表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第三章 十村巡り
72/77

そのニ


 ある夏のことだ。両親に連れられて祖母の家を訪れた仁太は、好奇心の赴くままに散策をした結果、迷子になった。

 絵に描いたような田舎。何度も訪れたことはあったが、一人で散歩を許されたのは今日が初めてで、それゆえ仁太は未だ行ったことのない場所ばかりを回った。それが仇となったのだ。

 来た道を戻れば帰れる、そう思っていたが、それは来た道が判るならばの話だ。結果、仁太はどこかで道を間違えたらしく、気づいた時には見知らぬ川辺に着いていた。

 そこで、彼と出会った。

「やあ、君。僕と友達にならないか?」

 途方に暮れて水面を眺めていた仁太は、後ろから掛けられた声に驚き、振り返った。そこにいたいのは、見知らぬ少年だった。

「僕の名前は礼介。君は?」

 友達になろうという提案に仁太が返答するよりも早く、少年は名乗った。

「……僕? 僕は仁太」

「仁太、仁太っていうんだね。よろしく、仁太」

「あ、……うん。よろしく、礼介くん」

 礼介の登場は半べそをかいていた所への不意打ちだったために、仁太の言葉は少し弱々しかった。

 対する礼介の方は堂々とした様子で、ゆえに仁太は微塵も疑いもしなかった。

「ところで仁太。ひょっとしなくても君、迷子?」

「そうだけど……」

「やっぱり! 実は僕も迷子なんだ」

「えっ」

 彼もまた、同じ境遇のようだった。両親に連れられてこの村を訪れ、暇を持て余して家を飛び出してこの有様。

 迷子の子供が二人。打つ手なしのこの状況でも、礼介は明るく振舞っている。それが仁太には不思議でたまらなかった。

「良かったー、君が友達になってくれて。すごく助かった!」

「……? 僕、礼介くんの助けになるようなこと、なにもしてないよ?」

「ううん、十分」

 礼介は笑う。何一つ進展のない状況だというのに、彼は心の底から満足していたようだった。

「君がいなければ、僕の迷子は無駄になってたもん。でも、君という友達ができた。つまり無駄じゃなくなった。迷子になってよかった」

 礼介の発想は、仁太にはない考え方だった。

「迷子になって、良かった……」

「そう。一人ならただの迷子。でも、今は友達と二人。これはもう迷子なんかじゃない。探検さ!」

 太陽のような笑みだ、と子供心に仁太は思った。礼介の笑顔は演技でも強がりでもない、眩しい喜びの表現なのだと。

 どこまでも前向きな礼介に、仁太はマンガの主人公を連想した。同時に、憧れもした。こんな風になれたなら、きっと毎日が楽しいのだろう、と。

「……強いんだね、礼介くんは」

「そんなことないよ。ただ僕は知ってるだけ」

「えっ……何を?」

「友達がいれば楽しいってこと。それともう一つ、友達を作るのは難しくないってこと。僕のことが強いと思うんだったら、この二つを知った君も今から強くなれるはず」

 事も無げに礼介の語ったそれは、今までに聞いたどんな言葉よりも説得力を持って仁太の胸に響いたのだった。

 結局、陽の暮れかかった頃に二人はそれぞれの家に辿り着くことができた。父親にはこっぴどく叱られたが、仁太の中には確かな満足感だけが残っていた。


 そこで仁太は意識を取り戻した。

「……っ!」

 驚いて周囲を見るも、そこは直前までいた青の層でもなければ、おそらく緑の層でもなかった。

 真っ白な空間に仁太は浮いていた。浮く、とは言ってもハッキリとした感覚があるわけでもなく、立っている感触がなく、かといって落ちているわけでもないため、おそらく浮いているのだという消去法だ。

 そこは辺り一面全てが均等に白で満ちた空間だった。光源らしきものはないのに、不思議と仁太は自身の姿を視認できるのが不可解だった。

「今の……夢、なのか?」

 直前まで見ていたのは、自身の過去の記憶だ。旧友・礼介と出会った日のことを、仁太は夢でも見るかのように観ていた。

 セナに語った言葉は、実のところ礼介からの受け売りだ。夢に見たというのは、おそらくその繋がりなのだろうと仁太は推測する。

(……礼介のこと、すっかり忘れてた)

