その二十二
パステパスは七島同盟内でも特に歴史の浅い島である。魔法使いベルザルクよってかき集められた島民たちの大半は、近隣の島に転移してきたばかりの右も左もわからないような人間たちであり、今もなお島民の数は増えている途中である。それゆえ人口密度が低く、島の広大な面積は未だ有り余っている状態にあるため、地価に関しては無いに等しい。しかるべき目的があるならば、島将から許可が降り、大した対価を払うこと無く私有地とすることが可能だ。そういった理由から、島民たちは基本的に生活がしやすい場所に遠慮無く家を建てることができる。商店なども同様で、人が多くいるところに店を構えたほうが客足は良いからだ。
にも関わらず、辺鄙なところに店を構えたがる者もいる。徳郎と仁太が向かっているのは、そんな店だった。
明日の作戦に向けて兵士たちの熱気が溢れる街中を過ぎ、ひと気の少ない林道へと入る。暗い夜道には外灯らしきものはなく、道を照らすものは月明かりと徳郎がぶら下げた自作の提灯(本人曰く"痛提灯")だけだ。
「この道を抜ければ目的地に着く。双子のドワフルがやってる鍛冶屋だ。気むずかしい連中だから、ドタキャンはないと思ってくれ。辞めるなら今のうちだ」
先を歩く徳郎が振り返り、仁太に尋ねた。
「今更やめる気はないよ。そっちこそ、やっぱり自分が行きたいってのは無しだからな」
「わかってらあ。それに、俺じゃ駄目なんだ。海賊船の上に偶発転移だなんて経験は、俺にはないからな」
何の偶然か、セナの憧れていた"本来有り得ないような状況"を図らずも再現してしまった仁太。この世界で起きる自然災害にも似た偶発転移によって再現されたそれは、運命と呼ばずしてなんと呼ぶべきだろうか。
例え仁太に勇者といえるだけの力がなくとも、そもそもの予見書がただの漫画本だったとしても、これには何かの意味があると、運命であると、仁太は信じたかった。
そして、何らかの意味があると信じるからこそ、自分には義務があるとも考えた。
仁太は知った。夢見る少女に過ぎないセナと、夢見る少年だった自分の違いを。
努力。夢は対価なくして叶わない……そんな簡単な事実を、仁太は今まで見落としていた。
ゆえに仁太は理解した。自分に必要なものを。努力無くして夢はかなわない。ならば、努力することこそが、夢見る少年の義務であると。
「それはそうと、攻めこむときはどうするんだ? また転移するのを待つ、なんて言うんじゃ」
「まさか。ちゃんと船は手配してあるぜ。それに今回は海賊船を襲うんじゃない。あいつらの根城を襲うんだ」
「根城って、島か? 船で島に乗り込んだらあの漫画と全然違う展開になるけど」
「そこは合わせ技だ。1,海賊船に突然現れる。2,囚われのセナちゃんを勇者が助ける。足せば漫画の通りになる」
「屁理屈だろそれ……」
「いいんだよ、アバウトで。セナちゃんは納得する。多分」
面倒くさそうに、徳郎が適当な口調で言う。
「俺達の目的はあくまでもセナちゃんを満足させること、この一点に尽きる。予見書がただの漫画だってわかった以上、正確に再現してやる必要はないし、そもそも光魔法って何だよって話だ。でもって、セナちゃんはお前が助けに来れば満足する!以上だ。異論は?」
「そこまで自信たっぷりに断言されると、一々否定するのも馬鹿らしく思えるよ」
「納得してもらえたようで嬉しいね」
このまま徳郎の減らず口に付き合っていては話が進展しないことは、仁太も重々承知だった。聞こえよがしにため息を吐いてやっても、この男はまったく気にもとめないのだから、まさしく暖簾に腕押しである。
「さて、」
しばしの沈黙を破り、徳郎が口を開く。
「鍛冶屋に着くまでに状況説明だ。実のところ、とんでもない問題があったりするんだが、まあ落ち着いて聞いてくれ」
「それ、人に同意を得る前にするべきことじゃないか? 念まで押したあとにするのって、まるで詐欺みたいだ」
「まあ、詐欺だし。命張ります!って言わせた後にする説明じゃないなあ、これは。俺なら怒る」
「……はぁ。もういいから話してくれ」
何をいっても無駄なのは明白だった。この期に及んで糠に釘を撃ちこむ暇は、仁太にはない。
諦めの表情を浮かべる仁太を一瞥する徳郎の表情に後ろめたさは見受けられなかった。一歩間違えば殴り合いになりかねない強引さだったが、島内でうまく立ち回っているところを見るに、徳郎は相手を見て対応を考えている可能性もある。案外、この男は交渉が上手いのかもしれない。
「まず協力者だ。確認できているだけでも30名超ってところかな」
「正確には把握できてないのか?」
「俺とタルラで信頼できる連中に声を掛けて回ってる。タルラの成果次第では50人を超える協力者が得られるかもな」
こともなげに言ってのける徳郎。
