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神隠しの庭  作者: シルフェまたさぶろう
第二章 予見者と勇者様
43/77

その十九



 パステパスの防衛戦が終了したという報が届き、かろうじてキィーシスからパステパスへ向かう最終便は出航することになった。

 ジルベン丸よりも大きな貨物船には、この日パステパスへ届けられるはずだった大量の荷物と共に、やむを得ない事情で第七島へ向かわなくてはならない客が数名乗っている。その中に、仁太とセナはいた。

 遠ざかるキィーシスを眺め、第六島の形が三角錐状になっていることを楽しんだのも、既に随分前の話となった。

 現在、仁太とセナは割り当てられた客室で退屈な船旅を味わっている最中であった。

「本当に暇なんだな……」

「ですねー……」

 外の景色を見ても青・青・青。眺めていても面白いことなど何も無く、こうして客室に戻ってみてもこれといってすることがない。

 結局、雑談を持ちかけて時間をつぶすほかないという結論に至るまで、体感時間で3分と必要としなかった。

「船っていつもこうなのか?」

 仁太が話しかけると、セナは話に乗ってきてくれた。

「私もお客として長時間船に乗るはこれが初めてなのでよくわかりません。キィーシスに行ったのも今回が初めてです」

「初めてだったの? 意外だなあ。さっき、キィーシスにいた時は全然道に迷ってなかったから、てっきり何度も来たことあるんだと思ってた」

「地図はよく見てましたから。私、地図を見れば道には絶対迷わないんですよ?」

 得意げな様子のセナ。見た目の幼さと相まって、小学生が背伸びをしているように見えるが、言っていることが事実なら大した特技だ。

「でも、あまり島から出ないので披露する機会もないですけどね……」

「セナの家って立派だし、稼ぎもあるんだろ? 旅行くらいすればいいじゃん。島を出れない理由でもあるの?」

「理由は……あったにはありました。でも、もうなくなりました。旅行にも、ちょっと興味あります」

「だったらさ、リーマットさんとどこか行ってみたら? きっと喜んでくれるぜ」

 何気ない提案だった。友達に家族旅行を勧めるくらいの気軽な、当たり障りのない話の展開のつもりだ。

 しかし、それを聞いたセナの方は少し驚いた様に聞き返してきた。

「お師匠様が喜んでくれる?」

「ん? なんで不思議そうにしてんだ。さっき二人の様子見ててふと思ったんだけど、リーマットさんとセナってじいちゃんと孫って感じだよな。だからさ、可愛い孫が旅行に誘ってくれたら喜ぶんじゃないかなって」

 歳の離れた老人と見た目小学生の女の子。少女を心から心配する老人と、老人を慕う少女の姿はただの師弟関係よりももっと深いものに見えた。いうなれば、愛情。恋人同士が注ぎ合うそれではなく、家族間に生まれる絆のほうだ。

「か、可愛い……。い、いえ、それよりも……私とお師匠様が、孫とおじいちゃん、みたい?」

 再び聞き返してくるセナ。上ずった声から滲むのは期待だろうか。

「ああ。俺の友達にもおじいちゃん子がいてさ、セナとリーマットさんの様子がそいつに似てるんだ」

 中のよい孫と祖父という構図は、仁太に一人の旧友を思い出させた。もっとも、その友人とは男性なのだが。

 かつて神隠しの庭に消えた少年、佐々本礼介。今もこの世界にいるか、あるいは転移直後に何らかの要因で死んだか。

「そう、ですか? ……いえ、そうなんですね。勇者様がそう言ってくださるなら、きっと」

 なおも自信無さ気な様子のセナだったが、自分を言い聞かせるように呟いた。

 しばしの沈黙。目を閉じ、何か思案するようなセナの様子を、仁太は黙って見つめていた。

 そして、まるで欲しかったプレゼントを受け取った子供のように目を輝かせて、静かに口を開いた。

「そっか……、これが……」

 かすかに仁太の耳に届いた呟き。上手く聞き取れなかったが、呟いたセナの様子は幸福を感じているように、仁太の目に映った。

 再び沈黙が訪れた。先程のような迷いはなく、セナは仁太に指摘された事実を噛み締めているようだった。

 仁太の方も、そんなセナの様子を見つめていた。見目麗しい少女の姿は、異性である仁太の目に強烈に焼き付いて離れない。実年齢こそ18のセナだが、外見年齢はあまりに幼く、仁太は内に芽生えた感情を抑えるべきだという良識に苛まれた。

