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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
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その四十

 ライティルとの決着から少し経った頃、仁太は歩き続けていた。ただひたすら前へ、それだけを考えて。

 足の感覚は消え、もはや動いているのかさえ怪しいが、ボヤけはじめた視界は確かに前へと進んでいる。まるで浮遊しているかのような感覚だが、そんな能力は仁太にはない。だからこれは、たしかに歩いて進んでいるのだとわかる。

 強化術式が解除に近づくにつれ、仁太の各能力は低下し続け、現在は通常時を下回るほどに低下していた。以前、緑の層で使用された強化術式にはこのような状態はなかった。今回の術式は仁太にとって無茶な強化を行ったのだろう。恐らくは身体が耐え切れなかったのだ。

 辛い状態……のはずなのだが、思考が薄れているために辛さを感じないのは幸いであった。それに身体は動かなくなったわけではない。術式が完全に解けてしまえば体を動かすこともままならなくなる。動くだけ儲けものなのだ。

 身体同様、思考もかなり弱っていた。先ほどのように意図的に感情を取り払っているのではないが、似たような状態だった。セナを助けられなかったことを悲しむことは、今の仁太にはできない。それどころか頭の中では、青の層へ帰還するために転移ゲートを目指す、という一点のみがグルグルと回り続けている。

 ゆえに、足を引きずってただ湖を目指す。

 この光景を正常な仁太が見たら、「まるでネジを巻いた人形のようだ」と不気味がるだろうが、そんなことを考えることすら今の仁太にはできない。

 やがて湖へとたどり着いた仁太は、そのまま身体を水中へと放り投げる。冷たさを感じることもなく、水の抵抗もあまり感じないまま、水を吸った衣服の重みが仁太を湖底へと誘った。

 湖底へと身体が近づいたその時になって、仁太は呼吸という活動を思い出す。水中ではそれができないことに、思考の弱まった仁太は気づけなかった。

(しまった……)

 自身が危機的状況にあることには気づけたが、その対処を考えるだけの思考は許されていない。必死に手足でもがこうにも、やはり力が入らない。

 次第に意識が薄れていくなか、仁太の身体は転移ゲートを目指して動き続けた。


 ふと、我に返る。

 酷い頭痛と目眩に苛立ちつつ、目に映った赤色の意味を考える。

 あれは空の色だ。ならばここは赤の層に違いない。

 その時、視界に片隅に文字が映る。

 ──再起動完了

(ああ……そうだったな)

