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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
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その二十八


「おー仁太、やっとか。随分掛かったじゃねえか」

 甲板に出ると、仁太を呼ぶ声がした。

 声の方を向くと、木星の小舟の横にいる赤毛の鳥人ヘーントが顔だけを仁太のほうへ向けていた。小舟にかざした両手が怪しく光り、小舟の周囲の景色が怪しげに揺らめいている。なにかしらの魔術を施しているのは仁太にも一目で分かった。

 その横にはジマもいる。

「術式の準備は?」

 仁太の前を歩いていたウキマがヘーントに尋ねる。

「空気の方はあとちょっとだ」

「では手伝いましょう」

「悪いな。仁太、ジマ、お前らはもう舟に乗ってろ」

「あ、はい」

 促され、仁太が小舟に乗り込む。無言のまま、音も立てずにジマがそれに続く。

 その船にはエンジンもなく、近くに櫂も見当たらず、そもそも海の上を行くにはいささか頼りないほど貧相なものだったが、仁太には思い当たる節があった。

「これで島まで行くんですよね?」

「ああ。こいつを魔術でグイッと押し出してな」

「やっぱり。前にセナも使ってました」

「だろうな。これはリーマットの爺さんが得意な術式の一つなんだ。パステパスで魔術を学んだ奴は大抵教わってる、便利な術式だぜ」

 仁太の問いかけにへーントが答える。

 物体に慣性を与える術式、これがリーマットの得意なものの一つらしい。仁太には当然原理などわからないが、とにかく物体を一定方向へ動かす術式のようだった。

「でも意外です。てっきり、ジマさんに空から運んでもらうんだと思ってました」

「ハハッ、気持ちはわかるぜ、それ。だが今回は駄目だ。島に対空砲台がないとわかってから、何人かのバディアたちが上空から島を監視するよう指示された。あいつらは全員、視力が高い。船で島に近づけば、まずバレるだろう。ここから見えるだけでも、徳郎が説得してない兵が何人か見える。あいつらにバレるとベルザルクさんに連絡が行って厄介なことになる」

「だから海中を行く、と」

「その通りだ。パステパスには海で活動できる獣人がいないんだわ」

「出発は上空のバディアがこちらを見ていない隙を突きます。あとは上陸するところを見つからないことを祈るのみです。勇者様の強運に期待させてもらいましょう」

 からかうようにウキマが説明を補足する。それが終わると同時に、ヘーントとウキマの手の発光が収まる。術式を掛け終えたのだ。

 二人は手をそのままに、再び両手を光らせる。先ほどとは違い、赤い光を発する二人は、先程よりも違って少しばかりつらそうに見える。

「じゃ、行くぜ」

「しっかり捕まっててくださいよ…」

「え、あ、はい」

 披露の滲んだ声でへーントとウキマが言う。額から汗が一筋流れる様子を見て、仁太はわけもわからぬままヘーントの言に従い、小舟の掴めそうなところを探し、しっかりと掴む。

 以前にセナがこの術式を使った時と比べ、ヘーントとウキマの様子は明らかにおかしい。あの時のセナは別段くたびれた様子もなく、余裕のある表情をしていた。それとも、エルフの獣人である彼女が特別なのだろうか?

 それだけではない。何かに掴む必要があるのだろうかという疑問もある。以前の時はほとんど不意打ちのように発動された術式だ。当然何も掴んでいなかった仁太だが、問題はなかった。

 そこまで考えて、やっと仁太は気がついた。

 セナと同じ術式だからといって、必ずしも全て同じとは限らない。違う部分があるとすれば、

「今です、ヘーント!」

「うおらぁっ!」

「せいっ!」

 速度だ。

 二人の掛け声(と少年の悲鳴)と共に、小舟は一瞬上昇すると、船縁を飛び越えるようにして海面に高速で突っ込んでいった。

「ひぃっ!?」

 物理的にあり得ない軌道。着水時には一切の水しぶきがたたず、海面はなんの抵抗もせずに小舟を受け入れた。

 ある程度潜水した小舟は、またも自然な動作で、しかし不自然に、傾きを海面と並行するように修正する。

 一瞬にしてジルベン丸は遥か後方へ消え、なおも速度を緩めず、かといって加速もせず、一定の速度を保ちながら小舟は水中を進む。

 詳しい速度はわからないが、セナの時よりも格段に速い。まるで絶叫マシンにでも乗っているような感覚だった。

「これ……ちょ、速っ…‥!?」

「しゃべるな。舌を噛むぞ」

 うろたえる仁太とは対照的に、落ち着いた様子のジマが言った。

 仁太は黙って首肯した。


 ほどなくして小舟は島へ上陸した。

 上陸寸前、ジマが魔術で小舟の速度の調整を行った。程よい速度にまで減速された小舟は砂浜の上を滑るようにして林の中へと突入した。

 最終的に小舟は木に激突して動きを止めた。激突音、木々が揺れ葉が立てる音、驚いて飛んで逃げる鳥が数羽、とお世辞にもスマートな上陸ではなかった。しかしいずれも上空で監視にあたるバディア兵たちには戦闘の余波としか見られないため、仁太たちの上陸がバレることはない。