「よくそんなに協力を取り付けられたな。この作戦、結果的にベルザルクさんの意思に背く行為だろ? 確かに反逆行為ってほどじゃないけど、それでも結構な問題じゃないのか?」
「その点は問題ない。ここに来たばかりのお前は知らないだろうけど、七将ベルザルクに不満を募る人間は意外と多いんだぜ?」
その言葉は仁太にとって意外なものだった。
以前に湯屋で会ったキャトルの少女・ミアはベルザルクのことを妄信的に信頼しているように見えた。たった一人で機海賊の戦艦を沈めると話に聞く、この島唯一の魔法使い・ベルザルクの圧倒的な戦闘力は、確かに信頼に値するものだろう。ならず者である機海賊団の危険と常に対面している青の層において、戦力を疎む理由は無いように思える。
そんな仁太の考えを感じ取ったのだろう。徳郎はそれを否定するために口を開いた。
「ベルザルクは確かに高い戦闘力を有し、さらにその人格もアニメの主人公じみたものをしている。あの人は自己犠牲を厭わず、島民の安全を至上の目的としている。……少なくとも、表面上はな」
「人のために尽くすことで反感を買ったってことか? 偽善者とでも言われたとか」
「半分正解。ただ、あの人は頑張りすぎた。本当の本当に、善者だったのさ。この島を何度か襲った機海賊団の襲撃……その全てを、あの人が一人で追い払った。問題なのはここなんだ」
「一人で!? でも、それがなんで問題に? 守ってもらえるならいいじゃないか」
「俺もそう思ったし、その無双っぷりがあったからこそミアちゃんみたいな熱烈なファンもできたわけだが、ところがどっこいってやつだ。怒る奴もいるんだよ、『どうして俺たちを戦わせてくれないんだ』ってな。身をていして島を守る島将のことは嫌いじゃないが、自分だけが犠牲になればいいって考え方は好きになれない、だから一泡吹かせてやりたい……なーんて連中がな」
「可愛さ余って、みたいな?」
「そんなところだ。ま、俺たちと感覚がズレた奴もいるってことさ。とにかく、そういったベルザルクにちょびっとだけ悪戯してやりたい問題児と、隠れセナちゃんファン共をを焚きつけて、協力者軍団出来上がりってな」
悪戯心ごときで救出作戦の邪魔をされる指揮官も可哀想だったが、その悪戯に加担する仁太には、ベルザルクに同情する権利はない。
「で、その協力者たちとどうするんだ?」
「協力者のほとんどは兵士だ。今回、数ある内の一つとはいえ機海賊団の根城を襲撃するという大掛かりな作戦を決行するにあたり、ベルザルクは初めて兵士たちの出撃を決定したらしい。元々の計画では、お前はベルザルクの後ろを尾行させていいとこ取りって予定だったんだが、急遽変更。兵士の中に協力者を用意し、バケツリレーのようにお前を囚われのセナちゃんの元まで送ってもらうことにした。難易度はぐっと下がってるぜ」
「セナの元までとは言うけど、場所はわかるのか?」
「そいつは問題ない」
妙に自信有りげに断言する徳郎の様子は、嘘を言っているようには見えなかった。
「船も手配してあるから、当日はベルザルクさんの襲撃作戦の混乱に乗じて接岸、そのまま現地の兵士たちに匿ってもらいながらダンジョン探索ってわけさ。な、イージーモードだろ?」
「話に聞く分には、な。でもそれだったら鍛冶屋に行くのはなんのためなんだ?」
「変装用の防具だ。ヘルメットで頭隠せばベルザルクにも少しはバレにくくなるだろうし、機海賊との交戦になったときのためでもある」
「武器はないのか? 交戦を想定するなら必要だろ?」
「ほう?」
不意に、徳郎の表情に挑発的な感情が混ざった。
「お前、武器なんか持ってどうする?」
「持ってって、そりゃ戦う……」
「戦ってどうする?」
「どうするって、そりゃ、戦う以上は倒すしかないだろ」
「倒す、ね」
くくっと一瞬笑った徳郎から、次の瞬間いつものふざけた様子が消える。
挑むような目付きで仁太の顔を見ると、徳郎は口を開いた。
「殺すのか?」
ぞっとするほど低いその声に、仁太の心臓が大きく脈打った。
「えっ……?」
「殺すのかって聞いてんだよ。お前を送り込むのは戦場だ。兵士も機械人間も、死人なしで済むはずがない。事実、機械人間たちは多くの人間を殺してきた。その敵討ちに燃える兵士だって大勢いる。そいつらが容赦なく殺し、殺される場所で、お前が誰かを倒すところを想像してみろ」
まるで脅迫でもするかのごとく、徳郎の声は仁太の耳に容赦無く飛び込んできた。
威圧的な態度には、普段の徳郎のおもかげはなく、そのことが一層、仁太にプレッシャーを与える。
「例えばお前が機海賊の後頭部を殴打して、運良く殺さずに気絶させたとしよう。さて問題です、お前の傍らに立つ兵士はどうすると思いますか?」
「どうって……」
