その三十一
大変お恥ずかしいことながら、以前の内容で「物体に特定方向への運動量を付与する」的な術式を「慣性を与える」術式と表現してましたが、これ日本語としておかしいですね。
単純に加速させるというわけではないため加速術式と表現するのもどうかと思い、特に調べもせずに慣性術式などと表記してましたが・・・。別の表現を考えておかねばなりません。
過去の更新分に関しましては、その内修正して、また最新版の更新時に前書きに書いておきます。
これでも理系なんですよ、私・・・。ああ恥ずかしい・・・。
ラストタイガと別れてから数分。仁太の進む通路に、幾らかの部屋が見られるようになった。ふとした興味から、仁太は足を止め、通路から部屋の中を覗いてみることにした。セナは目前、ここまで来れば目的は達成されたも同然だという余裕から、好奇心が疼いて仕方がなかったのだ。
ドアもなく、壁をただ四角く繰り抜かれた空間。どの部屋にも作業台や簡素な椅子などが置かれており、ダストシュートを思わせる穴が壁に開いている。
当然ながらどの部屋も無人で、作業台の上には分解された機械の部品らしきものや工具などが転がっていた。
中でも目を引くのは機械の腕、脚が並べられた部屋だった。見るからにヘコみがあるもの、間接を境に上下が泣き別れしているものなど、新品でないことは明らかである。恐らく誰かの四肢を担うパーツだった物だ。
(遺品……みたいなもんなのかな)
死んだ仲間のパーツを集めて弔うのだろう、と仁太は考えた。無法者たちにも無法者たちなりの仲間意識があるのかもしれない。
脳裏に浮かぶのは、ジマのカカト落としで人としての原型を留めぬままに死んだ強化人間の姿。再び込み上げる吐き気は、深呼吸で抑えつける。
(アレ、トラウマになったかも……)
げんなりしながらも、仁太はなんとか嫌な記憶を振り払う。
セナはもうすぐそこにいる。さっさと助け出し、さくっと脱出すれば良いのだ。仁太は再び歩き出す。
その時だ。
──タン、と音がした。
「ッ!?」
緊張が全身を駆け抜け、仁太は足を止めた。否、足が勝手に止まった。身体を硬直させたものの正体は恐怖。
背後の作業部屋から響いた音。作業台の上の機械が地面に落ちた音ではない。まして椅子が倒れた音でもない。例えば、人間の足が勢い良く地面に付いたときに出る、そんな音。
続いて響いたのは、ガチャリ、という金属音。そこにペタッペタッという音が添えられている。
(足…音……!?)
嫌な汗が滲む。
何らかの手段で突然部屋に現れたのか。あるいは仁太が見落としただけかも知れない。とにかく、仁太の背後の部屋に誰かがいることだけは確からしい。
安心しすぎていた。慢心しすぎていた。突然の出来事に、仁太は動きが取れないほどの緊張に陥っていた。
(やばい……!ラストタイガさんとも距離あるし、逃げれば音でバレる!)
仁太の心が叫ぶ。
(俺が……やるしかない!)
ハッとして、緊張の呪縛を払いのけることに成功した。が、その時、不意に足に力が入ってしまった。
──ジャリッ、と。靴と地面の間が音を立てた。静かな通路に、この音量は致命的すぎた。背後の作業部屋の足音が止まる。気づかれたのだ。
一帯は、一瞬に無音状態となった。自分の心音が驚くほどよく聞こえる。呼吸の音もだ。
この状況に恐怖を感じながらも緊張の呪縛を払いのけることに成功した仁太は、静かに手を胸部鎧の内側に隠した武器へと伸ばす。袖が鉄と擦れて立てる音が緊張を加速させる。
徳郎から叩きこまれた機械人間に関する予備知識の一つに、彼らの武装には銃器が多くないというものがある。理由は色々な憶測があるようだが、弾丸を作る工場を神隠しの庭に作るのは困難だから、という説がもっともらしい。とにもかくにも強化人間程度では、大半が近接武器を装備している。
先ほどジマと戦っていた投石機型の腕を持つなど例外もいるので油断はできないが、いま仁太の背後に潜む機械人間が遠距離武装を有している確率はあまり高くないと見ていい。というより、そうであって欲しい、と仁太は願う。
鎧の中で、しっかりと武器を握る。相手が近距離武装であるならば、仁太にもまだ正気はある。足音から考えても相手は一人なのだ。距離も十分ある。大丈夫、大丈夫、と何度も心の中でつぶやく。
静寂は唐突に破られ、部屋の中から金属音と地を蹴る音が響く。
(来た……ッ!)
