その三十六
「"俺の武器"、それは……ナイフだ」
夜の工房に、仁太の回答が響き渡る。
しん、と静まり返った空気は、失望か、あるいは疑問か。
この重要な場面でそんなものを欲するのか?という疑問を、この場に居る何名かは思ったことだろう。そう、ナイフだけでは言葉が足りない。
そのことを理解したのだろう、サンダバは次の言葉を待っていた。もったいぶらずにさっさと言え、と目で語っていた。
「スタンガン内蔵ナイフ。いや、ナイフ型スタンガンって言ったほうが正しいかな」
「スタンガン?」
口を開いたのはボルボだ。聞きなれない単語に戸惑っているようで、ドーナもサンダバも同様に初めて聞く単語のようだった。徳郎だけは一人で納得したようににやにやと口元を釣り上げ、仁太の次の言葉を待っていた。
「細いワイヤーを射出して、それを相手に巻きつける。そのワイヤーを通じて流れる電流で敵を無力化する、非殺傷の護身用道具のこと。作れるか?」
仁太の問いかけに、サンダバはやや拍子抜けしたように、
「当たり前だ。作れるには作れるが……こんなつまらないものを俺に作らせるのか?」
「まさか。これで半分だ」
予想通りのサンダバの反応に、仁太は少々得意気になりながら不敵に言い返す。
そう、武器はこれで半分。否、これが半身。対となる、もう一方があって初めて、仁太の思い描く武器となる。
「超振動ナイフ」
瞬間、徳郎の吹き出す音が聞こえた。構わず、仁太は続ける。
「振動によって刃を超えた切れ味を実現する刃を持つ、もう一本のナイフ。この二本で一つのナイフが、俺の武器だ」
魔留鋼の合金で刀身を作り、そこへ超振動を再現する術式を記憶させる。仁太と徳郎から超振動ナイフの詳細を聞いたサンダバは、すぐさま形へと変えた。この時、仁太が化した"スタンガンナイフと変わらない外見にする"という要求は、苦もなく実現された。
どちらかといえばスタンガンナイフのほうに手間取ったようで、そちらはサンダバが考えた"からくり"によって実現したようだが仁太はその詳細を詳しく理解していなかった。
こうして作られた超振動ナイフは工房の売れ残った鎧や武器を容易く切り裂いたことで完成となった。鞘すらも切り裂くこの暴れ馬を抑えこむために、刀身の上には対魔術加工の施された金属で作った刃を持つ金属製の鞘が被せられる。この鞘は超振動ナイフを通常のナイフとしても使用できるようにするため、中を繰り抜いた刃のような形状となった。
敵を殺すな、と仁太に助言していた徳郎も、この危険極まりないナイフに怒るどころか、今度もいち早く意図を察して納得したようで、「なるほど、考えたな」という呟きを漏らしたことで他の三人への説明役を押し付けられることとなった。
「ま、ただの屁理屈ではあるけどな」
そう前置きして、徳郎は仁太の意図を代弁する。
機械人間を人間たらしめる部分はどこまでか? 仁太はこれを、生身の部分と結論付けた。すなわち、機械は機械に過ぎず、人にあらずという考え方をしたのだ。
彼らにとって義手義足は負傷した部分を補うための第二の身体などではなく、自ら肉の身体を捨ててまで手に入れた便利な道具に過ぎない。そう仁太は考えた。
ただの道具だ。そしてその道具を、彼らは悪事に使っている。言ってしまえば、彼らの足は強盗が使う車と同じで、彼らの腕は殺人犯が使う刃物と何ら変わりがない。ならば、それを破壊することをどうしてためらう必要がある?
