その二十四
「……元々俺はここに住んでた。そこのおせっかいな双子の世話になってな」
憮然とした様子のゴブリムが言う。これが彼なりの照れ隠しであることは、仁太含めこの場の全員が理解したが、同時にゴブリン似のツンデレの需要の所在だけは誰一人として知る由もなかった。
ペタペタと裸足で歩くサンダバは、仁太たちの前を「まったく、どうして俺はこんな奴に借りなんか」などとつぶやきながら通り過ぎ、やがてドーナ兄弟のいる作業台より奥に設置されていた作業机の椅子にどっかりと腰をおろした。
そして、わざわざため息などを吐いてみてから、
「いいからこっちに来い。ぼさっとすんな、さっさとしろ。徹夜になるぞ」
と気だるそうに手招きしながら言った。そんなサンダバの様子にドーナ兄弟が笑いをこらえているのを、仁太は横目で見ながらサンダバの元へ移動する。
「なあ、誰々? あいつ。仁太のちょめちょめ?」
「おめぇがこっち来る前までここに住んでたサンダバってやつだ」
「色々あって赤の層、緑の層と転々としてきたらしい。なんでも、緑の層でそこの勇者様と"超すげぇこと"があったらしい
ぞ」
「うっひゃー、なにそれなにそれ! 仁太の野郎、何しちゃったんだよ!」
仁太が移動を初めてまもなく、徳郎とドワフルたちが会話を始めた。サンダバが舌打ちをすると「ひゃー」と三人揃ってわざとらしく怯えた真似をする。さっきまでとは打って変わった雰囲気でドワフルたちに、仁太は呆れ返っていた。あの二人も徳郎に近い生き物であるらしい。
結局、「なにすんの?」とか何とか言いながら三人も寄ってきたため、サンダバを囲むような形で全員が集合した。ぐだぐだな雰囲気に、サンダバが心底嫌そうにため息をついたのは言うまでもない。
「で、恩返しって何してくれるんだよ」
「武器を作ってやる」
ニッと笑うサンダバの顔は、仁太が初めて見る表情だった。
「聞くところによれば、おめーは今からあの小便臭そうなガキを助けに行くらしいじゃないか」
「小便臭そうなっておめぇ…、セナちゃんは18歳だぞ」
「んな……!? そ、そうか、エルヴィンだったのか……。あー…そこでだ、腑抜けで貧弱な矮躯のお前に、」
「赤の層で俺に負けたじゃん」
「う、うるさい!あれは…まぐれ!そう、まぐれ!あの時、俺が持ってたのがサンダバウエポン2でなければ……」
「何だおめぇ、伸びるハンマー使って負けたのか? 最高傑作だったろアレ。完全敗北じゃねぇか」
「ぐぬ……ッ! お、おめーら、人の話の腰ばっか折りやがって、黙って聞け!!」
作業机を叩いて半泣きで怒り出したサンダバを、四人でなだめる。
サンダバが落ち着きを取り戻した頃合いで、サンダバをよく知らないがために"いじり"に参加できずにいた徳郎が、
「で、とどのつまり、お前が言いたいことはなんだ」
「あ、ああ。そう、つまり、俺が言いたいのは、弱っちいお前でも、俺と手を組めば十分な戦力になれるってことだ」
そう言うサンダバの顔には確かな自信があった。
「どういうことだ?」
「ゴブリムの特性だな。知性を犠牲に手に入れた独特の感性、発想力こそがゴブリムの真骨頂なんだ」
仁太の問に答えたのは赤い服のドワフルだった。
「それが俺と組むと効果的になるってどういうこと? えーと……あんた、名前なんだっけ」
「俺はドルロトだ。そっちの青いのが弟の」
「ボルボだ。質問の答えだが、ゴブリムにはゴブリムにしか作れない奇抜な道具を作る能力がある。訳のわからん発想で、ゴミをぽいぽいと量産しちまう困った奴らなんだが、それは紛れも無く才能だ。然るべき方向さえ示してやれば、すげー道具を作ることができるってぇわけだ」
「こいつが持ってた伸びるハンマーだって、元々は他の奴が発案したもんだ。昔、この島に迷い込んできたどこかのガキが考えたんだがな、衝撃的だったなぁ。サンダバの話じゃ、赤の層でも大活躍だったらしいしな」
「衝撃的?誰でも思いつきそうなもんじゃ…」
