その十八
パステパス近海。島を守護する24個の防衛術式核の内、既に5個が破壊された状況は危機と呼ぶには十分だ。
海上に浮かぶ大破寸前の第21番核へ照準を定めた海賊船は、しかしその直後突如出現した爆炎によって炎上し、装填された砲弾が放たれることはなかった。
鉄は溶け、肉は爛れ、かつて機械人間を名乗っていた乗員たちは悲鳴と怒号のないまぜになった叫びと共に死んでいく。
何も一隻だけの出来事ではない。第21番核を狙っていた3隻は同時に火の海と化した。正確には、三隻を十分に囲めるだけの空間に突然炎が発生し、可燃物も何もない空間でさえ約5秒間ほど燃え続けた。巨大な火球が5秒間出現したとも言える。その後は船に火が燃え移り、現在に至る。
仮に炎に耐え切れたとて、酸素の失われたこの状況では全身を機械化した高位の機械人間でなければ生きていられない。そして更にそれを耐えたとしても───たった今、船が爆散した───船内の爆発物が生み出した衝撃に耐え、海中に放り出され手も海中で単独で生き延びるだけの個体性能がなくてはいけない。
この超常現象を引き起こした男、魔法使いベルザルク・オルサンを乗せた小舟が岸に着く。背後では残った二隻がテンポよく爆発し、遅れて重い音がベルザルクの耳に届く。
読み通り、海賊船に積まれていた火薬は自身らを沈めるのに十分な量だったようだ。万が一でも船が残ってしまうと処理が面倒だったのだが、これならその心配は不要だろう。
「ベルザルク様、ご無事で何よりです」
岸で待機していたバディアの兵士がベルザルクを迎えてくれた。
「ええ、どうも。それで、次の場所はどこでしょう?」
「はっ。現在、最も損傷が激しいのは第10番核周辺です。既に11番は大破、9番も機能を停止しており、10番を撃破されれば完全な"穴"になります」
「わかりました。近いうちにリーマットたちが着くはずですが、念のため船を一隻ほど出せるようにしておいてください。ああ、くれぐれも待機でお願いしますよ」
「一隻、ですか?」
心配そうな表情で兵士が尋ね返す。
この状況下、一隻だけというのはあまりにケチな選択だ。それと同時に、今現在パステパスを襲っている脅威をベルザルクのみで対処するということも示している。
島を襲う機海賊団は6組に分かれている。敵の船は旧式ばかりとはいえ、現在島を襲っているのは第二陣。今、ベルザルクはその二組目を撃破したところだ。そして現時点までに機海賊に直接攻撃しているのはベルザルクのみ。
つまり、ベルザルクは今日一日で敵攻撃部隊を合計8組を撃破していることになり、それは彼が8個の術式を消費したことを意味している。
術式8個というのは一見して大きな数字ではないが、魔法の8個は十分すぎる数字だ。決して楽観視出来る消耗ではない。
このあと、敵が何を仕掛けてくるかわからない以上、ベルザルクが"弾切れ"を起こすのは危険だ。それ以上に、島を走りまわって移動するベルザルク本人の過労もかなりのものだ。
なにもパステパスの戦力はベルザルク一人ではない。戦いに耐えうる船だってあるし、兵士も十分に入る。目の前のバディア兵とて例外ではない。それゆえバディア兵は、一人でこの状況を背負おうとするベルザルクを心配しているのだろう。なにゆえ一人で戦うのか、と。
ベルザルクがこの選択をする理由は簡単だ。これが、島民を誰も殺さないやり方だからだ。
魔法使いベルザルクならば安全圏から海賊船を一方的に攻撃することができるが、船を出すとなればそうはいかない。技術力では完全に機海賊団の船に劣るため、術法文明側の船では苦戦は必至。魔術が使える兵士もいるが、魔法ほどの威力もなければ射程もない魔術では船での戦いではあまり役に立てない。大砲の弾に細工する程度が関の山だ。
だから、貴重な兵力、そして大事な島民の命は極力失う事のないように務めようというのがベルザルクの信条であり、一見危機的状況であっても考えを変えることはない。