そこで超振動ナイフが登場する。
ただのナイフでは、機械人間たちの鋼の身体は斬ることができない。だが、超振動ナイフならば、それが可能かもしれない。なにぶん未知の文明の金属だ。斬れない可能性も否定出来ない。が、この可能性は試す価値がある。
「義手、あるいは義足を斬り落とせば機械人間は無力化できる」
徳郎の説明に、サンダバたち三人は唖然となった。
「……むちゃくちゃな発想だ」
「だが間違いではない」
呆れたような声で呟かれたボルボの言葉を、ドーナが否定する。
サンダバは満足そうに、無言で頷いた。
圧倒的な攻撃力を有する超振動ナイフの最大の欠点は"ナイフの間合いしか持たない"という点だ。ただのナイフに比べて遥かに贅沢な能力を持った武器ではあるが、それを振るう人間が仁太となると話は違う。
鉄をも切り裂く斬撃は、おそらく一度当てれば勝敗を決するほどの決定力を有している。しかし、それは相手に当たって初めて効果を産むものだ。空をいくら斬ったところで何も変わりはしない。
そこで仁太が考えたのがスタンガンナイフの存在だった。中距離からのワイヤー、高圧電流による奇襲を得意とする一方で、接近を許してしまえば所詮はただのナイフとなる。
機械人間相手にスタンガンが通用するかは不明だが、少なくとも機械でできた義手義足にただのナイフが通用するとは思えない。それを相手に見ぬかれた時、スタンガンナイフの価値はゼロにまで急落する。
それこそが仁太の狙いだった。すなわち、相手に「あんなナイフ、義手で弾いてやればいい」と思わせることで、敵に接近とガードを促すのだ。
そのガードを、持ち替えた超振動ナイフでぶった斬る。たったそれだけのことだ。
言うなれば二本のナイフは一つの流れのために存在する。スタンガンナイフが油断を誘い、超振動ナイフの一撃を入れる隙を作る。二本のナイフの外見はほぼ一致しており、初見の相手にこれを見切られることはないだろう。
仮にこの二本のナイフの情報が敵側に流れた場合、今度は仁太へ接近することの危険性が相手側に理解されたこととなり、仁太に近づく者が減ればその分護衛も簡単になるだろう、という考えもあったが、結局は無意味になった。
ライティルの隣を駆け抜けた仁太は、超人的な速度を殺すために大地へ脚を突き立てる。すると、大地は大げさな音と多量の砂埃をもってこれに応え、数メートルほどの距離をかけて遂に静止した。
あれだけの速度を押さえ込んだにも関わらず、無茶をしたはずの脚から痛みを感じることはない。これも全て、ダムダの施した肉体強化術式によるものだ。
肉体強化術式は決して無償の強化ではない。"ツケ"を払うときは遠くない未来に訪れる。そのことを思い、仁太は自身の無茶を内心で嗤う。
とはいえ…、と仁太は素早く背後へと振り返る。
視線の先にあるのは、予想外の事態に体勢を崩す装甲人間の少年の姿。おそらく彼は今の今まで、あるいは今もなお、気づいていないのかもしれない。彼の右脚が、深刻な一撃を受けたという事実に。
仁太の攻撃、超振動ナイフによる初めの一撃は成功したのだ。
スタンガンナイフを見せる、いわゆる前半のステップはセナとの戦いの際に既に終えていた。しかし、状況の特殊さがさらなる慎重さを仁太に要求していた。
今の仁太の目的はライティルを青の層へと連れ帰ることだ。しかも、ただ連れ帰るだけでは意味が無い。セナの洗脳を解除するためには、ライティルの洗脳装置、すなわち右腕を破壊せずに捕らえ、連行する必要があった。
当初の予定である"ガードにとりあえず超振動ナイフによる一撃与える"という行動は右腕の破壊を招く可能性があった。必ずしもライティルが左腕による防御行動に出るとも限らず、それ以外の場面でも不慮の事故で右腕に超振動ナイフが触れてしまう可能性もある。
よって新たな目標が生まれた。"ライティルの行動を可能な限り絞らせること"だ。ライティルが特定の行動を取らざるをえない状況を作ることで、右腕の位置を予測し、そこを避けてこちらの攻撃を通す。
セナという少女の行く末は、仁太の行動に掛かっていた。うっかりライティルの右腕を切り落としてしまった、では済まされないのだ。
この役は仁太が自ら志願したものである以上、たとえ誰が許しても、仁太自身が失敗を許さない。
そこで仁太が取った行動は、
"仁太の狙いはライティルの頭部である"
この一点をライティルに信じさせることだった。
そのために使用する道具は、超振動ナイフの刃を持つ鞘と、既に役目を終えたスタンガンナイフ。
