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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第三章 十村巡り
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その三

「仁太!」

 外に出た仁太に少女の声が届く。そちらを見ると、こちらに駆け寄るセナの姿があった。

「セナ? 何で俺より先に?」

「それはこっちの台詞です」

 安堵と不満の入り混じった表情で、セナが答えた。

「姿が見当たらないので、てっきり審査に引っかかったのかと思いました」

「審査って、あの握手の?」

「はい。催眠術式を用いた"悪意の炙り出し"のようですね。羊の顔した狼もあれでイチコロというわけです」

 催眠術式という言葉に、仁太は少し苦いものを感じる。それを顔に出さないよう意識しつつ、話を進める。

「入国審査ならぬ入村審査ってか。で、引っかかるとどうなるんだ?」

「私もあのようなものがあるとは知らなかったので、想像ですが……まあ、その場でブッスリじゃないでしょうか」

「……」

 セナが人差し指を立て、前方に突き出してみせる。自分を取り囲んでいた槍兵の姿を思い出し、仁太の脳裏に嫌な想像が浮かぶ。

 神隠しの庭で唯一平和な世界を自称する緑の層だが、その平和の維持手段は、決して平和的ではないようだ。

「それで、審査に引っかかっていなかったというのなら、仁太はどうして私よりも後に出てきたんです?」

 セナが疑問を口にするが、その疑問は、同時に仁太のものでもあった。

「俺にもよくわからないんだ。審査が終わってすぐに出てきたらセナに会ったわけだし」

「ということは、転移扉から出てきたのが私よりも後だった、と?」

「そういうことになるな」

「よくわかりませんね……私も転移に関してあまり詳しいわけではないので」

「そっか。そうだよな。……あ、そういえば」

「?」

 転移の最中に体験した白い空間について話そうとして、しかし仁太は直前に思いとどまった。

 白い空間の話は、おそらくセナに白い世界を連想させる。それはかつてセナが話し、誰にも信じてもらえなかった世界であり、セナの辛い記憶の代名詞であった。

 仁太には人の心の中を見通す様な催眠術式などはない。今、こうして目の前に立つセナは、出会った頃よりも少しだけ前に進んでいるはずだったが、かといって完全に立ち直れているとは言えない状態だ。白い世界を連想させる話題が、彼女にとって負担でないとは、仁太には判断しかねるところだ。

 あえて地雷とも知れない話題を持ち出す意味もない。喉にまで上がってきていた言葉を飲み込み、仁太は小さく首を振った。

「……いや、ごめん。なんでもない」

「……? 気になる言い方をしますね」

 怪訝そうな顔で見てくるセナから目を逸らしつつ、話題をそらすことにする。

「本当に大したことじゃないって。それより、クーゼ村までの道を訊かなくちゃな」

「……」

「に、睨むなって。過ぎたことよりも、次にする行動の話をしたほうが建設的だろ?」

「……まあ、いいですけど」

 不服そうなセナだったが、こちらの言い分に一理ある事を認めたのか、はたまた単に諦めたのか、引き下がる。

 内心ホッとしつつ、仁太は村人の姿を求めて歩き始めた。


 イーノ村と言う名のその土地は、転移扉を囲うようにして建てられた石造りの無機質な建物を除けば、村全体の印象はクーゼ村と近かった。

 そこかしこに緑が溢れ、素朴な造りの木造の家々がまばらに存在する。青の層よりも時間がゆっくりと流れているような錯覚さえ感じられた。

 仁太の少し前を歩くセナは、そんな村の様子を物珍しげにキョロキョロと眺めている。

 セナは少し足を遅めて仁太と並ぶと、少し興奮気味の表情を向けてきた。

「……緑、ですね」

「ああ、そうだな」

「空まで緑色で不思議な感じ……。なんだかわざとらしいくらいに緑です」

 緑色の空に感心した様子でセナは空を眺める。彼女がはしゃぐのも無理は無いと、仁太は思う。

 違う世界といえど、セナがいたのは平行世界の地球だ。仁太のいた地球と同じ惑星である以上、空の色は青が基本のはずだ。赤く染まることはあっても、このような緑の空に馴染みなどあるはずがない。

(わざとらしい、か……)

 セナの感想は随分ともっともらしく感じられた。赤の層が胡散臭くなかったといえば嘘になるが、緑の層はそれ以上だ。大地を覆う緑と、それに合わせるかのように緑色の空。

 空の色が地表の色を反射したものでないことくらい、仁太でも知っている。ならばこの妙な統一感は、なんだ?