 仁太が神隠しの庭へ来たきっかけの一つが、礼介の失踪だった。だが、この世界に来た直後のトラブルなどから礼介のことなどすっかり忘れていた。

(落ち着いたら礼介のことも探さないとなあ。……死んでたらどうしよ)

 かつての親友を忘れていた自分が情けなく、仁太はため息を漏らした。

「……それよりも」

 己の恩知らずさを嘆くよりも、今は目の前の、というより辺り一面の状況について考えるべきだ。

 赤の層へ通じる定期転移ゲートを通った時はこんなことはなかった。ならば、

「これ、不具合とか事故じゃない……よな?」

 問いかけるような口調になるが、当然ながら答える者はいない。

 定期転移ゲートは安定して出現する転移ゲートという説明を受けていたが、転移そのものが安定しているかどうかについては一切聞いていなかった。仁太が知らないというだけで、転移ゲートに人が入って出てこないことは頻繁に起きている可能性も無きにしも非ずだ。

 このまま何もない空間に放置されたまま飢えて死ぬ自分を想像し、仁太は身の毛がよだつのを感じた。

「神隠しの庭って、てっきり迷い込む時に神隠しみたいだからって意味だと思ってたけど、もしかして……」

 神隠しで頻繁に人が消える世界、と言いかけたその時、仁太は声を聞いた。

『──をつけて』

 空間全体に響き渡るような、女性の声だった。

『気をつけて』

 聞き取れなかった一度目とは違い、二度目の声はハッキリと聞こえた。

「気をつける? 何に!?」

 仁太は思わず叫び返した。何もないと思われた空間に響く女性の声。藁にでもすがりたい気持ちの仁太にとって、その声には藁どころか丸太くらいの有り難みがあった。

『あなたがこの世界にいつづけたいなら気をつけて』

「だからなに……にっ!?」

 不意に、仁太は落下するような感覚を得た。否、落下のような、ではない。仁太は間違いなく落下を始めていた。

「ぐっ……急に……!」

 突然の急降下。仁太は上手くしゃべることもできず、しかし声の続きを望んだ。

 "気をつけて"。不可思議な空間であることも相まって、その言葉は不吉な響きを孕んでいた。

『……の…子………あな……を…狙っ……る…』

 耳元で風の音が騒がしく、空間に響いた声が上手く聞き取れない。全方位から届いたかのように聞こえた声だったが、落下を始めた今、音源は遠く、はるか頭上へと離れていくのがわかった。次第に声は小さく、細くなっていく。

 声を手で掴むことなどできるわけがないとわかっていても、仁太は思わず手を伸ばしていた。

「……ッ!!」

 舌を噛みそうになり、声を出すこともかなわず、それでも手を伸ばす。

 しかし、やはりその手は届かず──

 次の瞬間、仁太は手を伸ばして"立って"いた。

「え……」

 感覚が一瞬の内に切り替わり、背を下にして落下していたはずの仁太は、今は普通に立っている。

 白一色だった視覚も、気づけば多くの色と形を捉えていることに気づく。

 そこは暗い部屋。転移ゲートに入る直前までいた神殿もどきとは、似ているようで違う。もっと飾り気の無い、威圧感さえ感じる石の牢獄とでも言うべき空間。そして、仁太に向けられたのは、光沢を持つ銀色。

「……わ、わッ!?」

 無数の槍が、それを握る鎧の兵士が仁太を囲み、鋭い眼光を向けていた。

 驚いた仁太は後退しようとし、しかし失敗して尻餅を着く。冷たい石の床の感触と、そこに勢い良く倒れたことによる痛みが脳に届く。

「な……んな……」

 右を見ても槍、左を見ても槍という状況に、仁太の頬を嫌な汗が伝う。

(わけがわからない……ッ!)