 幸せそうな少女と、それを異性として意識しながら見つめる高校生。元の世界なら通報されそうな光景だった。

 しばらくして、セナはゆっくりと目を開けて、

「ありがとうございます、勇者様」

 にっこりと微笑んだ。

 また礼の言葉。ここ数日で、何度聞いたかもわからない。ただ、些細なことでも、可愛い少女の笑顔と共に受け取るこの言葉は不思議と何度聞いても飽きないものだ。

「別に、俺はなにもしてないよ」

「何もしてないだなんてとんでもないです! 人に指摘されなければわからないもの……その一つを、勇者様は教えてくれました」

 苦笑交じりの仁太に、セナは笑顔で言葉を返した。

「考えもしなかったことでした。私はお母さんしか知らないので、おじいちゃんと孫の関係というのをよく知らないのです。だから、それを教えてくれた勇者様にお礼を言うのは当然のことなんです」

「そんなもんか? なんか、そうやって些細なことで礼を言うところもリーマットさんと似てるな。やっぱ似てるよ、セナたち」

 ほとんど何もしていないことを知っていながら、リーマットは仁太に礼を言ってきた。確かに仁太はセナを捕らえていた鎖を破壊する原因にはなったが、その後の経過を見れば貸し借りはゼロ・・・どころか仁太が礼を言うべきではないかと思うほどだ。そんなリーマットの律儀なところがセナにも影響を与えたのか、あるいは二人とも元からそういう性分なのか。いずれにせよ、仁太にわかるのは二人がよく似ているということだけだ。この場合、それ以上のことは必要ない。

「そうなんですか?」

「……聞き返されると少し自信なくなってきた。でも、なんか似てるんだよな」

「ふふ。勇者様がそう思ったなら、そうなんでしょうね」

「なんだよそれ」

「少なくとも、私の中では、そういうことになりました」

 言って、いたずらっぽくセナは微笑んだ。よくわからないが、彼女が嬉しそうにしているなら、それでいいのだろう。彼女の中では、それでいいのだ。

「なんだよそれ」

 再び照れ隠しの苦笑いを浮かべて誤魔化す。

 万感の思いを込めた言葉でもなければ、温めてきた自慢の言葉でもなく、ただ思ったとおりに言っただけの無責任な一言。思い入れも何もないそんな言葉でも、受け取ってくれた人が喜んでくれるというのは嬉しいものだ。

 ただ、それと同時に少なからずの疑問も生まれた。ちょうど会話が途切れた今だからこそ、この疑問を話題として選ぶことができる。迷わず仁太はそれを口にした。

「でもさ、そうやって言ってくれるのは嬉しいんだけど、なんで俺の言葉なんかで喜んでくれるんだ?」

 言い切った後、これが結構デリカシーのない質問であることに気付いたが、この少女の性格なら気に止めはしないとも思えた。事実、問われたセナの方はさして気にした様子もなく、