 と、答えの出ない疑問を頭のなかで転がしていると、視界の端が金色を捉えた。その正体は、道の向こうから歩いてくる人影だ。

「……っと、村人だ」

 ふさふさの尻尾を揺らす狐色の毛深い姿は、疑いようもなく狐型の獣人だった。

「すみませーん!」

「おや」

 仁太が呼びかけながら駆け寄ると、狐獣人の男性は足を止めて応えた。

「青の層からの来訪者かな。ようこそ、イーノ村へ。用件はなんだい?」

「クーゼ村への道を教えてもらえませんか。方角から何からさっぱりで」

「クーゼ村? それならちょうどいい」

 そう言うなり、狐獣人は棒切れを拾うと、地面に簡単な地図を書き記した。

「ここに行きなさい」

 そう言うなり、男は手を振りながら去っていった。

「それじゃあ、俺は仕事があるからこれで」

「ありがとうございます」

 狐獣人の背中に礼を言いつつ、仁太は地面に描かれた地図を眺める。

 大雑把かつ複雑な地図ではあったが、わかりづらいわけではない。問題はメモ用紙とペンを持ち合わせていないことだった。

 なんだかんだで村は広いらしく、パッと見てすぐに暗記できるような地図とは言いがたい。

「地図描いてもらったはいいけど……」

 しゃがみこんで地図を眺めつつ、どのように暗記したものかと仁太が考えていると、後ろからセナが地図を覗きこんできた。少しして、セナはすっと体を引いた。

「さ、仁太。行きましょう」

 あっさりと言ってのけるセナに、仁太は驚いた。

「行きましょうって……、もういいのか? 俺、まだ覚えてないんだけど」

「はい。ばっちり覚えました」

 自身に満ちたセナの言葉は、嘘を言っているようには思えない。仁太は立ち上がり、それを見たセナは歩き出す。

「本当に大丈夫か……? 緑の層に着いて早々迷子になるのはゴメンだぜ」

「ご安心ください、この程度は朝飯前です。エルヴィンをただ寿命が長いだけで中身の無い人種だなどと思わないことですね!」

「いやそこまでは思ってないけど」

「記憶力の良さも特性の一つなのですよ。あの程度の地図ならば一目で覚えるくらい造作もありません」

「へえ……」

 得意げに語るセナ。素直に感心する仁太であったが、

「……」

「?」

 セナからの言葉が途絶え、突然無言になった。

 なにかまずいことを言ったか、と考えるも思い当たるものもなく、仁太はただ単に会話が終わったのだと判断した。

 無言の行進。──と、不意にセナが首だけをこちらに向けてきた。

「ここ、褒めても良いところですよ?」

「……そうなのか。すごいぞセナ」

「ふふんっ、もっと褒めても罰は当たりませんよ」

「お前……少し"地"が出てないか?」

「えっ。……はて、なんのことでしょう」

 とぼけたフリをするセナはどこか機嫌が良さげであった。

 どこまでが"セナの理想"で、どこまで"素のセナ"なのか、仁太には未だによくわからない。


 朝飯前と豪語するだけのことはあり、セナは無事目的地へと辿り着くことに成功した。

 狐獣人の示した場所は倉庫と思しき建物の横に建つ小屋であった。

 仁太が軽く扉をノックすると、返事はすぐに返ってきた。

「勝手に入っていいわよー」

「ん……?」

 どこかで聞いたことのある気がする女性の声だ。

 もしや、という思いとともに扉を開けると、その先に待っていたのは案の定、仁太の知っている女性であった。

「おや、仁太じゃないか」

「シルムーさん?」

 椅子に腰を下ろし、テーブルに肘を突くその女性は、クーゼ村の精霊術師・シルムーだ。