 思考に掛かるモヤが晴れ、全ての記憶が鮮明に思い出される。

 生きている、ライティルはこの事実に苦笑した。

 少年との一騎打ちに敗れ、四肢を破壊され、馬乗りで殴打され、最後にナイフを突き立てられ──るはずだった。

 しかし、向けられた切っ先はライティルまで届かず、寸前のところで少年は拳の"向き"を変えた。

 ナイフを突き立てるために振り下ろされた手は、そのまま握りこぶしとしてライティルの顔面へと届き……そこでライティルの記憶は途切れている。

 気絶したのだ。溜まりに溜まったダメージが、ついにライティルから意識を取り上げた。洗脳装置をパージした、すなわち少年にとって全てが手遅れになった、その後になって。

「くく……こいつは傑作だ……」

 自然と笑いがこぼれ出す。

「俺が気づくのに少しでも多くかかっていれば……あと一発多く殴られていたら、あいつの勝ちだったんだ……ははは! なんだ、やっぱり俺の勝ちじゃないか!」

 あの時ライティルは、人殺しに不慣れな少年に自分を殺させることでトラウマを残し、それを勝利にしようと目論んだ。

 結局、目論見は失敗に終わったがその必要はなかったのだ。あと一発殴られていたら、などというギリギリの勝負にライティルは勝っていた。

「あと一発、こんな劇的な勝ち方に満足できないわけがない……! 勝ったんだ、俺は勝った。間違いなく俺の勝ちだ! 装甲人間がただのガキに負けるはずがなかった!!」

 誰に聞かせるための言葉ではない。ただ、こみ上げる感情を口から吐き出しているだけ。赤い空に向かって、ひたすら言葉をぶち撒き続ける。

 あるいは、自分に言い聞かせるための言葉だったのかもしれない──心の隅から湧きでたそんな考えに、ライティルは気づかない振りをした。

 やがて言葉は尽きた。

「くくく……はーっははは!!! 」

 狂ったかのように、むなしく空に放たれ続ける笑い声。応える者はいない。

 喉が枯れるまで、それは続き、ついには笑い声すらも吐き出せないほどに喉が擦り切れる。それでも、顔を歪めたライティルは笑い声をあげようと喉を震わそうとする。

 必死の果て、最後に喉から搾り出されたのは笑い声ではなかった。

「ち……くしょ……」

 それは一つの言葉にすらなれず、誰の耳にも届かずに霧散した。


 船室で待機するベルザルクのもとに来訪者が現れた。

 いつ入ってきたのだろう、気配に気づいたベルザルクが振り返った先には一人の兵士がいた。防具を付けた灰色のバディアが扉の前に立ってこちらを見つめている。

 不思議に思いつつも、ベルザルクは兵士に尋ねることにした。

「何か?」

「失礼します。ベルザルク様──」

 緊張の色を滲ませた声音で、兵士が言う。

 重苦しい雰囲気をまとった兵士の表情から、ベルザルクは遂にセナの捕らえられている場所が判明したのだと考えた。

 覚悟の時が来た。そう、

「島民を殺す覚悟は整いましたでしょうか。……なんてな」

 心中をズバリ言い当てるように、目の前の兵士から言葉が発せられた。

 本来、知り得ないはずの一般兵から、だ。声も先ほどとは打って変わり、どこか人を小馬鹿にしたような響きすら感じられた。

 不意打ちに驚き、ベルザルクが顔を上げると、眼前にはいやらしい笑いが張り付いた兵士の顔があった。

 兵士の顔は、島民の顔ならばひと通り覚えているはずのベルザルクが知らない顔だった。

「なっ……」

「部下の前とはいえ、覚悟の割に随分とつまらない顔をするんだな、島将様よ。もう少し悲壮感を出したほうが人間味があって良いと思うのだが?」

 言葉の途中で、不意に兵士の声が変化した。聞き覚えのある声に。兵士の正体を悟るのに、これ以上のヒントは要らない。思わずため息が漏れる。

 続いて怒りがこみ上げてくるが、ベルザルクはそれを理性で押さえつけ、外に聞こえないように気を配りつつ目の前の兵士に向かって口を開く。

「……説明してください」

「何をだ?」

「あなたがここに来たのは……いえ、"出てきた"のは、目的を達成したからでしょう。その収穫を説明しろと言っているんです」

 ふむ、と兵士は顎に手を当てる。

「随分と察しが良くなったな」

 満足そうに、しかし憎たらしげに、兵士が口元を更に歪める。

 言わんとしていることはわかる。この兵士は、ベルザルクにこう尋ねられることを期待していたのだ。

 ──なぜあなたがここにいる?

 ──何故こんなことをしたのです?

 ──今まで何をしていたのです?

 これらの質問に得意気に答えるのを楽しみにしていたのだろうが、そうはいかない。何年付き合っていると思っているのだ。

 ゆえにベルザルクは自ら突きつけてやることにした。

「今回の件はあなたが仕組んだことでしょう? セナから発信機を取り外しつつ、別のものを取り付け、第五部隊たちが再びセナを攫いに来るように仕向けた。目的は彼女が予見者であるということの判定。あの少年がもう一度セナを助け出せるかを試すための舞台を用意して、その成否を見る。違いますか?」

「ご明察。なるほど、私がお前を理解したように、お前も私を理解してきたということか。くくく……結構、結構」

 良いだろう、と兵士は言葉を区切る。

「お前にも成果を知る権利がある。まず結論から言えば、あの少年はただの子供だ。魔力は勿論、特別な身体能力もなく、ましてや俺のような存在でもない。未知の力があるわけでもない。勇者などというのは単なる妄言に過ぎん」