仁太が勢い良く振り返る。しかし、すぐには攻撃を仕掛けない。まずは距離を利用し、敵の動きを見ることを優先するだけの冷静さが、仁太に戻っていた。
初段を外すことは隙を晒すことと同義だ。その隙をフォローできるだけの能力も経験も、仁太にはない。ならばこの安全な距離から敵の出方を伺い、しかるべきタイミングで攻撃を行う、それが冴えたやり方。ゆえに仁太は武器に掛けられた手を理性で抑えこむ。
しかし、その手が武器を抜くことはなかった。
「お、お前!?」
「……あ?」
互いに声をあげる仁太と相手。
仁太の前に現れたのは、赤みがかった肌、細身の矮躯、四角い頭に長い鼻。ゴブリンと人を足してニで割ったその姿は、紛れも無くゴブリン型獣人。さらに手にした奇怪な小型のからくり槌。見間違える要素が何一つ無い。
「なんだ、おめぇか」
「サンダバかよ! ……なんでここに」
今朝方、工房で別れたはずのゴブリムが、目の前で安堵したように息をついた。
仁太も、相手が味方、かつ協力者の一人であることがわかり、緊張も恐怖も一瞬で吹き飛んでいくのを感じた。
「ふん、危うく殺しちまうところだったぞ」
「いきなりそう来たか。大した自信だな、おい。赤の層で俺に負けたくせに」
自慢気にハンマーを構えて見せるサンダバに、仁太は呆れた。
安堵のため息を誤魔化そうとしているのは明白だったが、仁太はあえてそのことはスルーした。
「何を言う。俺の持つこの新型サンダバ・ウェポンに掛かれば装甲人間であろうとミンチになったはずだぞ。おめぇみてぇなひ弱な人間など、一撃で五回は殺せること間違いなし」
「どうせまた伸びるハンマーなんだろ。どの程度のリーチかは知らないが、お前、俺の武器知ってるだろ。なにせお前が作ったんだし」
「た、確かにそうだったな……。ふっ、我ながら恐ろしいものを作ってしまった。自分の才能が恐ろしいぞ」
「あーはいはい……」
精神的な疲労を感じ、仁太はたまらずため息を漏らした。これが敵地の中枢でやるやり取りなのか、と一人で悩むが、それすらも馬鹿馬鹿しく感じる。
昨日の一件以来、サンダバとの間にあった距離感は失われたように感じた。友人というほど仲良くなったわけではないにしても、気まずさを感じることはなくなった。一度は対立した仲だが、今となっては懐かしささえ感じる。
互いの溝を感じなくなったのはサンダバの方も同様らしく、これまでの憮然とした態度以外の、素のサンダバらしき振る舞いが見え隠れするようになった。
「それで、なんでこんなところにいるんだよ。そもそもどうやってこんな下層まで来たんだ?」
一度はパステパスで別れたサンダバ。その彼が、よりにもよってこの下層まで来ているというのは奇妙な事態だった。現時点でも多くのパステパス兵がこの拠点下層を目指して洞窟迷路を彷徨っているはずなのだ。目の前のゴブリムがあの迷路を突破するだけの能力があるとは思えないし、まして複数人で行動する機械人間との戦闘を切り抜けられるだけの実力があるとも思えない。
様々な理由から、サンダバがこの場所に現れることは不可能だと、仁太は結論付けた。
「質問が多いぞ。まず、ここに来た方法。船で来た」
質問は二つしかしていない、というツッコミが仁太の喉まで出かかった。
言いながら、サンダバは元々仁太が向かっていた方向に歩き出した。目的の方角が同じことに内心驚きつつ、仁太も横に並んで歩く。
「そりゃあ船以外にないもんな。もしかして志願兵として参加したのか?」
「いいや、俺はもともと参加するつもりはなかった。志願兵の募集を締め切った後に、今回の相手が第五部隊だって知ったからな」
「だったらどうやって」
「徳郎、とか言ったか、あの男。あいつに頼んだ」
「頼んだって、そんなコネまであるのかあいつ」
「あるとも。ただし、密航の手助けを頼めるコネ、だけどな。俺は物資の中の木箱に隠れてここまで来た」
ふん、と何故か得意げに胸を張るサンダバの身体は小ぶりだ。ハンマー込みで木箱の中に隠れても意外とバレないのだろう。
「それで、隙を見て志願兵の中に混ざったって寸法だ。あとは攻撃を始めた時のどさくさに紛れて抜け出して、隠し通路を通り抜けて──」
「待った。なんで隠し通路なんて知ってるんだ」
「前に捕まったことがあるんだよ、ここの奴らにな。あ、言っとくが俺は悪くないぞ!連絡船で寝てる時に襲われて、いつの間にか連れされてたんだぞ!起きてればあんな奴らイチコロだったんだぞ!」
「わかった、わかったから……」
