その二十五
数時間前。
明朝と定めた出撃時刻に備えて兵士たちが寝静まった夜遅くに、第一島エウネスから第七島パステパスへ正式に第五部隊拠点への攻撃許可が下りた。
本来、七島同盟に加盟する島々の運営については、実質的な島のリーダーである島将に一任されているが、機海賊団への大規模な攻撃行動に限り、七島同盟管理役からの許可なしでの実行は禁じられていた。
もとより青の層の平和のために発足した七島同盟では、争いを避けることが第一目標として掲げられていた。戦闘行動で傷つくのは兵士たちであり、兵士たちもまた守るべき住民である以上、必要以上の戦闘は避けて通るのが筋である。
機海賊団は紛れも無いならず者の集団であり、その行動原理は自分本位の一言に尽きる。例え第三者の目からも明らかな非があろうと、彼らがそれを負い目に感じることなどあるはずもなく、よって大規模な攻撃を受ければ当然のように大規模な反撃が待っている。最悪、戦争への発展もありうる。
七島同盟が最も恐れる事態は青の層全土を巻き込んだ戦争であり、これには海中で暮らす魚系獣人も静観せずに介入してくることが予想され、死傷者の数が想像を絶するものとなるのは疑いようもない。
よって、七島同盟の創始者である魔法使いユラ・エウネスから続く同盟の最高監督職、"管理役"はよほどの理由がない限り、機海賊団の拠点への攻撃を禁止すると定めている。違反した場合、即座に島将の任は解かれ、要求に従わない場合は他の島将を投入しての強制排除、島ぐるみで違反者を庇えば七島同盟からの除名と、厳しい処罰が課せられる。
今回、パステパス側の提示した「拉致監禁された住民一名の奪還」は、本来ならば許可が下りることはないはずの内容だった。
島民一名と戦争の危険。天秤に掛けるまでもなく、残酷な決定は誰の目にも明らかだ。明らかな筈だった。
現管理役ユラ・エウネス四世の持つ連絡用魔法・空間接続術式で届けられた羊皮紙を、ベルザルクは半ば驚きながら、しかし半分は納得と共に眺めた。少なくともこれで、彼が言葉巧みに兵士たちを扇動して島全体に「管理役の決定に逆らってでもセナを助けに行きたい」という熱気を広げたのは取り越し苦労となり、同時に島将の席を追われる心配もなくなった。
この決定が示しているのは、管理役の優しさでもなければ、ベルザルクの交渉力でもない。
第五部隊には戦争の危険を犯してでも破壊しなくてはならないものがある、ということだ。
ベルザルクにはその"危険物"の正体について、心当たりがあった。この瞬間、ベルザルクの希望的観測が砕け散ったのだが、それを知るのは恐らくコーサを除けば管理役くらいのものだろう。
現実がどうあれ、許可が下りた以上、いまさら第五部隊討伐をやめるわけにもいかない。それに何より、彼自身の真の目的は死んでいない。
明朝、ベルザルクは侵攻部隊と共に島を発つ。
現在、ベルザルクは見知らぬの海域にいる。七島同盟の管理する海の外だ。
ここは敵陣の真っ只中。ベルザルクが乗る船の先には、機海賊団第五部隊の拠点と目される島があった。
人工物の見当たらないその島は一見すれば無人島である。が、ここに機海賊団がいることを、ベルザルクとその部下たちは確信しており、既に上陸部隊が偽装された敵基地内部への侵入を始めていた。
司令官として旗艦に残り、島の様子を監視するベルザルクの手には金属製のコンパスに似た道具があった。円形の中心に針、一見するとコンパスにしか見えないそれが指し示すのは方角ではない。再生術式を施された物体を針の先に仕込むことで物体の元あった場所を探る、魔術文明の一般的な道具の一つである。
針は今、まっすぐにこの島を指し示していた。セナの髪の毛を取り付けられたこの探知器は、目の前の島に囚われのエルヴィンがいることを知らせている。
この探知器により、ベルザルクたちはこの島が第五部隊の拠点であることを特定した。
また、探知器で生命体を探知する場合、対象が死体では機能しない。探知器が機能することで、ベルザルクたちは拠点の所在意外にも、セナが存命であることも知った。もっとも、セナの存命については、探知器など無くともベルザルクは確信を持っていたのだが、こうして明確な形で兵に示せたおかげで彼らの士気は目に見えて上がった。
今現在突入している各部隊はいずれも同一の探知器を所持しており、様々な方面からセナのいる場所を探して侵攻を続けている。
海上、島の反対側にはパステパス最速の船・ジルベン丸が控えており、探知器がセナの島外への移動を示した場合、ベルザルクの乗る旗艦とジルベン丸が追撃に移る。
これにより陸海を抑え、万が一島上空へと逃げられた場合も、兵士の4割を占めるバディア部隊の追撃が始まる。
今回のセナ救助作戦において、ベルザルクは一つ、兵士たちに命じていることがあった。それは、セナの捕らえられている部屋を発見してもセナに接触せず、すぐにベルザルクに知らせること。理由としては、ここが敵の拠点である以上、セナを囮にしたトラップが存在する可能性があるから、とした。
このトラップという概念は、実は術法文明では珍しいものだった。魔術・魔法・精霊術のいずれも、術式を構成し次第即時発動という性質上トラップに向かないこと、正々堂々を重んじる術師が多いことなどが主な理由だ。
それゆえ、神隠しの庭で出会ったトラップという概念は術法文明の出身である獣人達には未知な部分を持つものであり、戦闘慣れしているベルザルクの言には多くのものが口答えせずに従ってくれた。
ある事情から、兵士たちをセナに会わせるわけにはいかない。上記のトラップを口実にした命令も、本来の目的は別にある。
兵士が傷つくことを嫌うはずのベルザルクが、他人に最前線を任せて旗艦に残る理由。司令官として本陣にてどっしり構えている必要があるなどというのは建前に過ぎず、実際のところは島からセナを連れだされた場合即座に追撃ができ、島内で発見された場合も自分が真っ先にセナに接触できる最善の位置が旗艦だから、というだけだ。
兵士を戦わせない。島民の命を軽んじない。この二つの理念をなげうってでも、やらなくてはならないことが、彼にはあった。
(島民の命を軽んじない、か……)
自嘲気味に、ベルザルクは一人、苦笑した。
あの"化け物"のワガママを許しておいて、自分は今さら何を考えているのだろう?
