な干渉を受けたわけではない、姿をしっかりと見たわけでもない。後ろを振り返っても、誰もいない。
しかし絢はここ2週間ほど前から誰に後をつけられている気配におびえていた。相手が男かも女かも分からない、何が目的かも全く分からない。
ただ自分を追ってくる気配があるだけ、追うだけで何もしてこない。
だが、それが一層この謎のストーカーの恐怖を駆り立てている。
警察には相談できない、そうなれば母親のところにも連絡が行ってしまう。そうすると一人暮らしに最後まで反対した母親は直ぐに絢を実家に連れて帰るだろう。
冗談ではなく、母親はそういったことを何のためらいもなくにいとも簡単にやってしまう人だ。
それだけは出来ない、やっとのことで許しが出た栄凌学園での生活を2カ月ちょっとで終わりには出来ない。
絢はストーカーの恐怖より、今の生活を失うことが嫌だった。
それに例え警察に行ったとしてもうまく取り次いでくれるかという疑問もあった。被害がないストーカー事件に対して警察が動くことが出来るのか分からない。
その手のテレビドラマなどを見る限り、動いてくれない気がしてならない。
また沙耶にも言うことが出来ない。相談したとしても沙耶と2人だけでどうにかなる問題でもない。
それにもし沙耶にまで被害が及んだらお兄さん達家族の方々に申し訳が立たない。
迷惑はかけられない、それは金縛りと同じだった。
今のところ相手は何かをしてくる気配は無い。
人がいる中では流石に動けないだろう、そう思っていた。




