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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
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その二十



「それで、あいつはどうなったんだって?」

「はい。浜にいるところを発見されて、そのまま島将邸へ連れていかれたそうっす。精神的にかなり不安定で、とりあえず魔術で無理やり一時間ほど寝かせたとか。起きるならそろそろっすね」

「無理も無いわ……。あの子、この島に来てからずっとセナと一緒だったのに、急にセナがいなくなっちゃったら……」

「それもあるだろうけど」

「なに? 徳郎」

「女の子に助けられた……それも、その子が犠牲になって。男にとって、これほど屈辱的なことはない」

「なによそれ? 助けた相手に失礼じゃない?」

「いやいや、そうじゃないんすよ姐さん。相手に対してではなく、自分のことが恥ずかしいってことっす」

「ますますわかんないわよ、それ。オトコオンナの前に、人と獣人よ? 生まれ持った身体からして違うじゃない。性別なんて些細なこと気にしちゃって、子供みたい」

「子供で結構。───さて、タルラ。そろそろ行くとするか」

「はい、導師」

「何よ、女の子一人置いて二人でお出かけ?」

「そーゆーことになるな」

「そーゆーことっす」

「妙に仲良いじゃないの? ……デブとケモショタってのも嫌いじゃないけど」

「待て、ストップだミアちゃん。その邪悪な呟きと考えをすぐに放棄しろ。俺は確かに美少年同士の絡みを君に教えてあげたが、そこまで教えたつもりはないぞ」

「そ、そっすよ!誰が好き好んでこんな……!おいら、女の子が好きっす!できればドラグラの可愛い子が!」

「ちなみに俺は女性のキャトルなら大歓迎だぜ?」

「うっさいわ、馬鹿! ……それで。セナ奪還の準備で島中大忙しの中、非戦闘員の男二人が何する気?」

「別に。ちょっと世間話でもしてこようかな、ってな」

「おいらは食器でも買いに」

「は?」

「さ、行くぞタルラ」

「はい!」


 最後に見たのは客間の天井。そして、目を開けて初めて飛び込んできたのは医務室の天井。

 ぼんやりとした頭を少しずつ起動させながら、楠木仁太は自身の身体がベッドに横たわっていることを理解した。

「きっかり一時間か。さすがだなリーマット」

「お褒めに預かり光栄です、コーサ殿」

 二人の男の声が聞こえる。互いに発した名前から判断するに、副将と老魔術師のものだ。

 次第に覚醒する意識のなかで、仁太は自身の身に起きた事態を思いだす。

 客船からはじき出された後、砂浜で一人嗚咽を漏らしているところを発見され、この島将邸へと連れてこられた。事情を話そうにも気持ちが動転し、最低限のことを告げた後は気が狂いそうになるのを抑えることができず……そうだ、床を拳で乱打する自傷行為に走った。今思えば何の意味もない行為だ。あの行いを、『反省している』『後悔している』、そんな"振り"がしたかったのだと分析できる程度に、今の仁太は冷静だった。

 そして床を殴っている途中で、背中に強烈な痛みを感じて意識を失った。

「おはようございます、仁太。落ち着いた様ですね」

 横から声がする。状態を起こすと、そこにはリーマットとコーサの他にもう一人、島将ベルザルクの姿があった。

「……はい」

「よろしい。ならば、あなたが知っていること全て、今この場で話してもらいます。目覚めたばかりで申し訳ありませんが、一時間のロストは決して小さくない。時間が惜しいのです」

「わかりました」

 一呼吸置いて、仁太は船を襲撃されてからの一連の流れを説明し始めた。

 落ち着きを取り戻したとは言え、その説明には大きな苦痛を伴った。幸運といえば、冷静であったがゆえに淡々と事実のみを述べるに留められたことだ。先ほどの激情に支配された仁太であったなら、本来不要である私的な悔恨なども織りまぜてしまい、説明に支障をきたすのみならず、稚拙な英雄願望までも晒してしまい失笑を買ってしまったところだろう。

 セナの変化についても説明は控えておいた。今求められているのは敵である機海賊団の情報であり、仁太同様セナのことは重要なことではないというのが建前だ。実際のところは、ただなんとなく話したくなかったというだけなのだが。土壇場まで彼女が"ごっこ遊び"とやらに興じていた理由を知らぬ以上、話すべきではないとも思う。

 一通りの説明を終え、仁太は居並ぶ三人の戦士の反応を待つことにした。まだ言いたいことはあったが、この言葉はいま口にするべきではないと判断して口を閉じる。

 最初に言葉を発したのはリーマットだった。

「気にするな、か」

 それはセナから頼まれた伝言のことだ。金縛りを受けた仁太に、セナが頼んだ言伝、"気にすしないで、あなたのせいではないから"。キィーシスでほんの少しの間だけ、リーマットとセナのやりとりを見た仁太にも、この言葉の意味するところは理解できた。この老魔術師は責任感が強いのか、あるいはセナに対してのみなのかはわからないが、とにかくあの少女に対して責任を感じすぎるところがある。今回の件も、セナを置いてパステパスに先行したことを後悔するだろうと予測したのだろう。