「ふふん、お前意外と物分りがいいな。それで、この島の中を色々知ったってわけだ。元々この島は機海賊団以外の連中が使ってたみたいで、機械に頼らないカラクリが結構ある。俺が今使ったのはその一つで、深い穴のような隠し通路だ。以前も、そこから下に落とされて、この階で通路から出た」
(それは隠し通路ではなくダストシュートだ)
という心の声は口に出したりはしない。
「何故か笑われたから殴ってやろうと思ったが、多勢に無勢、抑えこまれて牢屋にポイだ。まったく卑怯な奴らだぞ」
「うん。そうだな。卑怯だな」
「わかってくれるか!弱っちい奴は大抵"数は力だ!"とか抜かすもんだが……おめぇ、意外と見込みがあるな!」
「あ、ああ。ありがとう」
仁太が適当に打った相槌に機嫌を良くしたらしく、サンダバは一人で「うん、うん、そうか」と納得していた。
サンダバの話はとりあえず同意しておけばいい、というのが仁太が学習したことだ。中学や高校にも学年に一人か二人はいるタイプである。
「それで、目的は? もしかして、助けに来てくれた?」
「んなわけないだろ。この島の地下に用があって来ただけだ」
「この島の地下?」
「そうだ。聞いて驚くなよ、この島の地下には定期転移ゲートがある」
「転移ゲート!? どこに繋がってるんだ」
「赤の層。俺は赤の層へ帰還するために来た」
「なっ……!?」
サンダバの言葉に、仁太は言葉を失うほどの衝撃を受けた。
このゴブリムは元は青の層に住んでいた。つまり、やっとの思いでパステパスという第二の故郷とも言うべき場所に帰ってきたのだ。それを捨て、行く先はよりにもよって悪名高い赤の層。仁太の常識で考えれば、これは愚行と言う他ない。
驚く仁太の反応に、サンダバは「まあ、驚くだろうな」と自嘲気味に呟いた。
「イムケッタには……いや、イムケッタの旦那には世話んなったからな。ここの地下牢には機海賊たちも見つけてない隠し通路がある。その先にある転移ゲートを赤の層から管理してるのが旦那だ。機海賊たちが長期間島を離れ、地下牢で餓死しそうになってた俺を、旦那は助けてくれた。俺はあの人にまだまだ礼をしなきゃなんねえ」
「で、でも、あいつは右も左もわからない俺とランジャを襲うような奴だろ? ホルドラントも危険だって言ってた。それを……」
「旦那を悪く言わないでやってくれ。あの人にもあの人なりの考えがある。それにおめぇらにしたのは報復だ。腐れナイフ魔……確かランジャとか言ったか、あいつが俺らの仲間を襲ったから、旦那はそれに怒っただけだぞ」
「襲ったなんて、それは違う。ランジャは俺のことを狙ったタイラーンから俺を守っただけだ」
「そうなのか? おかしい、話が違うが……、まあ、そういうことだ。旦那は仲間思いなだけで、おめぇらのことを勘違いしちまっただけなんだぞ。頼む、許してやってくれ」
勘違いで殺されそうになる、などという経験を実際にするとは夢にも思ってなかった仁太であったが、今のサンダバに嫌味を言う気にはなれなかった。
たしかにサンダバの言い分は身内びいきで自分勝手なものだ。だが、仁太はそれを不快だとは思えなかった。サンダバが口下手ことはわかっているし、そもそも問題なのは言葉の響きの良し悪しではない。それに、彼が心の底からあの赤い屈強なタイラーン、イムケッタのことを信頼しているということだけは、確かに伝わってきた。
それ以前に、許す・許さないという言葉が、仁太にはどうにもしっくりこなかった。そんな偉そうなことを言えるだけの権利が仁太にあるとは思えない。仮に仁太が許さないとして、そこに何か意味があるわけでもないのだ。だというのに、サンダバは許してやってくれと言う。許さないわけには、いかなかった。
「うーん……まあ、そっちの言い分を聞く限りでは、イムケッタ本人に非はないみたいだし、いいよもう。過ぎたことだ。俺はこうして生きてるし、お前にも世話になった」
少し照れくさくなりながら、仁太が言う。それを聞いたランジャは顔を輝かせながら、
「そうか! やっぱりお前は物分りがいいやつだ」
「……馬鹿にしてんのか」
仁太は顔をしかめてみせたが、サンダバのほうはそんな仁太の表情など一向に気にしない。
おもむろに、サンダバが足を止めた。
「ここだ」
サンダバが足を止めたのは先の部屋とは違う、鉄の扉で閉ざされた部屋の前だった。わざわざこの部屋にだけ扉を付いているのは、ここが牢屋だからだろう。
見れば、扉は電子式のロックになっている。仁太も見たことのないような複雑な構造をして、いかにも手の込んでいるそれは周囲と不釣り合いな、異質な存在だった。
