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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第一章 異界
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その六

 豪腕が風を切る。振るわれた赤ゴリラ獣人の右拳を紙一重でかわしたランジャはすかさず手にしたナイフで腕を斬りつける。しかし厚い毛に阻まれ、その刃は深くまで届かない。辛うじて届いた切っ先も、鋼のような筋肉の前に弾かれる。

 昼に対峙したゴリラ獣人よりも強い。鍛え方が違うのだろうか。

 斬りつけられたことなど気にもとめない様子で、次の左拳が射出される。軌道が直線なため、こちらも回避に成功。今度は斬りつけにはいかず、後ろに跳んで距離を置く。

 刃を確認。刃こぼれこそしていないが、むやみやたらと斬りかかってもこちらの得物が消耗するだけだ。

 と、赤ゴリラ獣人が自ら接近してきた。今のやりとりで、自分が優勢だと気づいたのだろう。打開策を考えさせる時間は与えない、といったところか。

 赤ゴリラ獣人は再び拳を構え、勢いに任せて振りかぶってきた。これも回避。この隙を使い、相手の攻撃できる箇所を探す。

 しかし、赤ゴリラ獣人はそれを許さない。

 振りかぶられた右の拳の勢いをそのままに、身体を捻って回転。左の裏拳がランジャを襲う。予測の出来ない体捌きだった。極めて力任せな無茶苦茶な重心移動。先程までの単調な攻めは、この不意打ちのための布石だったのだ。

 赤ゴリラ獣人の動きがでたらめなら、それを避けたランジャもまたでたらめだろう。目前に迫った裏拳に、ランジャが取った行動はバックジャンプ。背後に向けて、飛び退いたのだ。咄嗟の判断とは思えない、異常な跳躍。再び距離を開けたランジャだが、着地と同時に、逆方向へ再度跳ぶ。一気に赤ゴリラ獣人との距離を詰めに掛かる。相手が虚を突く戦術ならばと、こちらも虚を突く行動を取る。

 ランジャが飛び退いたのを見て、今度もランジャが体勢を立て直すために後退したと思ったのだろう。一瞬で元の位置へと戻ってきたランジャに、赤ゴリラ獣人は反応できなかった。

 振るわれるナイフ、狙うは相手の左眼。

 しかし赤ゴリラ獣人はとっさに顔をズラしてこれを回避。切っ先は頬を裂く。

 ランジャにとって想定外の出来事だ。赤ゴリラ獣人の反応が遅れた時点で攻撃が入ったと確信していた。それを避けたこの獣人の反射神経には恐れ入る。

 同じ手はもう食わないだろう。再び振るわれる敵の一撃を避けながら、ランジャはナイフを強く握り直した。




 一方で仁太は、目の前の奇妙な敵への攻め方を考えていた。

 細身ゴブリンと形容したこの珍敵が手にした武器、トゲ付きのハンマーには奇妙な点が見て取れる。大きな杭打ち用のハンマーにトゲが追加された武装なのだが、この細身ゴブリンはさきほどまで・・・包囲を行っている時まで、こんなものは持っていなかった。

 柄の長さは細身ゴブリンの身長に近い。とにかくリーチが長いのだ。だが、だからこそこんなものを持っていたならば、さきほどの時点で気づくはずだ。縦に背負っていたならば頭の後ろから柄かトゲが出てしまう。横に背負ったならなおのことだ。

 つまり、あの柄は伸縮式である、と仁太は結論づけた。身につけているへこんだ鉄板だけの鎧こそ適当な作りだが、あのハンマーは手の込んだ武器のようだ。

 ネタが割れたようにみえるハンマーだが、果たしてこれ以上伸びないのか、という点が問題だった。包囲網の件もそうだが、この襲撃者たちは不意を突く戦法が好みのようだ。今見えているだけが全てではない、それはあのハンマーにも同じことが言えそうだ。

 最初こそ怯んでいた細身ゴブリンだが、リーチで勝ることに自信をつけたのだろう、ハンマーを構えたままジリジリと距離を詰めてくる。一気に襲いかかってこないのは、こちらの威嚇が効いたのか、あるいは細身ゴブリン自身も戦闘力が高くないのか。

 目測でハンマーの攻撃範囲を予測。趣味のアクションゲームからの受け売りだが、何も策がないよりはマシだろう。現実とゲームを混同するなと大人は言うが、この現実離れした異界でも同じことが言える大人は多く無いだろう。

 ナイフを向けるだけの威嚇が効かない以上、相手に避けてもらえる範囲で攻撃を行い、身の危険を感じさせて撤退させるしか無い。昼間のランジャのように上手くやることはできないだろうが、至近距離で刃物を突きつけてやれば、あるいは。

 細身ゴブリンがさらに近づき、唐突にハンマーを振りかざす。目測で計算した距離よりも明らかに離れている。

 仁太の予想が的中したのだ。射程外での攻撃動作。あのハンマーは伸びる。

 確信と共に仁太は走り出す。短剣は右手で逆手に持ち変える。

 振り抜かれたハンマーが左から迫る。そして、それは遠心力に従い、柄が伸びていく。仁太の読み通りだ。

 仁太は迫る柄の部分をスライディングで回避する。奇襲を読まれ、渾身の一撃をはずした細身ゴブリンの足元に滑りこんで接近した仁太は、そのまますれ違いざまに細身ゴブリンの左足の生身の部分を短剣の底で殴りつける。

 手加減していなければ、お前の足を切ることができたぞ。そうアピールするために。

 細身ゴブリンが小さく悲鳴を上げた。すれ違いを許した瞬間に斬られたと思ったのだろう。実際は打撲にすらなっていないはずだが、感じた恐怖は相当の物のはずだ。

 この細身ゴブリンが戦いに慣れていないことを、仁太は確信した。恐らく、奇襲に全てを掛けているのだろう。策を破られただけで随分な焦り様だ。

 これなら傷つけるまでもなく戦意を奪える。仁太が立ち上がり、再び細身ゴブリンへと接近しようとしたとき、

「───!!」

 ランジャが叫びをあげた。

「え・・・?」

 頭上でガサガサという音がした。嫌な予感が頭をよぎり、咄嗟に横に回避する。

 すると、仁太が元居た場所に新たなゴリラ獣人がズン、と降り立った。手には仁太のものと似た短剣が握られ、その刃は深々と地面に刺さっていた。

 回避しなければ、確実に死んでいただろう。短剣など刺さずとも、踏み潰せば殺せただろうに、あえて短剣を突き刺したのは負傷させられた仲間の仕返しの意味を込めていたのだろうか。

 頼もしい援軍に、心を折られかけていた細身ゴブリンも再びハンマーを手に立ち上がる。

 戦況は再び2対3の不利な状況へと戻ってしまった。

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