 その予測は正しかったようで、慰めの言葉を受けてなお、目の前に立つリーマットは苦痛に表情を歪ませている。

 続いて口を開いたのはベルザルクだった。こちらはリーマットと違い、冷静さを伺わせる表情だが、事態が芳しくないようで少しばかり難しい顔でもある。

「やはり第五部隊でしたか……。陽動作戦、というにはあまりに出来すぎている。最終便に乗船することも読んでいたということでしょうか?」

「さて、な」

 ベルザルクの言葉を受けて、コーサが適当な相槌を打った。この場で唯一真顔のままの人物であるが、それは冷静さや余裕というよりも、単に心中が読めないだけのように見える。顔中毛むくじゃらのいかにも"野生の戦士"という風貌の男でありながら、そのイメージに反して感情を隠すのに長けているようだ。

「すぐに追撃の支度に掛かりましょう。あの憎き鉄くず共を生かしておくわけにはいきませぬ」

 青筋を浮かべ、怒気の篭った震える声で提案するリーマットに、ベルザルクは頷いた。

「ええ。……現実がどうあれ、我々は剣を取らねばなりません。彼女もそれを願っているでしょうから」

 含みのある言い方に聞こえたが、その意味するところを理解する術が仁太にはなかった。ただ、より一層リーマットの怒りが増したということだけは、彼の表情の変化からわかる。

 三人の様子を見ていて、仁太はふと一つのことを思い出した。先程、意図して省いた説明とは違い、単純に言い忘れたことだ。

「あの、ベルザルクさん」

「なんでしょう?」

「船の上で、セナが言ってたことを思い出しました。"探知されてる"、と。方法までは言ってませんでしたが」

「……なるほど」

 途端にベルザルクの表情が変わった。驚愕、疑念、そして……怒り、だろうか。冷静さは一瞬で吹き飛んでしまったようだった。

 突然身を翻し、扉に向けて歩き始めるベルザルク。一瞬だが、その瞳はコーサを睨みつけていたように見えた。しかし、その視線を受けたはずのコーサは相変わらずの無表情であるため、仁太は見間違いだったと考えなおした。

「作戦の支度を始めます。島の戦力を空にするわけにはいきませんので、キィーシスのほうに援軍の要請を」

「はっ!」

「仁太、疲れているところを拘束して申し訳ありませんでしたね。では、私はこれで失礼します」

 部屋のすぐ外に待機していたキャトル兵に指示を出しつつ、申し訳程度の挨拶と共にベルザルクは去っていった。

 残されたリーマットの方も退出しようという雰囲気だった。切り出すにはこの場を置いてないと、仁太は思い切ってその言葉を口にした。

「俺も連れて行ってください」

 何時切り出すべきか温めておいた、仁太の今もっとも優先したい感情。自らを犠牲にして仁太を救った少女、その奪還作戦への参加の意思。この言葉を必至に堪えて、今まで情報提供をしていた。冷静であることを相手に印象づけ、その上で切り出すことで、これが仁太の正常な判断であることを示したかったからだ。

 しかし、

「駄目だ」

 即答だった。仁太がこの言葉を言うと予期していたとしか思えない、最速のカウンター。

 声の主は、意外にも先ほどの相槌以降口を閉ざしていたコーサだった。

 面食らう仁太に、今度はリーマットが言葉をかけてきた。先ほどまで青筋を立てていた老魔術師は、その怒りを必至に押し殺したように、ぎこちないが優しい口調で諭すように言う。

「セナを助けたいという気持ちは嬉しいのだがね。すまんが、君の力で出来る仕事はなにもない」

「そっ、それはわかってますけど……!」

「だったらここは堪えてくれないか。以前のような、末端の船から逃げ出すのとはわけが違う。本気の殺意を持った大勢のならず者が待ち構えている。数発の銃弾で死ぬ只人の身など、突風に晒された木の葉と変りない」

「でも、それでも、俺はセナのために、何かしたいんです!」

「くどい。君自身は冷静な判断だと考えているようだが、客観的に見て今の君は頭に血が昇って復讐に囚われている」

 苦々しい表情を見せたリーマットは、この言葉が自身にも当てはまることを自覚していた。もっとも、それに気づいたのはリーマット自身とコーサのみである。自覚なく冷静さを欠いていることを指摘された仁太には、リーマットの変化を感じ取るだけの余裕はなかった。

「そんなこと……そんなこと、ない! 俺は至って冷静です! いや、今は冷静じゃなくても、冷静になった後でも同じことが言える。言える自信がある! だから、俺も……」

「くどいと言った。皆まで言わせたいのか? 聞き分けてくれ、仁太。前に言っただろう、君には感謝していると。この上、君まで失うわけには……」

「リーマット」

 そこで再びコーサが口を挟んだ。はっとして言葉を止めるリーマット。

 すかさずコーサが言葉を継ぎ、仁太の説得役は交代した。

「失う……?」

「いや、気にしないで欲しい。言葉の綾だ。リーマットは君に死なないで欲しいと言っている、それだけのこと。それに、セナとて君の死は望んでいないはず。そうだろう?」

「それは……」

「君もわかっているはずだ。君の手では鉄どころか人の肉すら断てぬことを。そしてその身体は放たれた銃弾を避けることもできなければ、振り下ろされる刃に耐えることすらできない。はっきり言わせて貰えば、丸腰の君など人肉で出来た使い捨ての盾にしかなれない」