なにより、リーマットと援軍さえ着けば勝機があるのだから、なおのこと島民の命を消費するわけにはいかない。
「一隻で十分です」
きっぱりと、力強く言い放つベルザルク。
なお不安げなバディア兵に軽く微笑んで余裕を示す。
実のところ、足は既に消耗しきっており、何時つってもおかしく無い状況だが、それを悟られてはいけない。彼ら兵士には万が一に備えて士気を温存してもらう必要がある。
「では、私はそろそろ行きます。あなたは引き続き、敵の上陸部隊への警戒を続けてください」
「わかりました。お気をつけて」
「はい」
次の目的地へ向け、ベルザルクは走りだした。空間移動術式は温存しておかねばならないため、こうしてひたすら走っての移動となる。疲労回復を促進する自然治癒力強化の術式を掛けてもらってはあるが、これだけ走りっぱなしでは気休めにしかなっていない。
ちらりと海岸近辺を見ると、多くの兵士たちが武器を持って待機しているのが見えた。防衛術式を無理やり突破してきた敵上陸部隊を迎え撃つための布陣だ。
先日セナが誘拐された際は、防衛術式の穴を通って侵入した上陸部隊がちょうど浜にいたセナを捕らえたのだとセナから聞いていた。このことは、小型の強襲艇か、あるいはそれに近い小回りの聞く乗り物を持った部隊がこの近海にいることを示している。今回もそれを使用してくる可能性が考えられる。
ある意味で、ベルザルクには都合の良い話だった。ベルザルク一人を働かせたくない、仕事をさせてくれと騒ぐ兵士たちを黙らせるのに調度良い理由になるからだ。彼らの気持ちは嬉しく思うが、不必要に彼らの命を散らすことを避けるためにも、彼らには島の安全な場所で待機してもらわなくてはならない。
ちなみにベルザルクの見立てでは、今回は強襲艇での奇襲はない。理由は単純。機海賊団はその強襲艇を隠密行動のために作ったと思われるから。たったそれだけだ。
機械文明の世界はとある理由から争いがほとんど発生しない。それゆえ、戦闘における駆け引きというものに非常に疎い。機海賊団などと自称して暴れまわり、なおかつ一大勢力として君臨しているのも彼らが持つ高い技術力のおかげであり、戦略面の隙を突くことで術法文明でも艦隊戦で勝利することができる。
早い話が、機海賊団は応用が苦手だということだ。隠密行動のためと決めた船をそれ以外の用途で活用しようという知恵は回らない。ゆえに、敵は強襲艇を使った上陸作戦など仕掛けてこない。ベルザルクはそう読んだ。
一部、知恵の回る者もいるが、今パステパスを襲っている部隊はおそらく第五部隊。戦闘面での活躍はあまり耳にしない、機海賊団のなかでも下っ端部隊だ。
そのおり、人気のない港を走るベルザルクの横に、先ほどとは別のバディア兵の一人が現れた。上空から現れたバディア兵はベルザルクの横につき、滑空しつつ、報告を始めた。
「全島民の避難が完了しました」
「ご苦労、さま、です」
息継ぎをするため、言葉を区切ってベルザルクは返答した。
「引き続き、貴重品庫の、管理も、お願い、しますよ」
「了解しました。島上空の警備も続けておきます」
「撃ち落されないよう、気をつけてください、ね」
「はっ」
言って、バディア兵は高度を上げて空へと消えて行く。
空路から攻め込まれる可能性があるとして、ベルザルクが島の上空に配備したバディア兵。実際のところ、機海賊団が空から攻め行ってくることはないはずだった。彼らにもこだわりがあるようで、空から攻めてきたという例は聞いたことがない。"ひこうき"なる空飛ぶ船は興味深いが、所詮は敵の兵器。そんなものは見ないで済むほうが幸せだろう。ちなみに撃ち落されるというのも冗談だ。島上空にも砲撃を防ぐための防御術式がある。
島民の避難というのも、本当の所、あまり意味はない。あるとすれば、兵士に仕事を与える口実だ。貴重品庫も然り。
