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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
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その三十八


 両足を切り落とされ、さらに安易な反撃の勢いで地に倒れ、もはや上体を起こすことすら困難になったライティルであったが、意地で放った銃弾は確かに少年に命中した。

 その少年は今、木の陰に身を隠し、こちらの銃弾に対する一時的な防御手段を獲得している。しかし、それは根本的な解決手段ではないことを、ライティルも理解していた。

 対魔術師戦の基礎情報は頭の中に入っている。このような基本かつ重要な情報は、最下層の強化人間でも受信可能なデータとして機械人間のネットワーク上で配信され、戦闘を主任務としている第二部隊などが実戦を行う度に最新の情報へと更新されていく。多くの機械人間が自動受信データとして設定しており、ライティルも例外ではない。

 肉体強化術式についての情報もその中にあった。要注意術式の代表格であり、明確な対策がないのが特徴だった。強化人間はおろか、下位程度の戦闘型装甲人間、中位程度の非戦闘型装甲人間に匹敵しうる強力な術式も確認されているとされるが、上位の非戦闘型装甲人間であるライティルと互角、否、認めたくはない事実だが……ライティルを上回るほどの力を発揮する術式の加護を受けた存在と対峙している今、その情報には修正が必要だ。

 それはさておき。数少ない対処法の一つが、術式解除時の反動を狙うことだ。時間切れ、あるいは術式を霧散させることのできる対魔術加工された金属をぶつけることで、相手を無力化させる。

 現在、仁太は対魔術加工金属を持ち合わせていない。対魔術加工とは言うが、その実、魔留鋼を使った特殊な合金で、金属ならばなんでも良いというわけではない上、精製には魔術師の力を借りる必要がある。魔留鋼自体も希少な事もあって、機海賊団もあまり多くは持っていない。

 よって時間切れを狙う。

 初めから狙うべきだった。そう考えたライティルだが、それが結果論だと気づき、すぐに考えを改める。

 情報が間違っていた。戦闘慣れしていないはずの少年が、肉体強化術式と怪しげなナイフ数本でライティルに勝てるなど、持ち合わせのデータのどこを見ても推測できはしなかった。

 非戦闘型のライティルにとって情報は命であり、武器である。一対一の戦闘において敵の機動力を削ぐことが有効であると聞いたから素直に脚部を狙ったし、肉体強化術式が上位の装甲人間であるライティルに対して有効でないと聞いたから逃げ続けて敵の自滅を待つという屈辱的な選択肢は端から捨てて考えた。

 なのに、この状況だ。全て情報に誤りがあったせいだ。この戦いを生き延びて、あの戦闘馬鹿の第二部隊にこの事実を堂々と突きつけてやらねばならない。お前たちはなんと無能な集団なのだと、何ひとつの遠慮もなく罵り倒してやる必要がある。

 だから負けられない。いや、負けるはずがない。

(俺は装甲人間だ……こんな強化人間未満のカスに負けるはずがない。負けて良いはずがない)

 多少の焦りはある。足を切り落とされるとは予想の範疇を超えている。こんな事態は想定されていないし、対処法の情報は必要ないと判断してダウンロードしていない。

 だが負けるとは限らない。このまま仕込み銃を構えていれば、木の陰から飛び出したところを狙い撃ってやる。風腕も自壊覚悟の上でならまだ使える。

 少年は直に肉体強化術式の反動で使い物にならなくなる。アレを洗脳するのは中止だ。どうにかして殺す。赤の層の住人を利用することにしよう。

 右腕の洗脳装置、これさえ残ればいくらでもやりようはある。むしろ損壊が多いほうが、赤の層の単細胞な力馬鹿共も油断して近寄ってくるはずだ。あとは洗脳して、連絡員の到着を待つなり、赤の層の住人を次々に洗脳して配下にしてやるのも面白いかもしれない。

 とにかく、今は少年を殺すことが最優先だ。即死させることも厭わずに殺しにかかるしか無い。できれば両足の恨みを晴らしたいところであったが、そんな余裕はない。

(さあ出てこい! それともそこで時間切れを迎えるつもりか?)

 仕込み銃を構えつつも、聴覚への意識も忘れない。この距離ならば、木の裏で発生した音はどんなに小さいものでも逃すことはない。

 音は意外と早くに生まれた。

(……?)

 足音でもなく、声でもない。あのインチキ臭いナイフで何かを斬っている、そんな音だった。

(この音……なんだ? 切断しているのは間違いない……だが、何を斬っている?)

 不可解な、予想外の音にライティルの思考は混乱した。この状況で少年は何をしている?

 真っ先に浮かんだのは、先ほどと同じ奇襲用の道具を作っている可能性だった。他にもナイフを持っていて、それを細かく幾つかに切り分け、こちらへ投擲して仕込み銃の狙いを付けるだけの余裕を奪いに来る、そんな作戦だろうか?

 跳躍中にこちらの頭部を狙えるだけの精密さを、少年は持っている。おそらく肉体強化術式の副産物であろうが、アレはなかなかに厄介なものだ。なにせこちらは脚がないため、回避には脚以外の部分を使う必要がある。それはすなわち仕込み銃を構える暇がないということ。

 しかし、それは完璧な作戦ではない。

(フン……こっちも精密射撃ができるだけのスペックがある。投擲物なんて撃ち落せばいい)

 もはやライティルに銃弾を惜しむ余裕はない。これは貴重な代物だが、このような状況で使うためのものでもある。

 それに、どんなに素早く物を投げたところで仕込み銃の連射のほうが速い。向こうが両腕を使って二つの投擲物を寄越しても、こちらは四発の銃弾をもって撃ち落としと敵への反撃を行える。

 と、そこまで考えたところでライティルはあることに気づく。音についてだ。

(……おかしい。金属を削り取っているならば、どこかで金属同士の触れ合う音がするはずだ)

 切り落としたナイフの破片が、別の金属に全く触れていない。少しでも触れれば、その音をライティルの耳が拾い上げるはずなのだから。

 当たらないように注意を払っているという可能性もある。だが、別な可能性も考えられないか?

 例えば、

(ナイフを斬っているわけではない……?)

 思考が偏りすぎていたことを、ライティルは遂に自覚した。

 戦闘に関する情報について、ライティルは他者から与えられるものを過信しすぎていた。しかし「木の陰に隠れた相手が何かを斬っている」などという限定的な状況に関するデータなど存在するはずもなく、それゆえ、この状況において自前の推理力を使わざるを得なかった。

 序盤の不意打ちが尾を引きすぎた。敵は物を投げることでこちらの注意を引き、懐へと潜り込んで必殺の斬撃を叩きこむ、それだけが取り柄の相手だと、今の今まで信じすぎていた。

 少し考えれば気づけることだった。相手の手にあるのはライティルの脚をも斬り裂く驚異的な切れ味のナイフ。そして、少年が身を隠している場所は、

(木……まさか!?)

 この状況で少年が斬ることができるものは二つ。己の持ち物と……周囲にあるモノ、だ。

 バギィッ、と。巨大な音を耳が捉えた。

 それは樹木のあげる悲鳴に相当する音。

「バ……」

 その言葉は迫り来る陰と鳴り響く木の泣き声、そして風を切る葉葉の音に負けじと搾り出される。

「馬鹿な!?」

 驚愕の表情の装甲人間へと、倒木の一撃が襲いかかる。


短く区切って投稿頻度を誤魔化す構え

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