 叫び声は喉からせり上がることが出来ず、心のなかで響くのみ。

 兵士は誰ひとり言葉を発せず、ただ無言で仁太に刃を向けるのみだ。が、彼らが石像などではなく、紛れもなく人間であることは微かに動く彼らの身体が証明していた。その動きがより一層仁太の恐怖を掻き立てた。

 口を開いたまま、仁太はどこを観ていいのかもわからずに視線を走らせる。

(転移先がおかしかったのか!? とにかくどうにかして逃げないと……!!)

 仁太は青の層で買った上着のポケットに手を伸ばすことを検討する。中にあるのはサンダバに作ってもらった二本のナイフ。どちらも一対一を想定している上、今の仁太にはライティル戦の時のような身体能力など望むべくもない。この状況で小細工を仕込んだナイフがどれほど役に立つかなど、考えたくもない。

 だが、やらねばやられる。そう思い、仁太は手を伸ばす決意を固めた。

「すまない、驚かせてしまったようだな」

 仁太が手を伸ばそうとした時、正面の兵士の背後から声がした。

 カツン、カツンと部屋に響き渡る足音とともに、声の主が近づいてくる。仁太を囲む兵士の一部が、サッと道を開けると、そこに立っていたのはか細い長身の男性だった。

 ゆったりとした、優雅と言うよりもユラユラとでも表現するかのような不気味な足取りで、男は仁太の前に立ち、スッと手を差し出した。

 この空間の支配者が目の前の男であることに疑いの余地はなく、仁太は差し出された手を取る以外の選択肢はないと理解し、遠慮なくその手を掴んだ。すると男の方は、か細い印象からは想像できないほどの力強さで応え、仁太は大した力を入れること無く立ち上がることができた。

 しかし、立ち上がらせてなお、男は握った仁太の手を離そうとはしなかった。

「失礼」

 そう男が言うと、仁太は身体に小さな衝撃が走るのを感じた。

 たったそれだけだった。それだけだと、そう感じた。だが、

「質問だ、単刀直入に問う。君はこの村に、あるいは緑の層にとって何らかの敵対行動を取る意思はあるか?」

 男の声を聞いた時、仁太の思考は初めて味わう感覚に襲われた。

(……なんでだろう。答えなくちゃいけない……嘘をついちゃいけない気がする……)

 心の底から湧き上がる、使命感にも似たそれは、仁太の頭の中で一気に膨らみ、思考の隅々までを支配する。抗おうという意思など生まれず、ただそれが当然であるかのように仁太の思考はその使命感を受け入れていた。

「ありま……せん……」

 自分の口から出たとは思えない、どこか遠くのことのように感じられる言葉を、仁太は吐き出していた。

 その言葉を聞くと、男は握っていた仁太の手を離した。すると、仁太の頭のなかに渦巻いていた謎の使命感は途端に消え去り、鮮明な思考が戻ってくるのが感じられた。

「あ、れ……」

 呆然とする仁太の前で男は軽く一礼すると、身体を反転させ、槍を構える兵士たちを見回しながら命じた。

「この者の安全は確認された。総員、客人への刃を収めよ」

「は!」

 男の命令に従い、全ての槍先は仁太から天井へと一斉に向きを変える。それを待ってから、男は首だけを仁太へと振り向かせ、

「失礼したな、客人よ。これも規則なのだ」

 笑顔ひとつ見せず、無表情のままに男は部屋を立ち去った。

 あとに残された仁太は、今しがた自分を襲った奇妙な感覚に戸惑い、しばしの間立ち尽くしていた。

 そして自分が、槍こそ向けられていないものの兵士に囲まれた気まずい状況であることを思い出した。

 手近な兵士の方へ視線を向けると、兵士は苦笑した。

「あ、もう行って大丈夫ですよ」

「は、はあ……」

 よろよろと、仁太は部屋の外を目指して歩き出した。

筆の遅さもあって一回あたりの更新の量が少ないので、無駄に分割されまくってる一章二章をそろそろまとめようかな、と考えてます。

思いつきなのでその内忘れそう…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