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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第一章 異界
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その五



 ランジャに叩き起された仁太は、寝ぼけ眼を擦りながら大あくびをした。その後、ランジャがこちらに目配せしていることに気づいたが、寝起きの頭では状況を理解するのに少し時間が掛かった。

 森の中に灯りが四つ。仁太たちの所から距離こそ離れているが、四つの灯りは概ね等間隔にこちらを囲むように位置し、徐々に距離を詰めてきている。火の玉の類を想像したが、よく見れば灯りの下に人影が見えた。

 獲物を逃がすまいという意思が見え透いているほど露骨な陣形だ。とても歓迎している様子ではない。

 仁太が一通り状況を理解した頃合いを見計らったのか、ランジャは先ほど仁太を起こす前に投げて横した物を顎で差した。

 布をほどくと、中からむき出しの短剣が出てきた。川で仁太を襲ったゴリラ獣人が落とした短剣だ。あの後、ランジャが拾っていたのだろう。この獣人、結構ちゃっかりしているようだ。

 戦え、と言いたのだろうか。あるいは最低限の武器は持っておけ、とでも?いずれにせよ、武器を渡された以上、何かを期待されているのは間違いない。見えるだけでも4対1のこの状況、ゴリラ獣人を圧倒したランジャといえども勝利するのは難しいのだろう。せめて0.5人分の働きをしなくては、全滅は免れない。

 刃物を握ったのは家庭科の実習以来だ。手にした短剣はずっしりと重く、これを使って今からしなければならないことを思うと気も重い。この殺すための道具は、既に何人もの命を奪っているのかも知れないことに気づき、今すぐにでも手放したくなってくる。慣れない道具、慣れない状況。しかし数の上でも不利な現状で甘えたことは言ってられない。言ってはいられないのだが・・・。

 方位は着々と狭まりつつある。四つの灯りは無言で接近を続けるが、その足元からガサガサと茂みをかき分ける音がするようになった。こちらに気づかれたことを知り、音を消す努力をやめたようだ。

 迫りくる襲撃者を睨み構えるランジャの首筋を垂れた大粒の汗が、星のあかりを反射してキラリと光る。




 仁太には喧嘩の経験も無い。人を殴ったことなんて、一度もない。感情に任せて人を殴るのは蛮人のすることだと思っている。あんな野蛮な行いは、現代人として恥じるべき行為だ。男が拳を握るのは、何かを助ける時だけでいいという、殊勝な心がけを持っているが・・・今まさにそれが仇となっている。人間同士の喧嘩に慣れていたからと言って、この獣人が闊歩する異界の地で戦力になれるとは限らないが、問題なのは喧嘩が強いかどうかというよりも、他者を傷つける行為に慣れていないこと。つまり、仁太には戦う心構えが出来ていないということだ。

 刃物というのはつまるところ、刺すか切るかしかできない道具だ。生活において刃物は大変万能で優秀な道具だが、こと戦いにおいて出来ることなど限られている。特に素人の持った刃物など、相手を傷つける以外に何ができるというのだ。

 ゆえに、武器を手にしたところで仁太の戦力が飛躍的に向上するということはない。決定力を得たところで、それを行使するための条件が整わなければ意味が無い。言うなれば、今の仁太は引き金の折れた銃のようなもの。この刃物が振るわれるのは、事故か、あるいは彼が切羽詰まってなりふり構わなくなったときだ。

 包囲はさらに狭まる。灯りに照らされた人影が見やすい位置にまで来た。

 人影は小太りした低い体型のものが三つ、細身の体型が一つ。やはりガサガサと足元の茂みを掻き分けているようだが、先ほどよりも音が大胆になっている。あえて大きな音を立てているようにもみえる。こちらを精神的に追い詰める作戦だろうか。

 人影から考えるに、この四人の襲撃者はいずれもゴリラ獣人とは違う種族のようだ。また新手か、と考えた仁太だが、同時に別の疑問が生まれた。

 なぜこの襲撃者が自分たちの存在を知ったのか、という疑問だ。自分たちがこれまでに遭遇したのはゴリラ獣人のみだ。他に出会った相手はいない。だとすれば、この四人は自分たちが移動している最中か、寝ている間に見つかったかのどちらかだが、寝ているところを見られたのならば、わざわざこのような手の込んだ攻め方をするだろうか。

 しかし日中の間、ランジャは森を警戒していた。ランジャの索敵能力がどれほどかはわからないが、何か見つけたのならば自分に何かしら伝えてくるだろう。

 迫り来る四つの影の中、一つだけ形が違うというところも気になった。他の三つがあまりにも似すぎているのに、一つだけ全く異なるのだ。恐らく、種族単位で違うのだろう。とすると、この襲撃者は多種族の同盟ということになる。

 ここまで情報を整理して、唐突に仁太は閃いた。

 あらかじめ自分たちの存在を知った上で、ランジャが警戒していることを知った上でなら、この手の込んだ襲撃も、ランジャの索敵に引っ掛からずに尾行できたことにも納得が行く。仁太たちのことを知っているのはゴリラ獣人だけだが、複数の種族が手を組んでいるというのならあの四人にその情報が伝わっていてもおかしくはない。