 激突するすんでの所で仁太を抱きかかえたジマは小舟から跳躍して離脱。上陸は無事に成功した。

 地面に下ろされた仁太は、まず呼吸を整えることに専念する必要があった。絶叫マシンの類が苦手な彼にとって、この移動方法は予想外の負担だった。

「ゼェ……ゼェ……、すみません、少し、待って、ください……」

「……」

 搾り出すような仁太の言葉に、しかしジマは反応を示さない。

 ジマが寡黙な男ということは数日の生活の中で理解していた。だが、最低限のコミュニケーションはとる。この様な状況で一言返答する手間を惜しむとは思えなかった。

 返答を持つが、沈黙は続く。

 次第に落ち着きを取り戻し、気まずさに耐え切れなくなった仁太が声を掛けようとした時だった。

「……敵がいる。数は三」

「え?」

 ジマが唐突に口を開いた。

 敵、すなわち機械人間がいるらしい。あれだけの音を立てたのだ、様子を見に寄ってくる機械人間がいるのも当然だ。

 仁太もジマの視線を追うが、木々が生い茂るばかりでそれらしき姿は見つけられなかった。

「問題はない、この人数は想定内」

「お、俺も手伝います!」

 応戦するべく、サンダバに作らせた武器を取り出そうとする仁太を、ジマは片手で制した。

「問題無いと言った。無闇に手の内を晒すものじゃない」

「あ、はい。情報共有機能、でしたね」

 昨晩、仁太は武器の完成を待つ間に徳郎から機械人間についての知識をいくらか教え込まれた。機械人間のランクの見分け方、一般的に知られている機械人間の特性、仁太がサンダバに作らせた非殺傷武器の有効な活用法など。情報共通機能も特性の一つとして教わっていた。

 正式名称不明のため情報共有機能と名付けられたそれは、文字通り機械人間同士の情報共有のことである。詳しい原理などは不明であり、過去の戦いから推測された機能に過ぎないが、機械人間たちが視覚情報、思考情報などをお互いに共有できるということはほぼ間違いないとのことだ。

 この機能は最下級である強化人間にも備わっている。たとえ雑兵相手といえども一度でも交戦してしまえば位置が知られてしまい、奇策に依存するタイプの者は後々の戦闘に支障を来すことになる。これが機械人間の強みの一つだ。

 それゆえ、ここで仁太が戦闘に参加することは得策ではない。

「すぐに終わる」

 言って、ジマが駆ける。鳥の獣人でありながら、その速度は人間の比ではない。予想外の速度に驚きながら、おそらくダチョウのような特殊な鳥類がジマのベースなのだろうと仁太は推測した。

 地をえぐり、豪快な足音を立て、ジマは一本の木を目指して一直線に疾走した。

 急な接近に驚いたのだろう、木の陰から一人の男が飛び出した。両腕のみを機械化した強化人間だ。

 目前に迫ったジマは既に攻撃態勢に入っていた。それを見て、人間の筋肉よりも硬度の高い鉄の腕で防御姿勢をとろうとする強化人間だったが、動きが遅すぎた。

 否、ジマが早過ぎた。

 防御は間に合わない。打ち出された青い豪脚が男の頭部を捉え、男の身体が回転しながら数メートル先の茂みに消える。

 直後、敵を仕留めて動きを止めたジマを狙って拳大の岩が飛来した。仁太からもジマからも死角となる位置から射出されたそれを、ジマは首の動きだけで回避する。そのまま振り向くことなく前方───岩が射出されたのとは別の方向───へと跳躍、木々を蹴りながら樹上へと消える。

 急いで仁太も視線を樹上へと移すも、頭上から葉と枝を揺らす音が聞こえるのみだ。

 仁太と同じくジマを見失ったのだろう、新たに一人の男が姿を表した。やはり腕を機械化した強化人間のようだったが、先ほどの男とは腕の形状が異なり、右の腕だけがやけに大きい。

 木の陰に身を隠した仁太には気づかない様子で、男は走りながら巨大な右腕を上方へと向ける。樹上から聞こえる音を頼りに右腕から岩石が射出されるが、特に成果は見られない。