「勇者様が、勇者様だからです」

 とあっさり答えた。

 あまりにもあっさりしすぎた返答は、回答と呼べるだけの情報量を有していないのは、仁太にとって致命的な問題ではあったが。

 解せないことを表情で訴える仁太だが、それに対してセナは頭に『?』を浮かべて応えた。やはり、言葉で詳しく追求する必要があるようだ。

「えーとだな……、じゃあ質問を変えるよ。俺がどうして勇者様なんだ、っていうのは?」

「そ、そんな……!もうお忘れになったのですか!? 勇者様は囚われの私を救いに来てくれたではないですか!」

「救いに来たというのか、たまたま救ってしまったというのか……」

「覚えているのなら話は早いです。あの時私を救いに来てくれる方が勇者様で、勇者様は私を救いに現れた。だから、勇者様は勇者様なんです!」

 力説されてしまったが、固有名詞の勇者と属性としての勇者がかぶっていて非常にわかりづらい説明だった。

 彼女の言い分をまとめれば、つまり海賊船に囚われた彼女を救った人間こそが勇者であり、それがたまたま仁太だったということなのだろう。それがセナにとって勇者の定義であり、島で言われていた予見とやらは、この誘拐から救出までの一連のことをセナが以前にも公言していたことから来ているようだ。偶発転移というランダム要素が絡んでいる以上、自作自演の可能性はないと島民たちも理解しているからこそ、騒がれた、と。

 ここまで考えて、さらに仁太の中に新たな疑問が生まれた。

「質問ばっかで悪いが、その勇者様が来るって話はどこから来たんだ? 例の予見書ってやつ?」

 これは確認事項に過ぎない。以前にベルザルクから聞いた話にも出てきた"予見書"。セナはこれを見て、勇者の、仁太の転移を知ったという話だ。

「はい。よくご存知ですね。確か、その話はしてなかったはずですが……」

「ベルザルクさんから聞いたんだ。それで、もしよければなんだけど、その本の続きを教えてくれないか?」

「え……」

「知りたいんだ。予見書が本物なら、俺のことについて、先が書いてあるはずだ。勇者だなんて大仰な呼び方されてるけど、もしかして俺って未来で何かするのかな、って」

 この時、この場所に現れる人間が勇者。これだけ聞いても、どこに勇者の要素があるのかわからない。しかし、勇者と書いた以上、それには確かな理由が存在するはずだ。仰々しい呼び名に相応しい未来が、出来事が、用意されていなくてはおかしいのだ。

 つまるところ、仁太の胸は期待に満ち溢れていた。はっきり言って増長していたとも。そもそも仁太は当初、異世界という場所で自分が特別な存在になれることに期待していたのだ。しかし赤の層という場所で自身の頼りなさを実感し、緑の層では知りたくもない別の自分のあり方を聞かされて取り乱し、自暴自棄から大事な友人に喧嘩を売るだけ売って逃げ出すという最低な行為までした。これによって、仁太の中にあった淡い希望……自分は特別だなどという妄想は木っ端微塵となって風に吹かれてどこへやら。

 しかし、事ここにいたって状況は一変した。偶然というには出来過ぎたシチュエーション。自分を慕ってくれる可愛い少女。優しい島民に囲まれ、順風満帆といえるスタートを迎えた青の層での生活。この状況に加え、付いたあだ名が勇者とあれば、期待するなというほうが無理な相談だ。

 今思えば、温泉で出会った老人の言葉、『自信を持て』というのは、傷心のため自分の置かれた状況を正しく理解できていなかった仁太に『気づきなさい』というメッセージを伝えるためのものだったかもしれない。

 ならば、自信を持って生きるまでだ。勇者というからには、きっとこの身体には凄い力が眠っている。その目覚めの時と、力を振るう時を待つのみだ。

 そんな期待を込めた、仁太の言葉。しかし、問われたセナのほうは表情を曇らせていた。

「申し訳ありません。この続きは、わからないんです」

「わからない?」

「はい。私が知っているのはそこまでです。あの日、白い世界で……まっくらな夜の星たちが照らしてくれた一冊の本。私が持っているのはその一冊だけですから」

「そっか……。残念だけど、ないなら仕方ない、か。じゃあ、代わりにその本を見せてもらうことってでき」

「で、できません!!」

 突然、声を荒らげたセナが仁太の言葉を遮った。驚いて、立ち上がったセナの顔を見ると、そこには怒りの形相はなく、代わりに焦りと思わせるものが見て取れた。

 あっけに取られている仁太の視線に気づき、セナは顔を真赤にして頭を下げた。そして、息を整え、ゆっくりと腰を下ろす。

「す…すみません。取り乱してしまって、お恥ずかしいです……」

「い、いや……見せたくないならそれでいいんだ。俺がここに来るってことしか書いてないなら、これ以上見ても意味無いだろうし。どんな本なのかちょっと気になっただけだから気にしないでくれ」