 これで終いだ、と言わんばかりにコーサは身を翻す。隣に立つリーマットを促すと、彼らは仁太の反論など待たずにこの場から立ち去ろうとした。

 その背中に投げる言葉を必至に見繕ったが、仁太には何一つ名案は浮かばなかった。どのような言葉をかけたところで、彼らの気を替えることはできないのだろう。そう思えたのは、仁太自身が論破されたという事実を自覚していたからだ。決して難しい話などではない、子供の目にも明らかな事実を突きつけられただけのこと。それを理解できないほど、仁太もバカではない。

 火を見るよりも明らかな力不足。それ以上に大きく仁太の心にのしかかる、セナの望み。

 百分、あるいは千分の一の可能性にすがれば、セナは機海賊団の追撃の手を逃れ得たかもしれない。しかし、彼女が選んだ道は、敵の目標である自分が船に残ることで、仁太の脱出をより安全なものとすることだった。セナリアラ・イアラという価値ある少女が、無価値に等しい只人の仁太の生存を選んだということは、すなわち彼女が仁太の生存を願ったためであることは疑う余地が無い。

 で、あるならば。その願いによって生かされた仁太が取るべき行動は、自ら望んで死地へ赴くことであるはずがない。

 此度の迎撃戦を仁太はその目で見たわけではない。ベルザルクの戦う姿を、仁太は知らない。リーマットにしても、彼が作ったという覗き迎撃術式を受けた者の姿くらいしか見たことがなく、それどころかコーサに至っては何を得意とする何文明の人間なのかさえ知らない。

 それでも、魔法使いという存在について、仁太は緑の層でその力の一端を知る機会があった。魔術師についても同様だ。いずれも、決して仁太では届かない領域に足を踏み入れた超人たちだ。信頼に足るだけの力を有していることは確実であり、コーサも彼の持つ地位から考えて、やはり超人と呼ぶに相応しい男に違いない。彼らの下につく獣人の兵士たちとて、仁太などとは比べるまでもない強者ばかりであろう。

 これら作戦部隊の戦力が件の第五部隊を突破できるか否かは仁太には判断のつかないことだったが、いずれにせよ仁太の入り込む余地などないことは明々白々だ。仁太一人で戦局を左右できるなど、いくら自惚れていたとしても、当の本人すら思いもしない。こうして冷静に思考ができる今の仁太であるならばなおのこと。

 一人、医務室のベッドの上で呆然とするただの子供に過ぎない自分は、おとなしく島で結果を待つほか、ないのだ。

 今度こそ仁太は冷静な思考力を取り戻していた。先の説明の最中に無意識に頭に登っていた血は、既に正常に戻っている。

 ふと、ベッドの横に立つメイドの存在に気づいた。コーサたちが出ていった後、医務室の奥の部屋から出てきたのだろう。

 獣人ではない普通の人間のメイドは、その手に紙袋を持っていた。その時初めて、仁太は自分の服装が普段のものと違うことに気がついた。無機質な白い上着は医務室で着替えさせられたもののようで、仁太の様子を見ていたメイドは黙って紙袋の中から仁太の元々着ていた服を取り出してベッドの上に置いた。

「洗うだけのお時間はありませんでしたが、砂は払っておきました。発信機が付けられていないことも、念のため」

 仁太が服を手にとったのを見て、メイドが告げる。浜で服に付着した砂は、確かに綺麗さっぱりなくなっていた。

 言うことは言った、ということだろう。メイドはそのまま黙々と部屋を出ると、最後に頭を下げてから開きっぱなしになっていた廊下の扉を占めた。

 部屋に残された仁太も、黙々と着替えを済ませる。脱いだ服を適当にたたんで枕の横に放り、そのまま退室する。

 十分に冷えた頭で事態を整理すればするほど、自分の無力さを痛感し、無気力感が身体を支配する。頭は働いているのだが、働いていないような錯覚に陥る。淡々と、ただひたすらに淡々と、部屋を出て、兵士に案内されるままに出口につれられ、気づけばパステパスの町外れに一人でぽつりと立っていた。

 これでいいのだ。これで。ベルザルクたちを信じ、セナが救い出されるのを待てば良い。幸い、セナから合鍵を受け取っていた。そういえば、セナが何か言っていたような気もする。ベッドの下が、なんだっけ?

 これでいい。これでいい。これでいい。

 呪いの言葉のような自己暗示を胸の内で呟きながら、ふらりふらりと仁太の足は主不在の少女の家へと向けて動いていた。



野球にはあまり興味がないのですが、ベルたんとやらはすごく可愛いと思うんですよ。

今後バッファローの獣人が出てきたらあんな感じを想像してもらえば良いと思います。

でも実際のところ獣人の設定は、元となった獣の頭蓋をそのままに骨格を人にしたような感じです。不気味です。八頭身のうさぎ人間とか。

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