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第2話の4

「なぁ。」


 相変わらずウロウロしていて、今は何故か嬉々とした様子で本棚を物色していたその子は、俺の声にビクッと反応すると不思議そうな顔をしてこちらに振り向いた。


 「……どーしたの?」


 「とりあえずこれを読んでみてはくれないか」


 俺は少女にその書置きを手渡した。あの手紙を読めばきっとこの少女も流石に現状についての正しい認識を持ってくれることだろう。

 最初はふむふむといった様子で読み始めた少女だったが、すぐに表情の雲行きが怪しくなり始め、読み終わったであろう頃にはすっかりテンションの急降下の具合が全身からにじみでているような感じになっていた。


 「な、なんということでしょう……」


プルプルと体を振るわせながら少女はつぶやいた。なんだかその様子を見ていると悪いことをしてしまったようで非常に申し訳ないみたいな気持ちになってしまうのだが、今は致し方ないこととしよう。


 「ど、どうだ……? 現状を理解してくれたか?」


 「まさかおじさんがおじさんじゃなかったなんて。びっくりとしか表現できません」


 ……やっぱり勘違いしていたのか。間違いも甚だしいが、正直子供の思考回路なんてよくわからんのでそこはまぁいいか。というかその話し方はなに?


 「うう……おじさんが私を置いていなくなってしまうなんて……」


 そうつぶやいた後、数秒ばかりしゃがみこんだまま動かなくなったかと思うと、少女は突然スクッと立ち上がり玄関の方に向かって歩き始めた。

「お、おい。どこいくつもりだよ?」


 「……ここじゃないどこか」


 抑揚のない話し方でそう言いながら少女は、今まで気づかなかったが、部屋の片隅に置いてあったのであろう赤いキャリーバックを引きずり始めた。


 「いや、それは答えになってない。その……おじさんとやらはどこかへ行ってしまってんだろ? そう書置きもされていたじゃないか。それじゃあお前は……」


 「気にしなくても大丈夫」


 俺の発言は少女の言葉によって遮られた。


 「私みたいなのがどうするつもりって気にすることはないの。ただ元に戻っただけだから……。なんの心配もないよ」

 

「いや、そんなこと言ってもお前……」


 つぶやいた少女の口調と、どこか悲しげな横顔を見ているとどうしても放ってはおけないという感情が湧いてきて、引き留めようとそこまでは言葉として俺の口から発せられたのだが……、その後が続かなかった。いや、正確には続けられなかった。

 

 ストッ。


 ……? ふと、そんな小気味の良い音とともに左頬の近くに一迅の風を感じた。それに呼応して反射的にそちらに目を向けたときに、俺は思わず自分の目を疑った。というのも、その視線の先には今みたいな感傷的場面には全く登場の気配すらなかった、いやむしろそんな雰囲気を一瞬で木端微塵にしてしまうようなものがあったからだ。

 ……あの、よく手術とかで使われるメスを想像してもらえば非常にわかりやすいのかもしれない。サイズは小さいものの、先端のよく研ぎ澄まされた銀色のフォルムのナイフ、それが後方の壁に突き刺さっていたのだ。


 「………………」

ま~思わずバカみたいに唖然と口を開いて絶句したね。なんか少女の方に目を向ければ、有り得ないことだけどまるでなんか背後に向かってダーツとかを投げ飛ばした後みたいに右手が止まってるし、それにまるで視線だけで気弱な人なら卒倒しかねないような目つきでこっちを睨んでるし。まだ中学生にも満たないような女の子が。有り得ないことだけど。


「……ねぇ?」


 未だ現状把握もままならず動けないでいると、ふと少女が口をきいた。


「……はい?」


「……今のは一晩泊めてもらった訳みたいだし外したけど……、それ以上私に構うようなら……次は当てるよ?」


 非常に冷ややかな、殺意に満ちた声でそんなことを言われた。

 ごくごく平凡であり、小さな争いごとなんてものとも全くの無縁、ましてやナイフを投げつけられるようなことなど一生の内でけして起こり得ない環境の中で過ごしてきた俺は、当然そんな状況を受け入れることも分析することもできず、ただただ思考作業を放棄した頭を置いといてコクコクとうなずくことしかできなかった。 

 そんな俺の様子を見てか、そのままその少女は玄関のドアを開いて外に出て行ってしまった。

バタン。そんな突き放すような音だけが嫌に耳に残った。


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