 ではゴリラ獣人はどこか?去り際の様子から見ても、あのゴリラ獣人は相当の負けず嫌いだ。他人に任せて手を引くような輩だとは思えない。仁太が知る、あの手の性格は、どんな汚い手を使ってでも仕返しを実行するものだ。そしてトドメは自分の手で刺す。刺したがる。

 そしてゴリラ獣人は逃げるときにどうしたか?奴は走って逃げたりはしなかった。

 ガサガサと大きな音を立て、包囲網が近づいてくる。

 もう簡単だ。音を立てるのは精神的に追い詰める作戦なのではない。

「上だ、ランジャ!」

 斜め上。樹上を指差し、仁太が叫ぶ。言葉はわからずとも、差した指の意味は伝わったのだろう。ランジャは足元にあった握りこぶしくらいの大きさの石を掴むと、樹上へと投擲する。

 なるべく音を立てず移動しても、完全に木の葉の擦れる音を消すことは出来ない。炎と音で意識を下に集中させ、樹上を移動した"本命"が獲物を襲う作戦だ。

 鈍い音が響いた後、木の上から黒い影が落下する。数メートル先の地面に無様に落ちたそれは、右手に包帯を巻いたゴリラ獣人だ。ぴくぴくと痙攣しているところを見ると、気絶しているのだろう。

「──!」

 するとゴリラ獣人が落下してきたのとは別の木から怒声が飛び、別の影が現れた。赤い毛、一回り大きな身体。新たなゴリラ獣人がズドンと重量を感じさせる音と共に着地した。両の拳を構え、ランジャのほうへ向く赤ゴリラ獣人。短剣を持っていたゴリラ獣人とは違い、赤ゴリラ獣人は武器を持っていないようだ。ランジャも赤ゴリラ獣人に向かってナイフを構えた。




 灯りを持った四人のうち、ずんぐりとした三人は気絶したゴリラ獣人の元へ駆け寄ると、二人がかりで巨体を持ち上げ、一人は灯りを手にし、そのまま森の奥へと退散していった。残る一人、細身の人型はこちらへと向かってくる。仁太でも視認できる距離まで来た細身は、耳が尖って長く、鼻も不気味に長い。頭の形もどことなく四角に近い形で、髪はない。力づくで加工したような無骨な金属板で身を護っているのは鎧のつもりなのだろうか。その姿は、まるでゴブリンだ。ただし、仁太の持つゴブリンのイメージは小型の肉付きの良い鬼といったところだが、この細身のゴブリンはか細く、背も低くはない。人とゴブリンを足して2で割ったような印象だ。

 ゴブリンは迷わず赤ゴリラ獣人のもとへ加勢しにいくようだった。手に持つハンマーはトゲが生えていて、さすがのランジャと云えどもアレを食らっては相当なダメージになるだろう。

 現在、赤ゴリラ獣人とランジャは互いににらみ合い、小さな動きこそすれ、どちらも攻めには行けずにいる。ここへ援軍が来れば、どうなるか。

 仁太は手にした短剣を見る。

 あるじゃないか、素人にもできる、武器のもう一つの使い方が。

 嫌悪すべき人殺しの道具だが、それは同時に立派な威嚇の道具でもある。

 短剣をギュッと握りしめる。落とさぬよう、離さぬよう。筋が浮かぶほど強く握りしめて構えれば、仁太だって十分危険な凶器に見えるはずだ。

 息を吸い、一気に吐き出す。覚悟を決めろ、楠木仁太。恩人の危機を救うのは、今だ。

 ダッ、とランジャ背後から飛び出す仁太に、赤ゴリラ獣人は一瞬、気を取られたようだ。その隙を、ランジャは見逃さない。一気に踏み込むランジャに、赤ゴリラ獣人は仁太を気にする余裕などすぐになくなった。これにより、仁太は難なく赤ゴリラ獣人の横を通り過ぎる。

 向かう先は当然、細身ゴブリン。当の細身ゴブリンは、赤ゴリラ獣人とランジャの開戦を見て舌なめずりをしていたが、赤ゴリラ獣人と細身ゴブリンの間に仁太が割り込むと、その足を止めた。

 短剣の切っ先を向け、細身ゴブリンを睨みつける。仁太に殺意は無いが、背後でランジャと赤ゴリラ獣人が戦っているという緊張からか、自分でも驚くほどの凄みが出ていた。

 恐ろしい形相で睨みつける仁太に、細身ゴブリンは後ずさったが、すぐに思い直したようにハンマーを構え直す。

 背後でズドン、という轟音が響く。恐らく赤ゴリラ獣人が振るった拳が地面を震わしたのだろう。恐ろしい相手だが、仁太はランジャの勝利を信じていた。この状況では信じるしか無かった。

 ならばこそ、仁太の仕事はひとつ。一秒でも長く足止めし、ランジャの助けとなる。

 仁太の戦いが始まった。


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