「はい……。そう言っていただけると気が楽です……」

 落ち着きを取り戻したセナは、さきほど取り乱したことを恥ずかしがってか、うつむいて消え入りそうな声で返答をしてきた。

 ここまで嫌がられるのは予想外だったが、わけありな様子の少女を問い詰める気にはなれない。彼女なりの理由があるのだろうから、見ないことが正解なのだろう。

「なんか、悪いことしちゃったな。セナにも理由があるだろうに、謝ってもらうのは申し訳ないよ」

「いえ、はしたなく大声まで出してしまったのは私の責任です。勇者様は当然の質問をしただけだというのに、私ってば、つい……」

「そんな。俺こそ無遠慮な質問だった……うわわっ!?」

「きゃっ……!」

 突然の衝撃だった。

 船が激しく揺れたと思った次の瞬間、揺れは収まっていた。大きな波を受けたというには、衝撃の大きさと期間が短い。もっと、別の……それこそ何かがぶつかったかのような振動。

 その疑問を仁太が口にする前に、続けて大量の足音が天井、すなわち船の上層から聞こえてきた。真上ではなく、いくらか横にずれている。デッキの方からだろうか。

 そして最後に、

「うわあああ!!」

「どうしてこの航路にきっ!?」

 悲鳴、途切れた叫び、銃声、金属音。物騒極まりない音の数々が、木の板何枚かを隔てて仁太の耳に届く。

「……先ほど、私たちを案内してくれた船員さんの声ですね」

 落ち着いた様子で、セナが言った。

「毎回定期的に航路を変えるはずの七島同盟の船が襲われるということは、機海賊たちにこちらの船を教える者がいるということになりますね」

「スパイってことか? ありがちな話だけど、まさかそんなのに出くわすとは」

「逃げましょう。他の乗客も逃げる準備を始めている音が聞こえます」

 すぐ外の通路を走る足音が聞こえる。となりの部屋からもパニック状態になった女性の叫び声がする。出遅れると厄介なことになりそうだ。

 セナは既にドアに手を掛けている。遅れまいと仁太も立ち上がり、それを確認したセナがドアを開け放つ。

 その時、外から下品な男たちの大声が聞こえてきた。

「下だ、探せ!目的のガキは耳が長い小奇麗なメスエルヴィンだ!それ以外の奴らはじゃんじゃん殺しちまえ!」

「捕まえた奴は特別に最初に"ヤラせてやる"って話だ!ただし捕まえたら即撤収だからその場でやんじゃねーぞ!」

「オラッ、死にくされ猫が!!」

 続いて甲高い悲鳴。悲鳴、笑い、悲鳴、悲鳴、銃声。思わず耳を塞ぎたくなるような、気色の悪い音が続く。

 エルヴィン。ガキ。メス。なんてちゃちな連想ゲームだ。考えるまでもなく、答えが目の前にいるではないか。

「セ……セナッ!」

 同じく機海賊の目的に気づいたのだろう。目の前の少女は部屋からの脱出を中断し、その場で小刻みに震えていた。

 仁太の言葉にビクリと震えた少女は、ゆったりとした動作で振り返る。その顔には恐怖が浮かび、先ほどまでの冷静な少女は面影すら残していなかった。

 初対面の時ですらあれほどの余裕を持っていたセナの、こんな顔は初めて見た。

 一方で、仁太の方はそれほど恐怖を感じていなかった。

「なにしてるんだ、セナ!早く部屋から出て、適当なボートを探すんだ。乗客だってそんなに多くはない。数なら足りるだろうし、船から脱出してしまえばあとはセナの魔術で……」

