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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
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その二十三


 鍛冶屋の内部は思いの外広かった。縦長に伸びた建物内部には、まず棚が並べられたスペースがあり、金属製の食器のような小物が置かれた棚もあれば、農具や銛と思われる作業道具の棚などが見受けられる。これらが商品なのは値段を示す鉄プレートの存在から明白であり、まばらに陳列されている様子から察するに売れ行きも悪くないようだ。

 そこを過ぎると無造作に武具類が置かれたエリアがある。剣や槍、槌に戦斧などなど武器の種類は豊富で、サンプルと思しき鎧も装飾のバリエーションは豊かである。こちらも商品と見て間違いない。

 これらの商品が示すのは、この鍛冶屋の主人たちが如何に器用であるかということだ。ドワフル、すなわちドワーフの特性を継ぐ獣人である彼らは、エルヴィンの美貌同様、ドワーフの器用さを継いでいるようだ。

 その向こうで金属音を響かせている存在があった。二人の小柄な男はここの主人である双子のドワフル、ドルロト・ドーナとボルボ・ドーナだ。

 熱した鉄を真剣な表情で叩きながら丁寧に剣の形へと整えている二人の元へ、徳郎はすたすたと進んでいく。初めて踏み入れた建物の内装に目を奪われつつ、仁太も徳郎の後へ続く。

 作業台から少し距離を置いた位置で停止した徳郎達に、しかしドーナ兄弟は反応を示さず、何事もなかったかのように黙々と手を動かし続けている。歓迎されていないのかと少し身構えた仁太に対し、徳郎はさして気を悪くした風でもなく、赤熱の剣が放つ金属音に負けぬ音量の声で話し始めた。

「タルラから話は聞いていると思う。こいつが例の勇者様だ。必要な金の方は揃えておいたから、こいつの武器と防具を作ってもらいたい」

 張り上げる徳郎の声を聞いてなお、ドーナ兄弟の動きには変化がなく、淡々とした様子で作業が続けられていく。

 お構いなしに仕事を続ける兄弟と、お構いなく話を進める徳郎の三名に挟まれた仁太は、なんとも言えない居づらさを感じざるを得なかったが、やはりそんなことは誰も気を止めず、徳郎の言葉は続く。

「防具の強度はあまり高くなくて構わない。銃弾に耐えて、軽度の打撃斬撃を防げれば十分。武器についてだが、殺傷能力は高くないもので頼む。こいつの出身世界は人殺しを良しとしないところだ、そんな奴にアレを殺せってのは無理がある。何か質問は?」

 徳郎が問いかけると、二人のドワフルはそこで初めて手を止めた。仏頂面の二人が同時にぴたりと手を止める光景に、仁太は少したじろいだ。

「注文事態には特にねえ。だが、疑問はある。ホントにこんなひ弱なやつで大丈夫かってことだ」

 先に口を開いたのは仁太達に近い位置で作業をしていた、赤い服のドワフルだった。

「まったくもって解せねえよ。どう考えたって、徳郎、おめえが行ったほうが良いんでねえか?」

 次に口を開いたのは青の服のドワフルだ。彼は値踏みするような目で仁太を眺めたあと、小さく鼻で笑った。

 いずれも好意的な態度とは言いがたかった。

 あからさまに人を見下している態度に、仁太は憮然となったが、言い返すことはしなかった。悔しいが、仁太に力がないのは事実だという自覚はあったからだ。

「まあ、そう言うなって。色々言いたいことはあるだろうけど、こいつはセナちゃんが選んだ勇者様だ。彼女は自分で予見した通り、二度海賊に捕らえられ、そこを救ったのがこの楠木仁太。疑いようもなく、勇者様だよ」

