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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第一章 異界
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その七


 新たな援軍、ゴリラ獣人は短剣を大地から抜き、ゆらりと立ち上がる。

 猿を思わせる焦げ茶色の一体目、赤の二体目に続き、今度のゴリラ獣人の色は明るい茶色。ただし体型などは焦げ茶の一体目に近く、現在ランジャと戦っている個体ほど筋肉ダルマではない。

 茶ゴリラ獣人も赤同様、怒りを隠せないようだった。仲間を、細身ゴブリンをコケにされたのを怒っているのだろうか。

 このタイミングで襲ってきたところを見ると、随分前から樹上で待機していたようだ。さしずめ、瓦解した包囲網の穴埋めとしての伏兵だろう。獲物が逃げようとしたところで現れ、はさみ込みの奇襲をかける。それが冷静さを欠き、地上に自ら降り立ってしまった、と。

 鼻息の荒い茶ゴリラ獣人は、ズン、ズン、と威圧するような動作で仁太へと迫ってきた。

 目の前の驚異に対する有効打を考えるが、何も浮かばない。

 逃げたところで追いつかれるだろう。こいつ以外の伏兵がいないとも限らない。では戦うか?それも難しい。武器は互角、だが練度は茶ゴリラ獣人のほうが高いだろうし、なにより使用者のスペックも、見るからに向こうのほうが高そうだ。

 そうこう考えているうちに茶ゴリラ獣人が仁太の目の前に到達したが、仁太はナイフを構えたまま動けないでいた。獣人は血走った目で仁太を睨むと、手に持った短剣を高く振り上げる。

 なんと露骨な攻撃だろう。これでは避けてくれといっているようなものだ。仁太は横への回避を試みる。

 が、茶ゴリラ獣人は短剣を振り下ろしはせず、仁太を蹴り上げる。

「がっ・・・!」

 ドゴッという盛大な音と共に仁太の身体が数メートル吹き飛ぶ。その後地面を転がり、茂みがクッションとなってやっと止まる。

「ぐぅ・・・」

 頭がグラグラする。口の中に血の味が広がる。フラフラと立ち上がる仁太に、再び近づいてくる茶ゴリラ獣人。細身ゴブリンがその後に続く。

 完全に遊ばれていた。殺すつもりなら、今も仁太が体勢を整える前にさっさと近づいて刺殺すればいい。撲殺でも十分だろう。とにかく、力の差は歴然で、いつでも殺すことはできるのだ。

 たった一撃でズタボロとなった仁太の前に立ったゴリラ獣人は、短剣を持たない手で仁太の腹を殴った。

「・・・っ」

 声にならない悲鳴が漏れる。唾が舞い、ついで吐瀉物をぶちまけた。

 地面に崩れ落ちた仁太の右足を容赦なく踏み砕く茶ゴリラ獣人。短剣を使うまでもない、と言わんばかりだ。続いて左も砕かれる。両足を奪われた仁太は呻くことしか出来ない。

 仁太が手放した短剣を拾い上げた茶ゴリラ獣人は、細身ゴブリンといくらか言葉を交わした後、二本の短剣を手に赤ゴリラ獣人ほうへ駆けていった。

 残された細身ゴブリンは、トゲ付きのハンマーを引きずりながら仁太のもとへと近寄ってくる。

「──。──!」

 何か言っていた。

 醜く歪んだその表情から察するに、飛び切りの嫌味が何かだろう。

 だがお生憎様だ、その言葉は通じない。

 ハンマーを振り上げ、一気に振り下ろす。トゲの先にあるのは仁太の頭部。喰らえば人溜りも無いだろう。

 上半身を動かしてハンマーを回避。ドスッ、とハンマーのトゲが地面に刺さる。

 随分深く刺したのだろう、細身ゴブリンはハンマーを地面から抜くのに苦労している様だった。その姿は実に滑稽だった。

 聞えよがしに鼻で嘲笑って見せる。言葉が通じなくともできる挑発はある。この嘲笑には、細身ゴブリンの、伝わらなかった罵倒行為へのあてつけも込めていた。

 仁太の意図が伝わったのだろう、細身ゴブリンは酷く気分を外した様で、目を血走らせてハンマーの柄を離し、直接仁太の元へ近づくと、その顔を蹴り上げた。

 泥に塗れた素足での一撃。しかし、なんとも力弱い一撃。

 さすがの仁太も、こんなものでは効きはしない。確かに人の力に匹敵する痛みだったが、先ほどの茶ゴリラ獣人には程遠い。それに、この痛みは元の世界で何度も味わったことのある痛みだ。何度も、何度も。

