その二十九
魔術にはただ一つの解というものはない。特定の効果という目標に対し、それを実現する手段は幾通りも存在する。
元の世界でジマが教わった索敵術式も、複数ある索敵目的の術式の中の一つだった。
反射と回帰の特性を持つように練りこんだ魔力を周囲に拡散し、再び自分の元へと戻ってきた魔力の情報を元に周囲の地図を頭の中で構築する。簡潔に言えば、これが彼の索敵術式の仕組みだ。戻ってきた魔力はそのまま自身の魔力として吸収できるため、術式の持続性は高い半面、常に十分な魔力を持っていなければ発動できない欠点を持つ。
林の中のような遮蔽物の多い空間では基礎となる術式の成立まで多少の時間が必要となったが、一度ベースとなる地図を組んでしまえば、あとは移動しながらでも術式の持続は可能である。
ジマには周辺の存在が手に取るようにわかるため、敵の奇襲を読むのみならず、敵への奇襲や、敵との戦闘そのものを回避することもできる。そのため無対策の相手、とくに魔力に馴染みがなく、レーダー類を搭載していない下位の機械人間相手には無類の強さを誇る術式の一つだった。
上陸時の騒動の影響だろう、仁太たちの周辺には機械人間たちが集まってきていたが、その全てをやりすごすことに成功した。
敵の一団をやり過ごした二人は、島内にいる協力者との合流地点付近にたどり着いた。
ジマが木の上へと登って上空のバディア兵の様子を確認する。このうちの何人かも協力者であり、ジマが探したのはさきほどジルベン丸へ合図をよこした一人。そのバディアは合流地点となる場所の周辺を飛ぶ際、同僚に感づかれない程度に合図を発する手筈になっていた。
先ほどからジマは時々、こうしてバディア兵の様子を確認して合流地点を探している。索敵術式では頭上まではカバーできないため、目視で確認する必要があった。
目的のバディア兵を目で追いながら、樹上で待機するジマ。実際のところジマは、ついでに仁太も、非協力者のバディア兵に見つかったところで問題はなかったりする。一般のバディア兵はジマや仁太の事情を知らないため、彼らが拠点攻略に参加していたところで不思議がったりはしない。あくまで待機中のジルベン丸から小舟が出るということだけが想定外の事態として報告されるだけである。そのため、こうして特に警戒することなく木の上から顔をのぞかせることもできる。
不意に、件のバディア兵が首を回した。何気ない動作だが、それこそが合図である。バディア兵はジマから見てすぐ近く、崖の上を飛んでいた。
自身が問題なく合流地点へと向かっていることを確認したジマは、憮然とした様子でボディーガードの帰還を待つ本日の勇者の元へと降りていった。
合流地点である崖周辺は木がまばらであり、崖の高さも相まって、この切り立った岩肌を登ったりあるいは降りたりすれば周囲から丸見えになることは間違いない。
幸いにも仁太達がいるのは崖下で、協力者が待機していたのも崖下であったため、その必要はなかった。
天然の岩の壁にぽっかりと開いた洞窟の中から現れた協力者は黒光りするクワガタ系の昆虫をベースにした獣人、グワン・ギー。半日限りの仁太の上司だった男である。
「遅かったなぁ」
さして周囲を警戒した様子もなく、グワンは二人の遅刻者を迎えた。敵地ど真ん中だというのに、グワンの態度は余裕そのものだった。
「ようこそ"勇者様"。姫の元へとお連れしてやりまさぁ」
からかうようにグワンが差し出したその手が握手を求めるものだと少し遅れて理解した仁太は、気乗りしないものの一応の礼儀として手を差し出そうとした。
が、グワンの手にベッタリとこべりつく液体の正体に気づき、すぐに引っ込めた。
苦々しい表情で顔を背ける仁太の様子が理解出来ないグワンは、「ん?」と自分の手を確認し、
「なんだ、血が苦手なのか。おめぇ意外と意気地なしだなぁ」
と苦笑した。
黒の甲殻でわかりづらかったが、グワンの身体は返り血に塗れていた。頭から生えるクワガタのような二本の角も、武器として使用した痕跡がはっきりと残っている。
鼻孔に入り込む鉄のような匂いに、仁太はより一層不快な気分になった。口を開くと不意の吐き気に負けてしまいそうで、開かぬよう固く結ぶ。
ジマのほうもこの場はジェスチャーで事足りると判断したようで、グワンの言葉には身体の動きだけで返事をしている。
「ジマの方はともかく、元新入りまで黙りこくられるとやりづれぇなぁ。まあいい、ついて来い」
グワンが洞窟のなかへ戻っていく。仁太とジマもそれに続いた。
洞窟の中に光源はなく、入り口から入り込む日光の日も奥までは届かない。次第に暗くなっていく道の途中、シュボッ、と唐突にライターのような音が立ったかと思うと、グワンの二本の角の先に小さな明かりがついた。何らかの術式であろうその光源は、数メートル先まで照らすほどの明るさを持っていた。
「ブッ!!」
何の前触れもないシュールな光景。あまりの不意打ちに、仁太は堪らず吹き出してしまった。
「へへ、笑ったな元新入り」
