その五
シルムーに案内された先は倉庫のすぐ近くの空き地であった。
そこには木箱が5つほど置かれた以外には何もなく、シルムーの目的がこの木箱であることは間違いなさそうだった。
「これ、クーゼ村まで運ぶんですか?」
「そうだよ、それが私の仕事だからね。別の村と物々交換をする仕事さね」
「あいつを使って、ですか?」
「半分正解。でも、持つのは私だよ」
「……?」
先ほどの椅子のように、精霊術を用いて荷物をポルターガイストよろしく宙に浮かばせて運ぶことを予想していた仁太にとって、これは予想外の返答だった。
と、仁太は自分のシャツが軽く引っ張られるのを感じた。脇に立つセナの仕業だと気付き、視線をそちらに向けると、セナが遠慮がちな声で疑問を口にした。
「あの、"あいつ"って?」
「あー……。やっぱり紹介しておくかねえ……この子もこの子で、さっきからずっと可視化しろって喚いてるし……」
仁太が答えるよりも早く、シルムーがため息混じりに言った。その瞬間、シルムーの隣にうっすらと発光する人型が出現する。
小生意気な顔をした悪ガキのようなそれは、人の魔力を貰いけることで魔術を超えた超常現象を引き起こす世界の化身。
「私の契約精──」
「エルメリテ様だ! そこの可愛い君! 親しみを込めてエル様って呼んでくれよな! ま、どうしてもフルネームで呼びたいってんならエルメリテ様って呼んでくれても構わないんだけどさぁ!」
契約主の言葉などお構いなく、エルメリテは子供のような甲高い声でまくし立てた。初めて見た時よりも明らかにテンションが高いエルメリテは、精霊としての神秘性を打ち消して余りある鬱陶しさを兼ね揃えており、頭痛を感じたかのように片手で顔を覆うシルムーの気持ちは、仁太にも十分に理解できた。
セナはというと、精霊を見るのは初めてではないらしく、さして驚いた様子はない。
「はじめまして、騒音精霊さん。セナリアラです。気軽にセナ様と呼んでもいいですよ」
と、失礼なアダ名を付ける程に平常運転だ。相手の要求を無視しているようでしていない無茶苦茶な言動だが、にこやかなセナの表情には悪意の一片も感じられない。
唐突な命名を受けて反応に困ったエルメリテは「えっ、騒音……え?」と驚きを隠せない様子で、しばしの間、言葉を探して目を泳がせた末に矛先を仁太へと向けてきた。
「……そうだ。よ、よー糞ガキ! 久しぶりだな、元気してたか!」
「いや、元気してたかってお前、俺が小屋でシルムーさんに話したの聞いてただろ」
「そ……そうだけど。んー……、じゃあ青の層ってどんなところだった? 俺っちは緑の層の精霊だから青の層行けなくってさー」
怯まずに強気に対応することがエルメリテの弱点であると、セナの行動から学習した仁太は即座に実践した。
思った以上に効果はあったようで、エルメリテはわかりやすく狼狽え始めた。これは好機である、と仁太は追撃に入る。
「なんだ、青の層のこと知らないのか。1000年生きた精霊様なのに、知識は大したこと無いんだな」
「う……」
「……1000年? ああ、その子ね」
口ごもるエルメリテを見て、意地の悪そうな笑みを浮かべたシルムーが口を挟んだ。途端にエルメリテの顔色が変わる。
「具現化されたのは確かに1000年前だけど、契約にあたって記憶や人格は一新してるんだよ」
「お、おいシルムー! それ内緒って……!」
「良い子にしてたら、って約束だろう? あんたさっきからはしゃぎ過ぎだから、お仕置き代わりね」
「そんなー! それじゃあ俺っちの威厳が……」
精霊の口から飛び出た、これ以上ないくらいに似つかわしくない単語をどう皮肉ってやろうかと仁太が考えていると、それよりも早く、
「威厳……?」
セナが怪訝そうに呟いた。思わず口から漏れた、とでも表現すべきその言葉には悪意の欠片も感じられず、それゆえにエルメリテには効果絶大のようだった。
歪んだ精霊の顔は紛れも無く泣き顔であったが、瞳に涙が浮かぶことはなかった。
涙が出ないのはおそらく精霊だからだろう、と考える一方、仁太の中に申し訳程度の罪悪感が生まれる。からかい過ぎて子供を泣かせてしまったかのような感情だった。
隣のセナはエルメリテの反応に驚いたようで、「えっ……私、なにかまずいことを……?」と小声で漏らしつつ、困ったように仁太の方へと視線を向けてくる。
少し持ち上げてやるべきか、と仁太が口を開きかけたその時、突然エルメリテの姿が消えた。シルムーが可視化のための魔力供給を解いたのだろう。
「気にすることはないよ、セナリアラ。この子も少しは反省するだろうから」
そう言ってシルムーはセナに微笑み、その後ため息を漏らしてから、先ほどまでエルメリテがいた空間へチラリと目をやった。
「いいかい、エル。すぐに威張り散らすのがあんたの悪い癖だ。威厳ってのは成果のあとに得られるもんさね。凄いと思われたいなら、まずはお前の力を見せてやらなくちゃあね。さ、やってごらん。きっと二人とも驚いて腰を抜かすよ」
息子を諭す母親のように、シルムーは優しく語りかけた。
反応はすぐにはなかった。その間もシルムーは励ますように宙空にいるであろう、仁太には見えない精霊へと視線を送り続けた。
数秒の後、木箱の隣の空間に音もなく"穴"が開いた。精霊による術式、精霊術が起こした現象なのは一目瞭然であった。
空間をくり抜くようにして生まれた直径2メートル前後のその穴の向こうには、穴の周囲とは明らかに異なる景色が広がっている。仁太にも見覚えのある、クーゼ村の景色だ。
もっとも、見覚えがあるのは穴の向こう景色だけではなかったのだが。
「よぉし。よくできたね」
うん、と満足気にシルムーが頷き、同時にエルメリテが姿を表した。
「へへ、どうだ糞ガキ、セナ様。これが俺っちの実力ってわけよー!」
初めて見る光景であったならば、仁太は間違いなくこの光景に驚愕し、エルメリテへの認識を改めていたことだろう。ただ、もう遅すぎた。
「へー」
率直な感想が口から漏れた。
「……あれ? ど、どうした、おどろかないのか?」
「いやさ……これ、アルミラさんの術式と同じ系統だよな。そっち一度見ちゃってるから、なんか別に驚くこともないかなって……」
お世辞を言う気が起きず、仁太はありのままの感想を述べることにした。
「右に同じです」
「そ、そんな……」
セナの追撃が入り、エルメリテは泣き出しそうな声を出した。さらにセナが口を開き、
「ところで、驚いて腰を抜かしそうな術式はまだですか?」
やはり悪意の欠片も感じられない、純粋な疑問をセナが発したところで、エルメリテが泣き崩れんばかりの勢いで顔を覆い、次の瞬間にはフッと姿を消した。
気まずい空気がその場を支配し、シルムーが打つ手なしと言わんばかりにエルメリテがいた空間から視線を逸らした。「え、また私、まずいことを……?」と驚き慌てるセナを無視しながら、仁太は逃げるようにして、一向に浮かぶ気配のない木箱の運搬に取り掛かった。
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厳しい現実ですが目を逸らしながら頑張ろうと思いました。