 足を止めずに2,3発と撃ちだされる岩石はやはり空を切るのみだ。ついに男の右腕は弾切れを起こしたようだが、その時点で男は地面に半分埋もれた巨大な岩の前に立っていた。移動しながらの射撃は次の弾を補給する目的もあったようだ。

 男の左手のギミックが作動し岩を削り出そうとしたところで、樹上から飛来した岩石が彼の頭部へ命中。二人目が撃破された。

(確かにこれはイージーモードだな……)

 あっさりと二人の敵を撃破したジマの活躍に、仁太は完全に気を緩めていた。まだ敵が一人残っていること、戦闘が終わっていないということなど些細なコトとしか思えないほどに。

 そんな仁太の背後で草の揺れる音がした。

「……ッ!?」

 驚いて振り返ったのと、背後に迫っていた三人目の強化人間の頭部に、樹上から飛び降りてきたジマのカカトが直撃したのは同時だった。

 ゴシャッという嫌な音が耳に届いた時、仁太は事態を理解できずにいた。飛び散る赤い液体の正体を理解するまでに要した時間は、およそ3秒。

 人の体が立てたとは思えない不可思議な音を立てながら強化人間の身体が折れ曲がって崩れていくのをただ呆然と眺める。

「すまない、囮にした。怪我はないな?」

 平然と舌ジマが謝罪する。直前に人の頭蓋を蹴り砕いたことなど何でもないかのように。

 ジマが強化人間の頭部ごと地面にめり込んだ足を引きぬき土を払っている。

(あれ、赤い……)

 おかしい、普通の土はあんな色をしていたか?

 停止していた思考が動き出す。

「……うっ」

「?」

 不意に急激な吐き気が襲ってきた。怪訝そうな表情でジマが覗き込む前で、止める間もなく逆流が始まる。

 膝を着き、喉を登ってきたモノを目の前の強化人間"だったもの"にぶちまける。

 その様子を、ジマは黙って見ていた。

 ほどなく、嘔吐は収まった。喉に焼けるような感覚が残る。

「終わったか」

 仁太の嘔吐が止まったのを待って、ジマが声を掛けてきた。やはりその声は通常時と変わらない。

「後続が来る前に場所を移りたい、立てないようなら手を貸すが……ん?」

「なん……で……」

「どうした?」

「なんで……、なんで!」

 急に怒鳴られたジマの方は仁太の意図がわからないようで、仁太の言葉の続きを待っていた。

「なんで殺したんですか!?」

「……そんなことか」

 仁太の言葉を受け、ホッとしたようにジマが答える。

「そんなことって……ッ」

「お前に想定外の問題が生じたのかと心配した。だから"そんなこと"、だ」

「人を一人殺しておいて、そんなことって!」

「この場に限って言えば、三人だ」

 その言葉が、先に倒された二人の死を意味しているのは明白だった。

「……ッ!どうして殺す必要があったんです!? これだけ力の差があれば気絶で済ませることだって……」

「こいつらは生きている限り人を殺す」

 淡々と事実を述べるように、感情のこもっていない声でジマが言った。

「だから殺す」

「そんな……ッ」

 人殺しだから殺す。青の層においてそれが正しい考え方であることは仁太にも理解できた。機海賊団の全てを捕らえて更生施設にぶち込むなど現実的ではない。ならば殺すことこそが一番確実で、手っ取り早い手段だ。

 だからといって、すぐに認め、受け入れられるかと言うと、簡単な話ではない。

「それでも、こんなの……」

「これはこいつらのためでもある。死んでしまえば、もう誰も殺せない」

「そんな言い方って……」

「……」

 それきりジマは口を閉ざした。先ほどと同じように、林の奥を見つめて周囲の気配を探っているようだった。

 片手で口元を抑え、半べそをかきながらもなんとか立ち上がった仁太に、ジマは無言で水筒を差し出した。

 口に水を含み、口内に残っていた吐瀉物の欠片を洗い流して茂みへと捨てる。死体の方を見ないようにしながら、膝についた土を払い、気持ちを切り替える準備は整った。嘔吐の疲れで多少身体に疲れは残るが、気合でどうにかなる。

 目の前で起きた出来事に、未だ納得はいっていない。それに、ここから進めばもっと多くの死体を目にすることになるのも間違いない。たとえ仁太が手を下したわけでなくとも、目の前で人が殺されるのを見るのは辛かった。

 それでもセナを助けるためには進むしか無いのだ。

「……もう大丈夫です。行きましょう」

 無言でジマが頷き、島の中心部へ向けて走りだした。戦闘時とは打って変わって、静音かつのんびりとした走りだ。送れまいと、仁太もそれに続いた。

R-15指定付けてなかったんですけど、この程度ならグロ描写の内に入らないと思うので大丈夫ですよね?



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