「無理……なんです……」

「どうして!?」

「あの人達、私を狙ってるんですよ……? 前回とは違って、私が逃げることも想定してるんです……」

「でも、この混乱に紛れていけば……」

「無理なんです!だって、だって…!」

「だって、なんだよ!?」

「私、きっと位置を探知されてます!逃げれないんです!逃げたって、追いつかれて……そうしたら、勇者様は殺されてしまいます!」

 なぜそんなことを心配するのだろう。仁太には、セナの言葉が理解できなかった。勇者だ。それはきっと、何かを成すために存在して、何かを成すまでは死なない。予見とは、確定された未来の記述。だから死なない。決して死なず、危機を乗り越えて何かを成す。ああ、だったら簡単だ。ここでの"答え"は、逃げの一手ではなく、

「だったら戦えば良い」

「え……?」

「俺は勇者なんだろ? だから戦うんだ。今は覚悟がある。そうさ、前回とは違うんだ!俺とセナで戦って、あいつらを倒す。船内には獣人だっているんだから、その人達も俺とセナに続いて、一緒に……」

「駄目よ」

 否定の言葉が、仁太を遮った。

 一瞬、仁太は第三者が会話に割り込んだのだとばかり思った。だが、三人目の発言者の姿はどこにもなく、まして、その声は紛れもなく、

「セ、セナ?」

「駄目だと、言ったの」

 紛れもなくセナのものだった。

「あなたと私では勝てないの。武器もないし、私は肉体強化術式が使えない。ただの人間のあなたでは戦力になれないし、私の力でも十人以上は相手にできない。だから、駄目。戦ってはいけないの。だって、私はあなたに死んで欲しくないから……」

 淡々と告げる言葉は、確かにセナの口から紡がれたもの。声もセナのもので間違いない。それなのに、仁太にはまるで別の誰かが話しているような、そんなふうに思えて仕方がなかった。

 あっけに取られ、返す言葉を探す暇さえない仁太の手を取り、セナは部屋の外へと飛び出した。強引に手を引くところはいつものセナだが、握る力が心なしか強い。滲む汗は彼女の緊張を伝えてくる。

 通路に出ると、十数メートル先で脱出用のボートが余っているのが見えた。他の乗客達は既にボートで脱出し、海上を漂っているのが見える。海賊船はこの船よりも大きいらしく、反対側に取り付いているというのに、船の一部が見えた。

「やはり第五部隊の旗艦のようね。私みたいな小娘一人のために、まさか部隊長まで出向いてくるなんて」

 セナがひとりごちるのが聞こえた。そして、仁太の手を引くと、余っているボートに仁太を突き飛ばすように乗せた。

 痛みで我に帰った仁太は、ボートを下ろそうとしている少女に詰め寄った。

「何やってんだ、脱出するんならセナも乗れよ!」

「言ったでしょ? 私には発信機が付けられてるみたいなの。だから逃げるのはあなただけよ」

「馬鹿言うな! 女の子一人残して逃げるわけには…」

「共倒れになるわけにはいかないでしょ? それに……ほら、あそこのボート。大砲の的にされてる。ゲームよ、あれ。まず一隻落ちたわね。波で、二隻目も転覆。皆死ぬわね」

 冷静に、冷酷に、セナは先に脱出した人間たちの様子を実況している。普段のセナからは想像もできない冷たい言葉と、見たこともない悲痛な表情で。

 そんなセナを見ているのが辛くなり、思わず手のを伸ばしてセナの方をつかむ。

「いいから、乗れよ! ほら!」

「……ごめん、いい子にしてて」

 だが、再びセナに胸を突き飛ばされ、不安定な体勢だった仁太は後ろから倒れこんだ。

 そして、身体を起こそうとして、

「なっ……動かない!?」

 自分の意思では首より下が動かないことに気づいた。かろうじて首は動くため、頭を起こしてセナの方を見る。

 セナは既に船の固定をあと一歩のところまで終えて、手をボートにかざしていた。少女の額を流れる汗、ぼんやりと輝く手。青く、次に緑に、最後は黄色に。怪しく色を変え、そのたびにセナの息は荒くなっていく。

「私のありったけの魔力を込めて、このボートを押し出します。海中を進めばあなたは追われずに、パステパスまでたどり着けるはず。防衛術式をパスできる認証用の術式も込めてあるから迎撃はされないわ、安心して」