「やはり……。となると、機海賊団がセナを襲ったのも、彼女が女性のエルヴィンという希少な存在であったからに過ぎない、と」

「それも正解だ。エルヴィンに子を産ませ、それを土産にして赤の層の連中と取引をしようとしたのが目的で、予見者の疑惑などあいつらは知りもしない」

「では、あの少年、仁太は……」

 嫌な予感がベルザルクの頭をよぎる。

 少年は勇者ではない、と判断された以上、何かしらのアクションがあったはずだ。

 それには二通りのケースが考えられる。一つは少年がこの島まで辿りつけなかった場合、もう一つは辿りついたが失敗した場合。

 攻撃を開始して時間の経過した今となって判断が終わったということは──

「さあ、どうだろう」

 特に興味も無いというふうに、兵士が言う。その回答に、ベルザルクは意表を突かれた。

「どういう意味です?」

「言葉通りだ」

 仁太の生死は知らない、兵士はそう言っているのだ。

 意図的に隠しているわけではない。長年付き合ってきたベルザルクには、この回答が嘘でないことがわかる。答えたくない質問に対してはぐらかす時、目の前の者はこのような返答はしない。もっと意地悪く、こちらの悔しがる様を楽しむように言うのだが、今回はそういった様子が感じられず、本当に知らないだけだということがわかる。

(知らない? そんなはずが……)

 知らないとは考えにくかった。今回の状況から考えて、"知ることができてしまう"はずなのだ。目の前の"バディアの形を存在"はそういう風にできているのだから。

 しかし、例外はある。この者にも知ることのできない状況が。

「仁太が別の層へ転移した、ということですか。まさかまた偶発ゲートが……」

「いや、今回は定期ゲートだ」

 そう答える兵士の顔に活力が戻る。会話が興味のある路線へと復帰したのだ。

「今回の収穫はこれだ」

「収穫? 勇者の一件ではないのですか?」

「ああ。それに関することではあるがな」

 嬉しそうに語りだす兵士の姿は無邪気な子供を思わせる。

「一応尋ねますが、その詳細を語る気は?」

「聞けると思ったのか?」

「一応、と付けたはずですが」

 それもそうだな、と兵士は意地の悪い笑みを漏らす。

 やはりな、とベルザルクはため息をつく。何を知ったのかはわからないが、勇者の件から興味を失うほどの何かを知り得たようだ。そういった重要な情報を、この者が話すことはほとんどない。

 これ以上この話題を続けても収穫はないと感じ、ベルザルクは話題を切り替えることにする。

「用が済んだのであればセナの場所を教えて下さい。……私にはまだやるべきことがあるんです」

 今回の後始末。ベルザルクは罪をもって、事態を収集し無くてはならない。

「島民たちに見られるわけにはいかない。私の手で、彼女を……」

 殺さなくてはいけない。

 以前に目の前の者からもたらされた情報。第五部隊の装甲人間ライティルが完成させた洗脳装置についての詳細。素材が希少なため量産が難しいこと、人間・獣人問わず有効であること、そして一度洗脳されたら元には戻せないこと。これらのことから、ベルザルクはセナを秘密裏に殺害し、ライティルもろとも洗脳装置を消し去ることを決意せざるを得なくなった。

 今回、七島同盟の管理役から拠点襲撃の許可が降りたのも、この洗脳装置を破壊することが急務であると判断されたためだ。

 心のどこかでベルザルクは仁太に期待を寄せていた。彼が勇者で、セナを救えるというのであれば、ベルザルクは彼女を殺す必要がなくなるのだから。だが、その希望が砕かれた今、ベルザルクは自らの手で後始末をする必要が生まれた。

 まだこの仕事は終わっていないのだ。

 一方で、目の前の者は既に目的を終えている。この者は自身の目的を達成し終えた後であれば、騒動を解決するために必要な情報の提供はあまり拒まない。セナの居場所を教えることが自身の不利益に繋がらない以上、教えてくれるはずなのだ。

「そのことか」

 話題を変えられたことに少々不満そうな表情をしつつも、兵士はすぐに気を取り直したように告げる。

「なに、実につまらん結末だ。特にお前にとってはな」

 言葉とは真逆に、その声は実に楽しげだった。


たかが二章ごときにどんだけ時間掛けるのこの作品・・・

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