 だから効きはしない。それをこの細身ゴブリンに伝えてやるには、どうするのが一番だろう。

 仁太は口の中の血をプッと吐き出すと、細身ゴブリンを睨みつけ、挑発的な笑みを浮かべてやった。

「お前の蹴りなんて、痛くも痒くもないね」

 あえて声に出していってやったのは、言葉は通じずとも意味は通じる自信があったからだ。飛び切りの挑発。弱いヤツにこそ、効く言葉。

 案の定、細身ゴブリンは歯ぎしりをしながら、もう一度仁太の頭部を蹴りつけてきた。

 なんだ、結局一緒じゃないか。姿形が違おうと、このゴブリンの中身はそこらの不良と代わり無い。

 蓄積したダメージに意識が薄れそうになるのを、気力で繋ぎ止める。まだ行ける。

 視界の片隅でランジャが戦っているのが見えた。

 加勢した茶ゴリラ獣人により、ランジャは劣勢に立たされているようだった。

 しかし赤ゴリラ獣人と茶ゴリラ獣人は優勢でありながらも積極的に攻めにいかない。まるでランジャに戦力差を思い知らせ、追い払おうとするように。

 なるほど、と仁太は思う。既に仁太という獲物は確保できた。ランジャを深追いして手痛い反撃を受けるよりも、追い払うことで自分たちの損害を抑えようとしているのだろう。

 一方、ランジャのほうはそれに気づいていないのか、あるいは気づいた上でなのか、逃げようとせずに戦いを続けようとしている。

 なるべく二体に囲まれぬよう、常に相手の側面へと周り牽制を行う。煩わしそうにそれを対処する赤ゴリラ獣人の肩をナイフの斬撃が襲う。それを見た茶ゴリラ獣人が興奮気味にランジャへ攻め込もうとするが、赤ゴリラ獣人はそれを怒鳴って制する。

 と、再度細身ゴブリンの蹴りが仁太を襲う。今度は背中だ。声が出そうになるのを必死に堪え、不敵な笑みを浮かべ続けてやる。

 お前はこちらだけ見ていればいい。ランジャのところへなど行かせはしない。少しでもランジャを戦いやすくするために。

 一向に動じない仁太に疲れを見せ始めていた細身ゴブリンだが、考えを改めたようだった。仁太のほうをみて舌打ちをすると、ハンマーの柄に手を掛け、柄の色の違う部分を指で押した。するとハンマーから小さく空気の抜けるような音がし、地面に突き刺さっていたトゲがハンマーと分離した。柄が伸びる以外にも、あのハンマーには機能があるようだ。

 いくらトゲが無いとはいえ、金属製のハンマーで殴られたとあってはひとたまりもない。仁太は内心焦ったが、細身ゴブリンは仁太の方を向かず、そのままランジャたちのほうへと向かっていく。

 狙いを変えてきたのだ。

「や、やめろッ!」

 焦りを隠せず、仁太は叫んだ。

 それを聞いた細身ゴブリンは仁太の方に振り返ると意地悪く笑ってみせた。

 それは、悪意に満ちた、仁太の最も嫌いな表情だ。

「ぐっ・・・、やめろ・・・!」

 折れた足を無理に動かそうとしたが、激痛が走るだけで前には進まない。細身ゴブリンは柄の長さを調整しつつランジャたちのもとに向かい続ける。

 ならば。

「逃げろ!ランジャ!!」

 ランジャがこれ以上戦う必要はない。さっさと逃げてしまえば良い。あいつの脚なら問題なく逃げ切れるはずだ。

 だが、叫びを聞いたランジャは逃げるどころか、仁太のほうを見ると、ニッと笑った。何度も見せた、あの笑い。

 安心しろ、今助けてやる。そういう笑い方に見えた。

 ランジャはとんだ馬鹿野郎だ。なんとお人好しな獣人だ。あいつはきっと細身ゴブリンのハンマーのギミックを見ていない。いくらゴブリンの戦闘能力が低くくても、この余裕のない状況でならば、あの不意打ちは効果的に機能するだろう。