特に前者は現在の仁太にとって厄介な代物であった。対魔術加工された金属に術式として形成された魔力が触れると、術式としての形から無形の魔力へと変換される。一方、魔留鋼は周囲の無形魔力を吸収して自身の保持している術式としての魔力へと補充する性質を持っている。これらの性質を利用することで、刃状の鞘は超振動の術式を抑えつつ、また刀身の魔留鋼は己の魔力を損なうことなくいられる。
ところがこの刃状の鞘は副作用を持っていた。鞘全てが対魔術加工金属で構成されていたために、超振動ナイフの刀身のみならず、鞘の外側から魔力を有した物体が触れた場合にも術式を強制解除してしまうというものだ。地下牢でセナの術式が仁太に効かなかったのはこのためであり、実のところ、仁太もその時にこの副作用を理解したほどであった。その後、ライティルの風腕を受けた際に超振動ナイフを落としたことでダムダからの術式は受け取る事ができた。
一見して便利な副作用であるが、現在の仁太にとっては足かせでしかなかった。燃費が良くない上に刃状の鞘なしでは通常の鞘に収めることもできず、その上触れれば斬れるため非常に危険な超振動ナイフは、持ち運びには刃状の鞘を必要としていたが、肉体強化術式の加護を得ている仁太に鞘が一度触れれば術式は即座に霧散、超人的な身体能力は失われてしまう。手負いといえど装甲人間、生身の仁太で敵う相手ではない。このような事情から、この鞘は現状の仁太にとって厄介だった。
それだけではない。刃状の鞘などという代物は、普通のナイフには無いものだ。当然、スタンガンナイフにもこんなものはない。そのため、刃状の鞘を取り外すところを相手に見られてしまった場合、超振動ナイフがただのナイフでないことが相手に露呈してしまう恐れがあった。
そこで仁太はこの刃状の鞘を投げることにした。刃状の鞘を取り外すところを見られないように、あるいは誤魔化しの聞く状況を作る必要があったのだ。ゆえに、仁太は投げる。ライティルの頭部めがけて鞘を飛ばすことで、ナイフを投擲したのだと錯覚させると同時に、"仁太は頭部を狙っている"という認識を植え付ける手段としても利用するのだ。
跳躍、鞘の投擲。不意の跳躍との合わせ技により、ライティルは投擲された鞘を回避することに意識を割かれたようで、上手く誤魔化しがきいたと仁太は判断した。
そして着地からのスタンガンナイフの投擲。この投擲も敵の頭部へと向かわせた。ライティルは今度も回避に成功したが、むしろ直撃して殺してしまうことを恐れていた仁太にとって、この回避はありがたく、また予定通りでもあった。
この時点で仁太の仕込みは完了した。二度の頭部への攻撃、そしてライティルの唯一生身の部分が頭部であるという事実。この二点によりライティルは、接近戦に持ち込んだ仁太が頭部へナイフを突き立ててくると信じきった、……と仁太は信じた。
特にひねったところもない単純なフェイント作戦だった。勘の鋭い者ならば警戒してくる場面だろうとも思う。
しかし、ライティルはそういう人間ではない、という確信が仁太にはあった。根拠はセナに対するライティルの指示だ。あの時、ライティルは自身の指示がセナの力を制限してしまっていることに気づけなかった。柔軟な判断が見られなかった。それは、彼が戦闘行動に対して、素人の仁太以上に理解がないことを示していた。そんな彼になら、こんな単純な誘導さえも有効である、と考えたのだ。
結果、頭部への攻撃を予測したライティルは何が何でもそれを防ぎに来るはずだった。首から下が無傷であっても、頭部を破壊されては装甲人間とて生きてはいられないはずなのだから、守らなくてはならない。そして同時に、ナイフを鉄の腕で弾いてさえしまえば、その隙はライティルの勝機に直結することでもあるのだから。
つまり、ライティルは両の義手を使って頭部を守る。右腕は頭部へと向かう。これにより、仁太は頭部以外への攻撃権を得る。
狙うは右脚。横を走り抜けると同時に、その太ももをばっさりと斬り裂く。超振動ナイフの力が機械文明の義足に屈することはない、そう信じるしかなかった。
そして、仁太は成功した。
ライティルは両腕で頭部の守りを固め、それにより仁太は何一つ妨害を受けることなく、超振動ナイフで金属の右脚を切り裂いたのだった。
相変わらずの鈍重な更新で申し訳ありません。
今回は回想と説明がメインなのであまり話が進みませんでした。
非常にテンポ悪いのですが、戦闘の続きまで書いてるとマジで更新送れることになりかねないのでここで一旦投稿します。
しかし…一昨日くらいに見た時よりお気に入り数が一件減ってて既に手遅れ感漂ってる…。