 部屋の中にはシルムーと、目には見えないが恐らくもう一人(一匹)がいた。

「久しぶりだねぇ。まあまあ、まずはここに座りな。後ろのお譲ちゃんも」

 シルムーが顎で指すと、二つの椅子が突然ガタガタと音を立て始め、後ろに引かれた。来訪者二人に座ることを促していながら、しかしどことなく"仕方なく引いてやった"と言わんばかりの雰囲気が漂う動きに、仁太はこの部屋にいる見えない一人の存在を確信した。

「仁太のお知り合い、……ですよね」

 椅子に座ると、恐る恐るセナが尋ねてきた。その質問に仁太が答えるよりも早く、シルムーが口を開く。

「クーゼ村のシルムー、精霊術師だよ。お譲ちゃんは?」

「パステパス島から来たセナリアラです」

「そうかい、そうかい。あの島からねえ」

「ご存知なんですか?」

「知り合いがちょっとね。……さて、自己紹介が済んだ所で、仁太」

「は、はいっ」

 突然話を振られた仁太は身構えた。これからシルムーが持ち出す話題に察しがついたからだ。

「あんた、突然いなくなるもんだから、皆心配したんだよ。赤の層から来たっていうゴブリムが後を追ってったって聞いて、村中大慌てさ」

「うう……すみません……」

 言い訳できるはずもなく、仁太は下を向いて謝るしかなかった。

 そんな仁太の様子にふんっとため息を吐きながらシルムーは続ける。

「アルミラに調べてもらってアンタが青の層に飛ばされたことがわかってからは、迎えに行くかどうかでちょっとした議論にもなった。年頃の男の子だからそっとしといてやれって意見と、青の層で生きるにはあまりにも非力だから迎えに言ってやろう、で真っ二つさ」

「ごめんなさい……」

 恥ずかしさに、うつむく顔がほのかな赤みを帯びる。割れた意見の、特に前者の気遣いがかえって辛い。

「それがなんだい、急に帰ってきたかと思ったらエルヴィンの女の子の彼女なんか連れて──」

「ちょっと待ってください」

 たまらず、仁太はシルムーの話を遮った。

「彼女ではありません。人をロリコン呼ばわりするのはやめてください」

「ロリ……なんだって? 言語魔術が翻訳してくれないんだけど……」

「俺のストライクゾーンは同い年くらいです。どこかのデブと同じ人種だと思われたくありません」

「ストラ……? どこかのデブ? よ、よくわからないけど、失礼だったなら謝るよ。でも……ねえ? 男と女が二人旅してたら、そりゃあ疑っちまうよ。本当に、そういう仲では無いのかい?」

 尋ねられたセナのほうは特に気分を害した様子もなく、

「はいっ。仁太は私の良き友人であり、限られた分野においてのみ頼れる弟みたいなものだと思ってます」

 きっぱりと言い切った。「はあ……」と、ぽかーんとするシルムー。

「なっ……、弟ってなんだよ!?」

「年齢は私のほうが上なんですから、当然あなたが弟分でしょう?」

「お前、俺のことをそんな目で見てたのかッ」

「それはそうですよ。兄だと思っていたなら"お兄ちゃん"と呼んでます。でも弟なので"仁太"なのです」

「な……、呼び捨ての理由それかよ!?」

 予想外の事実に、仁太は情けない大声を上げた。

 勝手に二人で盛り上がる少年と少女を前に、シルムーが呆れ顔で呟くが、その言葉は二人の耳に届きはしなかった。

「……なんだかねえ」


一章見直したら「シルムー」と「シムルー」がごっちゃになってたので修正しました。

自分で付けた名前を初登場から数十文字後に間違えるというなんとも酷い失態…。

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