 素直に逃げるべきなのだ。仁太とて死にたくはないが、なにも他人を巻き込んでまで助かろうとは思わない。共倒れなど最低だ。

「ランジャ!」

 もう一度その名を呼ぶ。頼むから逃げてくれ、そう願って。

 細身ゴブリンがハンマーの調節は今にも終わりそうだ。あと数十秒で、1対2は1対3へ、最悪の状況に変わる。

「くそっ・・・!どうしてだよ!なんで、逃げないんだ・・・!」

 行かせるわけにはいかない。なんとしてでも、あのクソッタレのゴブリン野郎を。

 頭のすぐ横に埋まっているトゲが目に留まる。巨大な一本の角を彷彿と足せるトゲ。仁太は無理やり上半身を起こすと、土を掘り始めた。固い土の前に、手の皮膚が破れ、血がにじむ。どうってことはない。脚はもっと痛いのだから。

 トゲはすぐに掘り起こせた。背筋に力を込め、さらに上半身を起こす。手にしたトゲを構えると、3メートルほど離れた位置にいる細身ゴブリンへと投げつける。致命傷など期待してはいない。挑発だ、挑発にさえなればいい。

 しかし、細身ゴブリンはそれを回避した。仁太の方へ向き直ると、にへら、と笑う。わかっていたぞ、と言わんばかりだ。

 細身ゴブリンは既に落ち着きを取り戻していた。もう、仁太のみへ集中させることは不可能だろう。

 万策尽きたのだ。

 同時に細身ゴブリンも柄の調整を終える。

 ランジャへと向かう細身ゴブリンを、止める手立てがない。

 近場に落ちている石など投げたところで意味はないだろう。仮に直撃しても、細身ゴブリンは仁太の挑発に乗りはしない。

「・・・くそったれ」

 なにか。なにかないのか。この状況で、細身ゴブリンを止める手段は。ランジャを救う手段は!

「くそったれが!」

 ゴッ!、と。仁太の目の前に光の渦が巻き起こる。

 引力を持った光の渦は、次第に形を変え、光の四面体へと変化していく。

 細身ゴブリンは一向に前に進まない自身に気づいたようで、必死に踏ん張って前へ進もうとするも、次第にその身体は四面体へと引きずられていく。

 仁太も同じく四面体の引力に吸われ、ズリズリと地面をずられながら前に進んでいく。

「ぐ・・・いつっ・・・な、なんだこれ・・・」

 顎が擦れる。両手で踏ん張ろうとするも、抵抗することは不可能だった。

 光の四面体にうっすらと緑の景色が浮かぶ。風に揺れる草原が、四面体の中に見える。

 ランジャたちも四面体に気づいたようで、三人の動きが止まる。

「ジンタ!」

 いち早く反応したのはランジャだ。二体のゴリラ獣人の間を抜け、一目散に仁太のほうへと駆けてくる。

 しかし、間に合わない。

 仁太の身体は四面体へと吸い込まれていく。

 ランジャの行く手を阻もうと、引力に逆らい踏ん張りながらハンマーを構えた細身ゴブリンは、ランジャに一蹴された。その勢いで、細身ゴブリンも四面体へと吸い込まれていく。

 ランジャもまた、迷わず四面体へと飛び込んだ。

 唖然となってその様子を見ていたゴリラ獣人たちのまえで、四面体は収縮すると、パンッと弾け、後には何も残らなかった。




読んでくださっている方がいるかどうかいまいち怪しいところですが、あとがきなんぞを。

とりあえずここで赤の層は区切りとなります。

もう少し短くまとめてさっさと切り上げる予定のところでしたが、意外と手間取ってしまい長引いてしまいました。

次からは展開の関係で雰囲気が全体的にガラッと変わります。

書く側としても書きやすくなる展開で、できるだけ早めに移行したかったところです。

一章後半戦、果たしてお付き合いいただける方はいらっしゃるのやら・・・。

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