「確かにそれは事実だが…」

「ぬぅ…。あのセナちゃんが選んだとあれば…」

「だろう?だったらそんな不満そうな顔すんなって」

 徳郎の説得に二人のドワフルは押し黙った。セナの予見がただの偶然に過ぎない産物であるという真相を知る徳郎だったが、そのことには一切触れていない。

 ほとんど騙すような形で行われた説得が功を奏した様で、ドワフルの仁太への不満感は少しばかり解消されたように見えた。が、完全には納得しきれていないようだった。

「しかし、どう見たってこいつに力があるとは思えねぇのも事実だ」

 苦々しい口調で、赤い服のドワフルが言う。

「見たところ徳郎、お前さんの世界に近いんだろう?つまりは術法は何も使えねえわけだ」

「そういうことになるな」

「おまけに殺しの経験もないってこたぁ平和な世界だ。ろくに戦闘もしたことのねえズブの素人、そうだろ?」

「あー…。おい仁太、お前最後に喧嘩したのはいつぐらいだ?」

「中学の頃、対戦ゲームやっててリアルファイトになったのが最後…だったかな」

 突然話題を振られ、仁太はネットで調べたハメ技を実践したところ、友人が鬼の形相で殴りかかってきたことを回想する。

「聞いての通り、戦闘経験はあるようだぞ。どうだ、納得したか?」

「ガキの喧嘩じゃねぇか!」

「話にならねぇ!」

 呆れたようにドワフルたちが口々に言う。当然の反応だと、仁太自身も思う。

「…なぁおい、仁太つったっけ? おめぇもしかして、このデブの口車に乗せられたんじゃねえだろうな?」

 頭をかかえるような仕草をしながら、青い服のドワフルが仁太に向かって言った。

「こいつの口先が如何に達者か、俺たちはよ~く知ってる。言葉巧みに人を誘導してその気にさせちまう、とんでもねぇ野郎だ」

 失敬な、と抗議の声を挙げる徳郎だったが、ドワフル達は無視して仁太へ語りかける。

「俺達が心配してんのはそこだ。セナちゃんがおめぇを勇者だかなんだかって呼んでんのは知ってる。おめぇが助けに来たらセナちゃんは確かに喜ぶかも知れん……がな、しかしだ」

「おめぇ、わかってるのか? 相手は機海賊。無法者を自称するならず者、人殺しなんてなんとも思わない……いや、思えない連中だ」

「わかってる。徳郎から聞いたし、承知のうえだ」

 迷いなく返事をした仁太に、しかしドワフルは首を横に振った。

「それは、そういう風に誘導されたからに過ぎん。落ち着いて、よく考えろ。冷静に考えた上で、"お前の言葉"で返事をしろ」

「会って間もない女のために、わざわざ命を賭ける必要はあるのか? 忘れちゃいけねえが、別におめぇが行かなくたって、セナちゃんは島の連中と島将が助けてくれるんだ。そこへ割って入ってまで、おめぇが助ける理由がどこにある?」

「理由……」

 ドワフル達の言葉はもっともだった。

 なるほど、思い返してみれば、確かに徳郎の芝居がかった仕草は、異世界へのあこがれを懐く仁太の心を、良く言えば導き、悪く言えば操作していたのかも知れない。道中での念押しも、善意から来るものではなく、こちらに架空の選択肢を提示することで自由意志があるように見せかけた交渉術だったと考えられなくもない。もっとも、当の徳郎は、ドワフルと仁太のやり取りを無言で眺めている以上、仁太に徳郎の心中を推し量る術はない。

 だけど、と仁太は思う。果たして、冷静に考えた所で、この考えは変わるだろうか?

 仮に仁太が冷静であった所で、彼と、セナの間にある"違い"は不変の事実だ。理想の自分を抱き、そこへ至る努力をしなかった者と、した者。

 冷えた頭で考えると、新たな事実に気づいた。

 仁太は彼女に憧れを抱いていた。セナという少女の、その在り方に。セナの在り方こそが、仁太が成り得る最大の理想型ではないだろうかとすら、考える。

 確かに、彼女は少しやり方を間違えたかも知れない。理想の少女を演じるために自ら心に負荷を掛けるなど、強引過ぎるところも確かにあった。ただ、それでも、そこに努力があるのは事実で、仁太には無い心の在り方がそこにある。

 セナを助けることは、少なくとも仁太の中では、彼女に近づく一歩に思えた。

 つまり、やはり、結局、仁太のしたいことは、セナを助けに行くことなのだ。

「変わりたいから」

「「は?」」

 仁太の返答に、ドワフル達は声を揃えて聞き返した。

「こんな自分から変わりたいから、だよ。俺はセナを助けに行くことで、変わるんだ」

「なんだ、そりゃ?」

「えーとだな…。俺はさ、元いた世界で負けたんだよ。学校っていう、小さな小さな世界で。大負けだった。悪いことしてる奴らに立ち向かって、負けた。一矢報いることさえなく、完全に、完璧に、最低最悪の負けた。それで、そんな世界に嫌気がさして俺はここまで逃げてきたんだ」

 それは数日前、この世界での初めての友人にしたのと同じ昔話。

 勝利者である自分の可能性を聞き、自暴自棄になった仁太の口から不必要に漏れ出したそれを、今度は自らの意思で、必要なこととして、口にする。

「でも、別の可能性世界には、勝てた俺もいる。つまるところ、俺は"臆病な俺"なんだ。臆病であることを選択してしまった俺。"臆病に変わってしまった"のか、"臆病から変われなかった"のかはわからないけどな。ただ一つわかるのは、俺は、"臆病な俺"は嫌だってことだ。絶対に嫌だ」

 もしこの異世界に二人以上の仁太がいないとするならば、あらゆる可能性世界のなかで、神隠しの庭にまで逃げ込んできた仁太……すなわち"負けて逃げた仁太"は一人しか存在しないということになる。