昨日のパステパス襲撃は囮であり、島中の注意を襲撃者に向けさせた上で、第五部隊はセナと仁太の乗る輸送船を襲撃。多くの乗客が殺され、セナは拐われた。
島の兵士を使わず、単独で襲撃者の撃退を買ってでた間抜けで傲慢な島将。その結果囮などという初歩的な兵法に引っ掛かったベルザルクに全責任があるのは疑いようもなく、本来ならば辞職してもおかしくない程の失態といえる。コーサを避難しながら、ベルザルク自身も自らの身勝手で多くの人間を危険に晒したのだ。
思い返せば、前回も、今回も、被害にあったのは共にセナだった。
しかも、その上、これからベルザルクが彼女に下すのは、更なる横暴。更なる業。
(果たしてこれが、理想に至る正しい道筋なのか?)
ベルザルクは自問する。
ある目的のもと、この魔法使いは新たにパステパスという島を開拓し、七島同盟に加盟すると、自ら島将の座についた。
今のこの状況は、彼の目的を達成する第一歩とも言える状態にある。これは誇らしいことのはずだった。ここまで来るのには長い年月と、なみなみならぬ努力が必要だったことを、彼は一日たりとて忘れてはいないが、決しておごったりはしない。
ただ懸命に走った末の、スタートライン。
だが、彼はそれを素直に喜ぶ気にはなれない。
セナリアラ・イアラ。可哀想な少女。彼女の予見能力が真実であったならば、この事態も事前に知っていたに違いない。
(ならば、彼女はこんな自分を許してくれるだろうか?)
あるいは、
(それでも、彼女はこんな自分を許しはしないだろうか?)
更なる自問。
(……わからない)
ベルザルクには、他人の気持ちが読めなかった。
家族の心さえ、長年連れ添った相棒の心さえ、彼には読めなかったのだ。赤の他人の少女の心など、読める道理がない。
そんなベルザルクにもわかることはある。
彼が今からやろうとしていることは、おそらく多くの人間を憤らせる。
どれほど深くベルザルクを信頼している者でも、きっと離れて行ってしまう。これだけは、彼にも確信が持てた。
だが、それではいけない。彼の目的は未だスタートラインに過ぎず、ここで信頼を失えば、事態は後退し、全てのふりだしに戻ってしまう。
だからこそ、ベルザルクはやらねばならない。自身の求心力を失う出来事は、少し手を加えて転じてやれば、全く逆の効果を彼にもたらしてくれるのだから。
「我ながら汚い考えですね……」
ついぞ答えは見つからず、結局ベルザルクには開き直る以外の選択肢はなかった。
自問自答を終え、ベルザルクは手に持つ探知器に視線を落とす。針の先は以前島を指したままだ。
しかし、その針は微かに震えていた。
「感情の起伏が妙に大きいなどの幼さを除き、なるべく普通の高校生」を目指した仁太にはなるべくネットスラングやオタク用語を使って欲しくなかったので、その代わりとして作ったのが徳郎です。
初期の案では取り巻きのタルラ、ミアと共に
「仁太氏仁太氏、お船の上でセナたんと何があったっちゃか~?」
「拙者たち、興味津々でござるよ~」
「Hなイベント、あったなり~?」
「しょ」
「う」
「さ」
「い」
「「「キ・ボ・ン・ヌッフ~」」」
「照れてるだっちゃ? 照れてるだっちゃ?」
「ぬっほほほ~! 拙者、たぎってきたでござるよ~」
「可愛いなりね~仁太きゅんソー・キュートなりよ~」
とこのように仁太を精神的に追い詰めるキモヲタという設定でした。
という設定をさっき考えました。