「はい、時間切れ。正解は、手にした獲物で倒れた機械人間の頭部を破壊する、です。これによって機械人間は完全に死亡。仮に臓器を機械で強化していても、人工心臓が2つ3つあっても、頭部を失えば機械人間は死に絶えます。おめでとう、勇者一行は次のステージに進めます」
有名なRPGの勝利BGMを口笛で吹きながら、徳郎は話を続ける。
「なあ、お前、人を殺したことあるか?」
「あ、あるわけないだろ! そんなの…」
「ほう。だったらなんで武器なんて欲しがる?」
「それは……」
「あのな。俺が念入りに兵士を用意する理由は、何もお前の護衛ってだけじゃないからな」
ここにきて、仁太はようやく徳郎の意図を悟った。
「勇者役になれ、開き直れとは言ったが、それは何も異世界だから気軽に人を殺せって意味じゃない。例え世界が変わったって、今まで培ってきた常識まで躊躇なく投げ捨てるのは野蛮人のやることだ。捨てていいものとダメなものの選択くらいはするべきだ。
つまり、俺はお前に人を殺させたくない」
「お、俺だってごめんだ。人殺しなんて……」
「だったら武器なんて要らないじゃないか」
武器の本分は敵の撃破にある。仮に武器を手にした所で、徳郎の話が事実ならば敵の撃破はすなわち敵の死も意味している。機械人間を嫌う兵士がすかさず敵を殺しに掛かるからだ。
つまり敵兵の死の直接的な原因を作ることを嫌うならば……殺人を行わないためには、仁太は敵兵を一切撃破してはいけないことになる。交戦になった場合、勝ってはいけない。しかし負けは死を意味する以上、負けも駄目。となると、敵を回避することこそが仁太の取るべき行動であり、それすなわち武器は不要ということになる。攻撃をいなすなら武器よりも盾のほうが適切だ。これが、仁太に武器は要らないといった徳郎の意図である。
「お前には綺麗な手のままでいてもらわないとな。セナちゃんの手を取るのが血まみれじゃあロマンも何もありゃしない」
「それは同感だ」
「ま、そういうわけでお前さんにやるのは防具系統のみってわけだ。手ぶらで格好つかないのが嫌だってんなら、模造刀くらいなら手配してやってもいいがな」
徳郎から軽口が飛び出したことに、仁太は内心ほっとし、胸をなでおろした。既に、いつもの徳郎に戻っている。
「着いたぜ」
おもむろに徳郎が足を止め、道の先を指さす。仁太がその先を目で追うと、林の中にぼんやりと灯りが見えた。
「いよいよ後戻りはできないぞ。特別サービスの三度目の確認だ。本当に、防具着込んで戦場に放り出される覚悟はできてるか?」
しつこいくらいに念を押すのは、徳郎にも後ろめたさがあるからだろう。仁太が人を殺さなくて良い配慮からもわかる通り、なんだかんだ言いながらもこの男は仁太のことを気遣ってくれているようだった。
セナの家では思い切り焚きつけて来ておきながら、ここに来ての再三に渡る意思の確認。あえてしつこく確認を取るのは、そうやって仁太の心に水をさして、冷静に判断させようという心遣いだ。
最後の最後で徳郎は非情になりきれていないのだ。
確かに仁太の心に火を灯したのは徳郎の言葉だった。セナの家で仁太に道を示したのは、紛れも無く徳郎だ。そういう意味では、間違いなく仁太は彼に誘導されたといえるだろう。
だが、きっかけはどうあれ、今の仁太のこの気持ちは自分の意志だ。何度確認されても、何度水を掛けられても、この気持ちは萎えない自信がある。
「もちろんだ」
力強く、仁太は言葉を返す。
それを聞くと、徳郎は何も言わず歩みを再開した。
すみません、不死の使命が忙しくてディープダークなファンタジー世界を駆け回っていたら更新遅くなりました。
以下蛇足
ついこの前、「設定を並べ立てるだけのアニメは糞アニメだ」てなアニメ批判を描いた漫画を見かけちゃったりして、色々思うところがあってこの二十二を4回くらい書きなおしたりするはめになったりもしたという言い訳。
元々、二十二は説明回みたいなもので、機海賊についての話をナレーション形式で入れる予定でしたが、「設定をキャラの会話だけで補完できなくなり、ナレーションで解説を始めるのは糞アニメの特徴」と件の批評漫画にあり、それを読んでしまってはナレーション無双なんて投下できるわけねえし!ってことで大幅に変更。
まあいまさらな感じもしますが。ホルドラントのあれは反省してます・・・。
この作品はほとんど行き当たりばったりで書いてるので「ここまでにこれとこれを説明し、このイベントを起こす」って感じの目標がほぼ設定されておらず、書きなおすたびに展開が百八十度変わってたりします。
そもそも鍛冶屋には仁太が一人で乗り込んで武器を作ってくれと土下座するシーンを想像して二章を書き始めたのにどうしてこんなことに。
やはり簡易なプロットくらい作っておかないと暴走しますね。ノリで徳郎なんてキャラを出したばっかりにどんどん非ぬ方向へ。