 無数の世界の中で、ただ一人の敗北者。戦うことを放棄した負け犬。それが、今ここにいる楠木仁太。

「だから俺には変わる必要がある。変わるきっかけを掴み、離さず自分の物にしなくちゃならない。きっかけは今、目の前にある」

「それが、セナちゃんの救出だって?」

「ああ、そうだ」

「だが、こんなものはお前のワガママだ。それでもこれが、きっかけだって言うのか?」

「ああ、当然」

 ドワフルの問いかけに、仁太はきっぱりと言い放った。

「ワガママだからこそ、だ。セナ捕まる間際にワガママを通した。目には目を、歯に歯を、俺の世界の言葉だ。言いたいこと、わかるよな?」

 彼女は自らのワガママで、仁太を逃し、一人捕まった。

 ならばこそ、次は仁太がワガママで彼女を救い出す。こうすることでプラスマイナスゼロという寸法だ。これでいい。これがいい。

「セナの救出という勝利をもって、俺は変わる。だから、俺が行く。俺は行く。俺が行きたいんだ!」

 今こそ、仁太は偽らざる本音をぶちまけた。

 誘導されたのではない、自分で考えだした答え。考えたところで、答えは同じままだった。

 ワガママの末の勝利……まったくもって支離滅裂なのは承知のうえだ。

 仁太は言葉が達者ではない。人の心を動かすような言葉など持ち合わせていない。こんな無茶苦茶な、独りよがりな考えでドワフルたちが納得してくれるとは思っていない。

 それでも、これが仁太にできる精一杯の自己主張だった。気難しいドワフルが首を縦に振らないのであれば、何度でも説得を続ける覚悟はあった。

 仁太には力がないということについても、何一つ反論できていない。それでも、仁太には折れてやる気は微塵もない。

 しかし、ドワフルたちの反応は意外なものだった。

「だってよ!」

「おい、どうすんだ!」

 突然、ドワフルたちは大声をあげた。彼らの引く声が工房内に反響する。

 予期せぬ行動に面食らったのは仁太だけのようであった。今まで会話をそとで聞いていただけだった徳郎は、この状況をニヤニヤと意地の悪そうな、それでいて満足気な笑みを浮かべている。

「えーと。どういうこと?」

「ん? ああ、簡単なことだ。この部屋にはもう一人いて、そいつが聞きたがってたってわけだ」

「な、何をだよ」

 楽しげな徳郎の表情に、仁太は、目の前の男がまた何か企んでいるのではないかと思わずたじろいだ。

「お前のやる気ってとこかな。俺も途中から気づいただけだから、詳しくは知らんが……どうやらお前の厨二病全開な演説で満足した奴がいるようだ」

 クイッと、徳郎は商品の並べられた店の方を親指で示した。仁太がそちらへ目を向けると、奥にある棚の影に何者かがいるのがわかった。

 少しして舌打ちが響いた。

「ったく、いちいち大声出さなくたって逃げやしねえよ」

 続いて響いたのは、ひどく機嫌の悪い声だった。

「俺たちも徳郎との付き合いはそこそこあるからな。こいつは確かに人を扇動するのが好きだが、人を陥れるような真似だけは絶対にしねぇ。勝算がある場合にのみ、それをする。徳郎が背中を押したってこたぁ、仁太、おめぇがやりたいことだってことはわかった上でそうしたに違いない」

「だがなぁ、それじゃ納得いかねぇってのが一人いてなぁ。だから一芝居売っておめぇの本心を言わせて、そいつに納得させようって腹立ったわけさ」

 ドワフルたちが言う。徳郎は、このことに途中で気づいていたのだ。

「さあて、聞かせてもらおうか友よ」

「満足いただけたか? 友よ」

「ああ、はいはい。満足だよ。こいつには手を貸してやるだけの価値があることを認めてやる」

 低めの体長、少し赤みがかった体色、無骨な手足、バツの悪そうな顔。

 棚の影から姿を表した人物は、仁太の知る一人だった。

「…チッ。恩は返す、それがイムケッタ一派のルールだからな。今からお前に返してやる」

 ゴブリムのサンダバ。数日前、仁太と共に青の層に飛ばされてきた男がそこにいた。

【次回予告】

突如現れたサンダバ。

おもむろにズボンを抜き出した彼は、頬を赤らめて仁太に告げる。

「自分は俺、女なんだ」

真のヒロイン、俺っ娘・サンダバ登場!!!

昨今の美少女ブームに一石を投じる、ゴブリンの女看守系ゲテモノヒロインに仁太の心が激しく揺れ動く。

「あんな小娘のことなんか、俺が忘れさせてやるよ」

「サンダバ……」

変わる自分、変われる自分。

仁太のなかの価値観は大きな転換期を迎えることとなる。


次回、神隠しの庭二章 第24回、「ゲロの中のビーナス」

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