今回の敵の狙いはセナの誘拐であるとベルザルクは考えていた。貴重なエルヴィンの女性、それもセナは理想的な条件を有している。多少の戦力を投じてでも奪いたいと思わせるだけの価値が、彼女にはある。
しかし、当のセナは現在この島にいない。機海賊団は彼らにとって最悪、ベルザルクにとって最高のタイミングで攻め込んできたのだ。
先ほどドウヴィーに援軍を連れて戻るよう指示を出す際、セナと仁太には嘘を言ってキィーシスに残すよう頼んでおいた。最悪の事態に陥ってもセナと仁太だけは守ることが出来る。
例え彼女らがそれを望まなかったとしても生き残らせる。せめてもの罪滅ぼしといえば聞こえはいいが、ただのベルザルクの自己満足だ。コーサの我儘を許したばかりに、彼女らには申し訳ないことをした。
などと考えている内に、ベルザルクは目的地に到着していた。既にキャトルの兵士が小舟を用意して待機している。これからこの小舟に乗って海賊船を術式の射程圏内に捉える。上手く調整しないと核を攻撃してしまって自らの首を締めることになるため、まずは息を整えてから小舟の位置を慎重に調整する。
「ベルザルク様!」
膝をつき呼吸を整えるベルザルクに、キャトル兵が駆け寄った。
「本当に大丈夫なのですか?命じてくだされば、我々は何時でも船を出せますのに」
「構いません・・・、この程度、少し、息を切らしただけ、ですから・・・」
「わかりました。それがベルザルク様の判断であれば、兵士一同従うまでです。どうかお気をつけて。・・・くれぐれも溺れたりしないように。自分は泳げませんゆえ、助けにはいけません」
「はは・・・それは困りました・・・」
くだらないやり取りでこちらの気をほぐそうとしたのだろう、キャトル兵の気遣いに感謝しつつ、ベルザルクは小舟に乗り込む。酸素の足りない頭がクラクラするが、あと少しは絶えなくてはならない。幸い、"弾"はまだある。銃身たる自分が倒れては意味が無い。
小舟に乗り込み、オールで船を漕ぐ。魔法使いという超常現象を操る者には不釣合に見える、ただの木の箱。もっとも、魔留鋼の動力を付けたとしても、魔力を持たないベルザルクにはどうすることもできない。結果、このように自分で漕ぐしか無い。
「ベルザルク様!しばしお待ちを!」
ベルザルクが向かった場所の上空に待機していたバディアが叫ぶ。彼が海賊船の位置を目測し、ベルザルクに報告する。目の良いバディアだから出来る芸当だ。その情報を元にベルザルクが位置を調整する。
船上で位置情報を待つ。何度もこなしたことだが、移動するたびに体力を消耗しているため、回を重ねるたびに失敗する確率は増えている。ベルザルクは息を整え、心中を落ち着かせようと務めた。
が、バディア兵は最初に叫んだきりで、その後は何も言ってこない。不思議に思ったベルザルクが声を掛けようとしたところで、バディアが口を開いた。
「目標、撃破されました!」
意味を問い返そうと考えたベルザルクだが、響いてきた爆音を聞くと、それが不要であることに気づいた。
遥か遠く、ベルザルクがこれから破壊するはずだった海賊船のあたりから煙が上がっている。
「ジルベン丸・・・ですね」
一息つき、ベルザルクは肩の力を抜いた。
両手に一枚ずつ握られた、半分ずつの魔方陣が描かれた紙を胸ポケットにしまう。二つ合わせることで魔法の術式として完成するそれらは、もうベルザルクには必要ない。この戦いは既に終局したも同然だったからだ。
この後、魔法使いの援軍が来たことを知った機海賊団は撤退。第三陣は無く、パステパス側の防衛は成功した。
結局、パステパス側の死傷者は0人。ベルザルクにとって理想の展開で終わったと言える。少なくとも彼はそう思っているに違いない。
島将邸に設けられた司令室にも勝利のムードが溢れている。安堵して胸をなで下ろす兵士たち。司令室を任されていた副将コーサは、彼らに警戒を続けるよう支持した後、ゆっくりと司令官の椅子に腰を下ろした。