とっておきのイタズラを成功させた悪ガキのようにグワンが言った。
「……笑ってません。むせただけです」
「へっ、まぁそういうことにしといてやらぁ。そんじゃ、ぼちぼち話すか。ここからは当分一直線だが、ジマは念のため警戒は続けておいてくれ」
グワンの後ろを歩いているというのに、ジマは黙って首肯した。見えないジマの行動を感じ取ったのだろう、グワンは苦笑しつつ話を続ける。
「この島の各所にはこうした洞窟の入口があるみてぇで、そのどれもが迷路のようになりながら繋がってて、さらにそれが何層もある。あまり資源の消費を許されてないのか、はたまた重要な拠点じゃないのか、機械でできた罠みたいなのは見当たらないが、天然の迷路がなかなか厄介だ。現在、非協力者たちは下二層までしかみつけてない」
「つまり、協力者の中に、更に下の層まで探索し終えた者がいるのか」
「そういうこった、ジマ。それどころか、セナちゃんの牢屋まで見つけたって話だ。非獣人の見かねぇ奴だったが、相当な探索術式の使い手らしい」
探索術式とは、索敵術式よりも探索用途に秀でた術式を指すらしいことは、仁太にも察しがついた。理屈はわからないが、"術式"という文字の前に付くのが用途を指しているようだった。
「そこまで元新入りを送り届けるのが俺の仕事。他の協力者の連中は上手い具合に非協力者連中をハズレの道へ誘導してくれてるが、あまり長くはもたん。ま、気持ち早めに歩いてもらえると助かる」
またしてもジマが無言で首肯。仁太も「……わかりました」と不機嫌さを隠そうともしない声音で答え、小走りに切り替える。
ジマは言うまでもなく足が早く、グワンもまた逞しい身体つきに見合った足の速さの持ち主であり、彼らの早歩きは仁太の小走りに匹敵するほどの速度を持っていた。急いでいると言いながらもこれ以上速度をあげないのは仁太への気遣いもあるのだろうが、今の仁太にその行為を素直に受け取るのは難しかった。
当初はあれこれと一人で話していたグワンだったが、「そろそろ分かれ道が出てくる」と口を閉ざし、そのあとはしばらく無言の進軍が続く。時折、遠くから金属同士がぶつかり合うような音、怒号、悲鳴などが聞こえてきた。分かれ道の先で戦闘が発生しているようだった。
「もうちょいだ」
グワンがそう口にした時だった。ジマがぴたりと足を止める。
「前方と左手の脇道から数名ずつ来ている。おそらく機械人間、すぐ近くまで迫ってる」
「すぐ近くだと? クラスは?」
「恐らく強化人間」
「恐らくってなぁどういうことだ。お前なら形状まで細かく分かるんだろ?」
「……うむ。術式が正常に機能していない。どうやら入り組んだ道の影響が出ている」
無表情ながらも狼狽した様子でジマが答えた。
「早く言え!」
「すまない……。なにぶん、洞窟内で使用するのは初めてでいまいち勝手がわからない」
「あぁ、もう、言ってても仕方ねぇ。迎撃するぞ!」
そう言いながらも、グワンは移動を再開した。このまま進んで左前方の道を通りすぎてしまうと、敵に挟まれる形になる。
ジマも一拍置いてから意図を理解したようで、仁太にも走るよう促しながら走りだす。困惑しながらも仁太はそれに従った。脇道のまえでジマは止まるが、仁太には「グワンのもとまで走れ」と指示を出す。
「いいか元新入り、そこの右手の道をまっすぐ進めば爺さんが待ってるはずだ。時間がねえ、ついて来い!」
「ついて来いって、敵はもうすぐそこまで来てますよ!」
前方に明かりが見える。四人以上の機械人間が、こちらに向かって走ってきているのだ。あの位置では、脇道にたどり着くよりも早くこちらと接触してしまう。
「問題ねぇ、俺が何とかする」
「で、でも!俺も戦いますよ!」
「要らん世話だ!」
コツン、と仁太の頭が軽く叩かれた。げんこつではなく平手だったが、グワンの硬い甲殻はげんこつよりも硬く感じられた。ちなみに、血の付いていない方の手だった。
「気ぃ使ってんだよ、俺もジマも!おめぇ、血が苦手なんだろ? だったら任せとけ!」
ダンッ、と一際強く地を蹴り、グワンが加速。仁太と一気に距離が離れる。そのまま前方へ突き進み、脇道の前を過ぎて二人に迫る機械人間に接近。
「くおらぁ!」
掛け声と共に、グワンが機械人間へ体当たりをかました。加速のついた巨躯の一撃に、数名の機械人間が吹き飛んだ。
「今だ!」
「はい!」
グワンの掛け声を聞き、仁太も脇道へと全力で走る。機械人間の一人が仁太の元へ迫るが、その腕をグワンが掴み、強引に後方へと投げ飛ばした。
隙のできたグワンに別の機械人間が手甲から生やした剣で斬りかかるが、グワンが少し身体を逸らすと、刃は甲殻の上を滑り、逆に隙を晒すこととなった。すかさずグワンがその後頭部を強打する。
あの様子なら心配は要らないだろう。そう判断し、仁太は先を急ぐことにした。
「行ってこい、元新入り!セナちゃんに俺の武勇伝を伝えるために!」
背後から響いた声に、仁太はため息をつくことで返事とした。
あと何回でまとめられるだろう・・・