思ったままの疑問を、仁太は口にした。
仁太の中の常識で言えば、伸びるハンマーなどという発想はあまりにも"普通"だった。現実に実用レベルのものを作れるかという点は置いておくとして、伸縮する武器という発想は如意棒を始めとして多くある。かく言う仁太も幼少期には紙筒を使って伸びる剣を作って遊んでいたくらいだ。
だが、仁太の言葉を聞いたドワフルたちの表情には驚愕の二文字が張り付いていた。
「そう、それだ」
この言葉を待っていたとばかりに、サンダバが言う。
「おめーの"その発想"。おめーの世界での当たり前は、俺たちの世界では"非常識"なんだよ。常識がズレている。発想がズレている。当たり前だ、世界がズレているんだからな。そしてそれは、何も術法文明だけじゃない。機械文明の中でも、機械人間たちの先進文明と、おめーらの後進文明とでは、常識がガラっと変わってるはずだ」
「つまり、俺の持ってる"当たり前の妄想"が、他の文明に対する武器になるって言いたいのか?」
「そのとおりだ。おめーの引き出しは何も伸びる武器だけじゃ無いだろ」
サンダバの言葉を聞き、心のなかで熱が渦巻くのを、仁太は確かに感じ取った。
眼の前のゴブリムは言っているのだ。仁太にも力がある、と。
だが、と仁太の冷静な部分がその熱を押しとどめた。
「だけど、あくまで発想だけじゃないか。俺の頭のなかで生まれたものは、頭の中にしかない。想像だけじゃ戦えない」
「だから言ってるだろ。俺が作ってやるんだよ。お前に、お前の欲しい武器をな」
「な……、できるのか、そんなことが!?」
「できるから言ってるんだろ」
呆れ気味に、サンダバが言った。俺を見くびるなよと言いたげな表情だ。
「だけどお前、あんな柄が伸びるだけのハンマー作ったくらいじゃ……」
「いやいや、そいつぁ違うぞ」
ドルロトが口を挟む。
「あれはこいつの力の一つに過ぎん。こいつの作ってきたゴミの山を見ればそれくらいはわかる」
「個々の発想は悪くねぇんだが、その組み合わせ方が、な。だから徳郎あたりと組ませれば良い発明家になれると思ったんだが、こいつがそれを嫌がってな」
「たりめーだ。俺は俺の認めた奴にしか力を貸してやる気はない。ゴブリムにだって誇りくらいはある」
「と、このとおりなわけだ。悪いな徳郎」
「いいよ、別に。俺はただのパクリデザイナーだ。誰かと組んでまで稼ぐほど、生活には困っちゃいない」
苦笑気味に徳郎が言った。
確かにこれは仁太よりも徳郎向きの仕事だった。想像の結晶である創作物、とりわけ小説や漫画など娯楽作品の分野は、オタクである徳郎の独壇場だ。仁太も人並みにゲームや漫画を嗜んではいるが、引き出しの数は徳郎の足元にも及ばないだろう。
それでも。仁太には、これを徳郎に譲る気持ちなど毛頭なかった。
「あんま褒められるとやりづらいんだがな……。まあ聞いての通りだ。あんまり馬鹿でっかいもんは無理だが、ある程度までならできるはずだ」
「……わかった。信じるぞ、サンダバの力」
「よし、それでいい。命の礼だ、俺も出し惜しみはしない」
期待と興奮によって仁太の心に生まれた熱は、既に炎と呼べるほどに燃え上がっていた。
これはチャンスなのだ。
ほぼ一から十まで徳郎と、その協力者によって手挽きされた今回の一件。どうあがいても、仁太だけでは実現できないこの状況。それでも、「これは自分がしたんだ」ということが欲しかった。
アイディアの提供。サンダバだけではできない、確かに仁太の力が関わったと言えること。
だからこれはチャンスなのだ。
「だから聞かせてみろ。俺にはない、"おめーの武器"を」
このチャンスを掴まない手はなかった。
「ああ。"俺の武器"、それは───」
おかしいな、私は立派な萌え豚の男の子のはずなんだが、なんでこんな男しかいない作品を長々と書いてんだ。
ちなみに今期イチオシヒロインは風守ちゃんです。いいよね。拡張パーツで色々装備できそう。