島の一大事ということもあり、最低限の仕事をしつつ、熱心な副将を少しでも演じるために防衛戦の間はずっと立ちっぱなしだった。一段落着いたこの状況なら、椅子にどっぷりと身体を沈めても誰も不平を述べたりしないだろう。
椅子に座りリラックスするコーサの表情は、はたから見れば安堵に見えたことだろう。しかし、実際は違う。
心のなかで、小さく勝利宣言。
魔術師たちによる索敵の後、敵の魔手が完全に去ったことが判明した司令室は歓喜の色に包まれた。
兵は出撃すらすることなく、島民も同様、ベルザルク自身も健在。あのお気楽な島将もさぞ喜んでいることだろう。彼の基準で言えば、これはいわゆる完全勝利だ。兵こそ失わなかったが、兵士は実戦のなかで一皮剥けるもの。その機会を奪っておいてご満悦とは、力ある人間の発想というのはやはりどこかズレている。人のことは言えないが。
しかし、今回重要なのはそこではない。どういう内容であれ、撃退に成功することにこそ意味があった。
「嬉しそうですね」
不意に声を掛けられた。兵士たちの労をねぎらうため、司令室に茶菓子を運んできたメイドの一人だ。
「そう見えるかね?」
「はい。コーサ様のそのようなお顔は初めて見ました」
「クク・・・、そうか。今の私はそんなにも・・・」
この表情を、島将の無事を喜ぶ副将の顔と取ったのだろう。軽く会釈をして去っていくメイドは楽しそうに見えた。
さしずめ、普段無表情な上司が表情を変えたことを面白がっている、といったところか。あの手の女性はこういう場面を面白がるのか。人間の感情の変化を知識として蓄えることを趣味にするベルザルクにとって、メイドの反応は思わぬ収穫だった。
部下を持つポジションは既に何度も経験したが、この経験は初めてだ。
「それよりも・・・だ」
どんなに口の端を緩めたとて、どんなに邪悪さを笑みに乗せたとて、祝勝ムードの島民たちの目に映るコーサは、勝利を喜ぶ副官の顔にしか見えないだろう。確かに勝利には違いないが、彼の見ている景色は他の者とは違っていた。
「ここからが本番だ。じっくりと見せてくれ、勇者君」
小さなつぶやきは、騒がしい周囲の音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。
またも説明臭い文が続いてしまって反省してます。
かなり削ったつもりなのですが・・・。
経験不足だと説明文の取捨選択って上手くいきませんね。カットすべき部分と、そうでない部分の判断が難しいです。
で、後々カットしたはずの説明を「あの時説明したはず!」と勘違いして説明もなく描写して、さらに後になってそれに気づいて一人反省会、と・・・。
以下、一人反省会前夜祭です。
・この世界の魔法使いは単体で鬼強い
・機械文明人は争いごとに不慣れで戦略に疎い
・ベルザルクにとっての勝利は「自分含め誰も味方を怪我させないで勝つ」こと
・以前にコーサが言っていた「この島の防衛網では防ぎ切れない」のは↑の条件を意識している
という4点を最低限書くための回でしたが、今回の文章だけで上手く伝わるかどうか…。この反省会はある意味保険です。
当初、詳しくもないのに敵の船について書こうとしたりもしましたが、ラノベを読み返したりしてると、こういう読者が喜びそうにない説明を上手く端折っている作品ばかりで、ああ、こうやって上手く端折るのが重要なんだなと初めて気づきました。
スーパー潜水艦の構造とか、とにかくすんごい魔術の道具の詳細な仕組みとか、なんか自分の意志で動いてる鋼殻都市の詳しい原理やら、ああいうのって一々細かくかかれてませんからね。
機械文明の船は「こうこうこう言う機能が付いた凄い船」ではなく、「術法文明のものより強い船」だけでいいんですよね・・・。
これが「設定を垂れ流すだけだと読者が逃げる」というアドバイスの真意なのだと理解しました。
次回から気をつけていきたいです。