「どうして……」

「無事に着いたら今起きたことを報告して。第五部隊に私が捕まったって、ね。それだけ言えば"意味"は通じるはずだから。あ、それとリーマットさんにも、気にしないで、あなたのせいではないから、そう伝えて」

「そうか、お前セナじゃないんだな…!? セナの振りをした…」

「私は私よ。これが私、セナリアラ・イアラの本性。もう"ごっこ遊び"は、終わり」

「なに、言って……!」

「島に着いたら私の部屋のベッドの下を覗いてみて。そこにあるから。足音がする……タイムアップみたい」

「ちょ、ちょっと待て!まだ話は…!」

 ドンッ、と。軽い衝撃。船は、宙へ浮く。

「じゃあね、仁太。今まで楽しかったよ」

「セッ…!」

 言葉の終わりを待たずして、自由落下が始まる。いや、下向きの力もある。船自体が、海面目指して進んでいるのだ。

 ほどなくして着水、潜水。いつかと同じように、空気のバリア付きで、船は海中へと進んでいく。

 ぐんぐんと遠ざかる、セナを乗せた船は、ついに青の中に消えて見えなくなった。

 静かな海の中を、ひたすらに船は往く。首のみの自由を得た仁太も、遂に疲れに耐えかねて首の力を抜く。

 ゴトン、と頭が船に当たる小さな音。続く音はなく、静寂が船の中に戻ってきた。この身体が動くなら、今すぐにでも船には水の音が響き渡るはずだ。泳いででも船に、セナの元に戻りたいという衝動が止まない限り。そしてそれを読んでいたのだろう、セナの金縛りの術式は一向に解ける気配が見られない。

 ただひたすらに無力さに唇を噛み締め、血の味を確かめるほかにやることが見つからない。

 血の味に飽き飽きした頃、初めて仁太は口を開き、虚しく一人で吠えることを始めた。

「糞!くそ、くそっ、くそっ!」

 天に向かって飛んだツバが落下し、顔に付く。だが、そんなことなどどうでもよかった。

「なんなんだよ!俺は!何が勇者だ!何が特別だ!」

 ごっこ遊びは終わり。セナの本性からの言葉。意味することなど、考えるまでもない。

「浮かれて、その気になって、かっこなんてつけて!馬鹿は俺じゃないか……俺だけじゃないか!!」

 怒りと悔恨から来る悲痛な叫び。あれほどしたがっていた自己嫌悪を心行くまでしても、気分はまったく晴れはしない。

 無意味と悟り、叫ぶのをやめる。静かにしていると、瞳に涙が浮かび出て、そのまま頬を伝っていった。悔しくて、恥ずかしくて。男泣きなどではなく、ただの子供の涙。

 この世界で、自分はどこまでも非力だ。こうやって、誰かの犠牲の上でしか生きていけない。これからもずっと。そう思うと、涙を止める術を見失ってしまった。

「助けに、いくから……」

 嗚咽を漏らし、必至に言葉を搾り出す。

「絶対に……俺……」

 誰にも届かない、無力な言葉が船に響く。

 セナに贈ると自分に言い聞かせただけで、実のところただの自己満足にしかならない言葉だ。この期に及んで自己満足しかできない、己の矮小さを再認識するだけの意味しかない言葉。

 その事実に気づいて、仁太は再び泣いた。


 それから数十分ほどの後、船はパステパスの浜へ打ち上げられた。

 同時に金縛りが解除され、身体の自由を得た仁太が最初にしたことは、硬く握った拳を砂浜へとぶつけることだった。

 低く舞うだけの砂と、貝殻の破片が刺さって血を流す脆弱な握り拳を見て、仁太は砂浜に顔をうずめてもう一度泣いた。




「勇者様がそう思うのならそうなのです!勇者様のなかでは」



いくらかのライトノベルを読んで、三点リーダは単品だけで使うよりも2つくらいはつなげて使った方が良いということに気づいたので書き方を変えてみました。

見栄えは多少良くなった気がします。

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