何やらゴソゴソと支度を始めるサンダバをよそに、仁太は探知機を取り出す。セナのいる方向を指すその針は、今仁太の目の前に向かって伸びている。どうやらここ以外に牢屋はないようで、こここそが仁太の目指す場所のようだった。
「よし。離れるぞ」
言うなり、サンダバが元来た道へとさっさと走りだした。ぽかん、とその姿を目で追うだけの仁太。
「爆破するから、急げ!」
「ちょっ、先に言えよ!」
サンダバの言葉に真っ青になりながら、仁太も走りだす。少しして、仁太の背後で爆音が響いた。
がらがらと音を立てて崩れる壁面。焦げ臭い臭いが通路に充満する。
「殺す気か!」
「まあ、指向性の爆弾だから近くにいても死にはしなかったはずだぞ」
「ったく……」
サンダバに続き、仁太も爆破された場所へと戻る。
爆発に耐えた扉が立ち尽くし、その壁に穴が開いていた。ご大層な扉だが、これでは意味が無い。製作者の苦労に同情しつつ、仁太は穴をくぐって室内に入る。
中に入ってから、サンダバと二人で来てしまったことに仁太は気づいたが、セナの中ではサンダバは従者とか子分とか、そのような感じの役回りという設定のはずなので誤魔化せると自分に言い聞かせた。
牢の中は広く作られていた。いったい何人収容するつもりなのか設計者に問うてみたくなるほどの広さだ。
その部屋の奥に、捜し求めた少女の姿があった。以前のように鎖につながれ、うな垂れる少女。気絶しているのか、寝ているのか。爆発の影響も考えたが、爆破された壁の位置とはずれているので、恐らく問題ない。
「セ──」
「待て待て」
叫び、駆け寄ろうとする仁太を、サンダバが制した。
「俺がいない方が都合が良いだろ? 少し待て、すぐに出てってやるから」
ニヤリと笑い、サンダバが岩壁のほうへと歩いて行く。ただ見ているのも寂しいと思い、仁太もその後を追う。
壁面まで寄ると、サンダバは壁の一箇所に手を当て、力を込める。ふんばること十数秒、グイと岩が押し込まれ始め、遂に人が通れるだけの隙間ができた。その奥には通路が見える。
「昔に作られたカラクリらしい。少しの間押してないと動かないようにできてる」
「よく知ってたな、こんなの」
「旦那が教えてくれたんだ。もしかしたらゴブリムが作ったものかも知れない、ってな」
感心する仁太に、サンダバが言う。心なしか、ゴブリムというところに誇らしげな響きを感じられた。
サンダバは隙間を通って中に入ると、岩の隠し扉を逆側から押す。完全に閉じきる少し前に動きを止め、僅かな隙間から顔を出すと、
「さて、もう特にやることないんだろうけど。まあ、その、なんだ。お前もがんばれ」
「ああ。ありがとな、サンダバ」
「もうお前と会うことはないかもな……。ていうか、二度と赤の層になんて来るんじゃねーぞ!」
「わかってる。俺の方から願い下げだ」
言って、仁太は別れる友に笑った。サンダバもまた、それに応えるように笑う。
隠し扉は完全に閉められ、仁太の前にはただの岩の壁面があるようにしか見えなくなった。
「さて、と」
牢屋の中には二人きり。妙な緊張を感じつつ、仁太は繋がれたセナのほうを見る。ぐったりと動かず、依然として目は冷めていないようだった。
少女の元へと、仁太は歩んでいく。以前に捕まっていた時と違い、セナの服装は昨日と同じままで、着替えさせられてはいない。彼女は大切にしている服を破かれるのを嫌っていたようなので、服が無事なことに仁太は安堵した。
セナと同じ目線の高さになるよう、仁太はその場にしゃがみ込む。ふと最悪の事態を想像し、耳を済ましてみたが、セナはきちんと呼吸をしていた。死んではいない。
先ずはセナを起こさなければいけない。セナの頬へと手を伸ばし、叩いて起こそうとしたが、寸前の所で仁太は思いとどまった。
(どういうふうにするのが勇者っぽいんだろ……。肩を揺すってみるとか? でも、台詞とかはどうするんだろ。起きろ、助けに来たぞ!じゃベタすぎるし……)
などと考えていると、セナの身体がぴくりと動いた。「あ」と仁太が漏らすと同時に、セナは顔を上げ、寝ぼけたような声で、
「あれ……勇者…‥様?」
と言った。
それでもって、今回は長くなるのでここで一旦切ることにしました。
次の内容からは行間は開かず、今回の最下段からすぐ続く文となります。
お気に入り登録数がもうすぐ、というかやっと、二桁に届きそうで嬉しい限りです。
また減ってしまわないよう、見限られてしまわないよう、頑張って更新したいです。と言った矢先に試験週間。単位と相談しながら書いてきます